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>それに物語のピークがヴィランとの対決じゃなくて母との再会に来てしまいそうな気もするし
私は一番書きたいのは、何度もコピペで申し訳ないんですが、
クライマックスで、大切な人(息子)が死んだ悲しみに我を忘れ悪に身を落とし自殺したヴィランの悲しみを目の当たりにして、同じように大切な人(父)の後を追って星になりたがる母の気持ちを汲んで星にしてあげようとする主人公を、ヒーローが励まして、素直になった主人公が「これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで」と頼む、そして、死んだ父の魂を星にしないといけない夜白の悲しみを知った母が夜白を支えるために生きることを決意する、というクライマックスです。
だから、単純に母を取り戻すというのがセントラル・クエスチョンと言えるのか、あんまり納得できない気持ちがあります。それでいうと「母は、父が死んだ世界で一緒に生きてくれるか?」というのがセントラル・クエスチョンかなーと思いました。
だから、クライマックスの一番盛り上がるところは、母と向き合うシーンでも特に問題は感じないんですけど……。
間延びしますか?
>インサイティングインシデントで母親の失踪を経験した主人公が、喪失感を乗り越えて母の不在を受容することで、ヴィラン(=異なる価値観)に打ち勝つ話、みたいな。
母の不在を受容するというか、母に愛されていたという記憶を思い出す(風邪をひいた時に母が飲ませてくれたジュースが神の酒ネクタルだった)ことで覚醒・本来の力を取り戻し、神になってヴィランを倒すという流れなんですけど……。愛されていることを思い出して力を得た夜白は、ヴィランを倒すけれど、ヴィランの亡くした人を追いたいという気持ちを受け止めて、一度は母も星にしてあげようと考えるけれど、ヒーローに励まされて本音を話し、その涙に心打たれた母を思いとどまらせる(改心させる)というような話を書きたいです。
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投稿者 にわとり 投稿日時: : 0
あっはあ。そういうことね。
ヴィランはあくまで中ボスで、ラスボスは母親なわけだ。
前にディズニーっぽいヴィランを書きたいとか言ってたから、"ヴィランを倒して大団円"みたいな構想なんだろうと思いこんでた。そういうわけじゃないんですね。
>素直になった主人公が「これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで」と頼む、
ここが物語のピークになるなら、『これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで』はセントラルクエスチョンの"答え"であるべきなんじゃないの? 大切な人がうしなわれてしまった世界で自分だけ生き続けるのってキツくね? という問いが最初にあって、それに答えて「生者のエゴかも知らんが生きてくれ」っていうのがクライマックスなわけでしょ。
じゃあセントラルクエシチョンは「大切な人が死んでしまった世界で生きていく意味はあるのか?」じゃない? 主人公ははじめ母親が死んだものと思いこんでちょっと生きる意味が分からなくなっているんだけど、もし自分が死んだら婚約者の賢人は悲しむだろうなという気付きによって現世に引き戻される。自分まで後を追って死ぬべきじゃない! 生きなきゃならない! 遺された人の気持ちを考えろ!
で、クライマックスで母親と対決。最終的に母親を説得して現世につなぎとめることに成功し、大団円。これでどうよ?
カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?