追記
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ラスボスのキャラクターに関しての返信(元記事)
うん……騎士としてその価値観は厳しいですね。
基本、戦う人は死を覚悟しているのが常態です。
特に古い考え方では家(もちろん家族含む)や土地を守るため、の意味合いがすごく強い。あと、現実と同じ価値観だと「女子供」を戦わせるわけにはいかない。男女の力の差が古い時代ほど明確だし、子供を生き残らせないと未来がないから。
ゴルゴ13で有名なさいとう・たかを氏いわく「男の人生なんてのは、所詮おまけみたいなもんだよ。子供を産んで育てる女の人生に比べたらさ」好き放題女性食い散らかしてハードボイルドを貫いているゴルゴの産みの親が仰るからこそ、深い言葉なんですが。子種撒き散らしたら後は外で散ってこい、的な。
そのラスボスに関しては、主人公との利害関係にもよるとは思いますが
「情けのかけどころを間違ってる」と思えます。
「勝てないのが明白なら戦うな」と言いたいのかな?
ま、その先に待ってるのが独裁者の恐怖政治だとしたら、お先真っ暗としか言いようがないですが……
非暴力・不服従で有名なガンジーは「ただし、服従せざるを得ない状況なら、暴力をもって戦うことを否定しない」という考え方だったらしいですし。
なんでも人が傷つくことを避けりゃいいってもんではない……ということではないのかと。
追記
投稿者 ヘキサ 投稿日時: : 1
すみません、自分、細切れに書くことが多いんで読みづらいと思います。申し訳ない。
たぶん、「主人公が傲慢」なのではなく「ラスボスが他者の尊厳を踏みにじり過ぎ」なんだろうと突っ込みたい。友人さんの仰る「危険思想」は、まんま恐怖政治をしく独裁者の思考回路だから、ということだろうと思います。しかも「家族が悲しむだろ?」という偽善的な問いかけがまた、見当違いの美学に酔っていてほんとおかしいとしか……。「そうせざるを得ない状況になってんのはいったい誰の所為だと思ってんだ!」という返しが来ますよ。
そして思い出しました。正反対のタイプっていうと「北斗の拳」のラオウかな。実際に「被害を恐れて全く戦わずに早々に降伏した」村の人々の卑屈さを嫌悪して、見せしめに血祭りにあげたエピソードがありましたな……それ見てあんた一体どうすれば納得するんだよって思ったことがあるんですが。ただ本当にその時の村人の卑屈さ、というのはやな感じーに表現されていたので、不戦=卑屈もなかなか「人間の誇り、尊厳を貶める行為」なんだと考えさせられたことがあります。
そんでもってガンジーの価値観が「非暴力・不服従>暴力>服従」と知った時はそれも成程と思えましたし。確か抗議の断食中に、ともに断食を行い耐えられなかった奥さんを亡くしているんですよね……その犠牲を乗り越えて手に入れたインド独立なんですよ。自分や家族が傷つくとか悲しむとか、そういう個人レベルの問題を遥かに通り越しているのだと思うと、最終決戦の場で家族の話を持ち出すのはなんとも「ズレてる」としか言いようがないです。
カテゴリー : キャラクター スレッド: ラスボスのキャラクターに関して