小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

兵藤晴佳さんの返信一覧。最新の投稿順9ページ目

元記事:投稿してもランキングに入れず、すぐに挫折してしまう

数日前、なろうに新作を投稿したのですが、やはり今回もpv、ブクマが伸びず挫けそうになっています。
過去にも三作ほど序盤で打ち切った作品があります。
読まれない作品を書き続ける気力が湧きません。
書き続けたらいつか火がつく、なんて事はあるのでしょうか?

上記の回答(投稿してもランキングに入れず、すぐに挫折してしまうの返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 3 人気回答! 投稿日時:

ランキングには入れないものと最初から腹を括って、まずは完結させることを目標にしましょう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 投稿してもランキングに入れず、すぐに挫折してしまう

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元記事:書き出しでの会話はアリ?ナシ?

新人賞などに応募するとき、最初に会話文を持ってくるのはダメ。
みたいな話を聞いた覚えがあるのですが、第一話およびプロローグを書く際に、いきなりキャラ同士の掛け合いから始めるのはどちらかとえばナシなのでしょうか?
また、ネット投稿なら会話文で始めるのはアリなのでしょうか?

上記の回答(書き出しでの会話はアリ?ナシ?の返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 0 投稿日時:

説明的なセリフはダメでしょうね。
たとえば、2人で美術館にいるシーンなら、
「ああ、美術館っていいなあ」「そうだよね」はあり得ません。

 こう始めるべきです。
「ピカソってさあ、奥さんと共有してたらしいよ」
「何を?」
「ズボン」
「貧しかったから」
「それ、この絵と関係ある?」
「別に」

 その上で、たとえば「僕が蘊蓄を傾けても、彼女はその腰を片端から折っていく」という形で地の文での説明を補っていけばよいでしょう。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 書き出しでの会話はアリ?ナシ?

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元記事:エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信

私も思うところがあるのでコメントさせていただきます。
不景気な時こそ、不運な主人公が頑張って不景気の源を断つような話が流行ると思います。
というか、ラノベの傾向は景気の良し悪し関わりなく、多種多様な需要に満ちているので、何を書いても面白ければそれなりに流行ると思います。
日本のエンタメの良いところは良くも悪くもニッチな世界にあると思います。
なので、考えるのであれば、経済のみならず社会が今どのような状況に置かれていて、大多数の読者は何を求めているかを考えるべきでしょう。
シェイクスピアに関しては良い例で、当時の民衆は王宮に興味がありました。自分たちの干渉し得ない、世界で一体どのようなことが行われているのか、きっと、素敵な舞踏会やラブロマンスがあるのだろう、と予想を巡らせていたはずです。
そこに、シェイクスピアが民衆の娯楽として普及していた演劇を介して、王宮のリアルな悲劇を書いたことで流行ったのです。
暗い時代も明るい時代も、人は経済を真面目に考えるべきでしょう。しかし、それと娯楽の関連性は希薄です。
なぜなら、流行る作品というのは、読者の求めてるものと、技量のある作者の書きたいものとが合致し、更に素晴らしいマーケティングをなされた作品のことを指すのでしょう。
偉そうに私見を述べてしまいました。
深夜テンションで失礼しました。

上記の回答(エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 2 投稿日時:

シェイクスピアに関しては良い例で、当時の民衆は王宮に興味がありました。自分たちの干渉し得ない、世界で一体どのようなことが行われているのか、きっと、素敵な舞踏会やラブロマンスがあるのだろう、と予想を巡らせていたはずです。
そこに、シェイクスピアが民衆の娯楽として普及していた演劇を介して、王宮のリアルな悲劇を書いたことで流行ったのです。

以上の根拠は何ですか?
出典があれば教えてください。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

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元記事:エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信

ご質問にして、ご主張でもあるようですが、違和感を感じます。問いの立て方自体が危ういんじゃないでしょうか。もう少し分析すべきでしょうし、そんな細かいことを気にすべきかどうも考える必要がありそうです。

以下、少し説明を試みたいと思います。

1.シェイクスピアの分析は正しいのか

シェイクスピアって、悲劇も喜劇も書く、幅広い作風の有名作家であるわけですよね。しかも、昔の人でありながら、作品は今も名作とされるものが多々ある。時代に乗ることが重要で、旬の大事さなんてことを言われる現代エンタメ作品とは、事情がだいぶ違うんじゃないかと思います。我々は今受けることを狙っているのであって、百年後に名作と呼ばれるものを作ろうとしているわけではないはずです。

また、異なる2人の異なる分析を単に並べて相違を言い立てても、あまり意味はないんじゃないでしょうか。別の知っている例を出しますと、例えばチンギスハーン。大帝国を作り出した英雄と評する向きもあれば、ある歴史解説書では、オアシス国家群を結ぶ水路を破壊して、東西の通交を分断したこと等を以て「世界の鼻つまみ者」と呼んでいるのを目にしたことがあります。

これを「英雄なの? 鼻つまみ者なの?」と問うても意味はないでしょう。各々の評は、別の人が、別のコンテクストを以て、別の判断をしているに過ぎません。こういうのは「人それぞれ」と言うべきであって、矛盾等ではありません。

2.お示しの2つの見解はどちらかが間違いなのか

それでも、お示しの2つの見解を考えると、それらは相矛盾しているのでしょうか? 初期資本主義はおおむね重商主義時代です。産業革命が始まる前に盛んになり、工業化に伴って近代的な資本主義に移っていきます。

ですので、経済的には勃興期と考えていいでしょう。イギリスはヨーロッパでは最後に成功を手中にしただけに、少なくとも20世紀に入るまでは右肩上がり、と大雑把にとらえてもよさそうです。

初期資本主義が勃興していくということは、経済的に発展することではあるんですが、資本主義の負の側面も増大すると考えていいでしょう。例えば、労働者が搾取される事例、歴史はよく知られるところです。欧米を追った日本ではいずれ「女工哀史」なんてことになったりもしました。

経済的発展と社会的矛盾は同時に出てくるわけですね。ですので、お示しの2つを統合するとすれば、例えば、

「 シェイクスピアはマクベスなど、悲劇の名作をたくさん残していますが、当時のイギリスは黄金時代と言われるほどの好景気の時でした。こういう経済右肩上がりのイケイケ時代では、対照的な悲劇が好まれます。
 しかし、シェイクスピアが四大悲劇を書く前ごろから、社会の様相も変わってきます。(喜劇)『ヴェニスの商人』が書かれた頃、初期資本主義の負の側面もあらわになってくるようになって、シェイクスピアはそこから暗くて難解だが深いものを読み取り、見る者の中に直接訴えるようなリアリティも作品に加えるようになりました。」

と捉えることも可能です。もちろん、このように統合するのがいいということではなく、対照的な見解として、自分が作品を書くときにはどっちの路線で行くか、と考えるのも有用でしょう。ですが少なくとも、「矛盾しているからおかしい」という思考に進むとしたら、あまり益がありそうではない。

3.エンタメフィクションの旬は世相と逆張り

自分が現時点で採用している方針は「作風、題材は世間にあまりないものにする」です。世間的によく見るようなこと、ものを題材にしても、ありきたりになりがちです。ぱっと注意を引けるものは作りにくい。世相と逆張りしますと、珍しいものにしやすく、目を引きやすい。

例えば、福沢諭吉の1万円札を誰かに見せても、「ふーん」でしかないですが、聖徳太子の1万円札を今見せたら、「なんだそれ?」「まだあったんだ!」みたいな反応になりますよね。もちろん、聖徳太子が1万円札現役だった頃だと、聖徳太子の1万円札は「ふーん」扱いです。福沢諭吉に切り替わると、しばらくは「これが諭吉の1万円札か!」と興味を持たれました。

4.リアリティは馴染んだもので出す

その一方、「リアリティは細かい点で出す」です。細かい点では身近にあるものを使う。映像作品ですが、庵野監督は未来が舞台の作品でも、ドリンク、スナック菓子、ゲーム機等々について、制作時点で実在するものを克明に模し、いかにもそこでキャラに生活があるようなリアリティを演出しています(しかし、ずっと後で見直すとレトロに感じてしまったりもする)。

正確さを期すなら、小道具も未来にありそうなものを想像して描くべきかもしれません。しかし、それだと観客が「これはなんだ? あれは何?」となってしまいかねません。自然に引き込むには不利となります。ですので、細かい点では今あるものを使う。

上記のお示しの2つをまとめたものも、そういう考えで統合してみたものです。方向性等の大枠なものは世相にないものを採り、キャラクターの身近なことは観客にとって身近なものを使ってみる。簡潔に言い換えれば「大きな嘘を小さい真実で飾って誤魔化す」です。

5.景気は世相の指標の1つでしかない

大枠(作風、題材等)では世相と逆と申し上げました。しかし、「世相」ではちょっと曖昧でどうしていいか分かりにくい。もう少し具体的な指標として「景気」があるでしょう。景気が上向く時期には、細かいことが気にならず、将来にも希望を持ちやすい。ではフィクションでは逆張りして悲劇、というのは作者の戦略の1つとしてアリでしょう。しかし景気が根っこだと思うと間違います。気にするのは不特定多数の人々の気分、特に自分がターゲットとする読者層の気分です。

6.失礼ではありますが質問返し

以上、一応の回答をしたうえで、お尋ねしたいと思います。

>  ラノベの傾向って、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

これは質問文ながらスレ主さんのご主張と思われますが、なぜそう思うのですか?

>  むしろ景気を意識するなら、暗い時代こそ真面目に考える要素があってもいいんじゃないでしょうか?

これも、そうお考えになる理由をお尋ねしたいと思います。

さらにお尋ねするとしたら、「なぜそんな細かい点が気になるのですか?」も疑問としてはあります。そんな細かいことに結論を出したとして、何か得るものはあるんでしょうか。

上記の回答(エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 2 投稿日時:

簡単に言えば、「景気との逆張り」の具体例としてシェイクスピアの四大悲劇は不適当ではないかということが言いたかっただけです。ずいぶんといい加減なことを書いてくれるなあと思ったもので。

「イケイケ」のときに好まれるから四大悲劇が次々に書かれたわけではないでしょう。本当に「イケイケ」だった頃にはむしろ、その頃に書かれたハッピーエンドの『ヴェニスの商人』がウケただろうと思います。
むしろ、木下順二が述べているように「世の中が濁ってきて明るい見通しが持てなくなっている」のを感じ取ったからこそ、それを反映させた四大悲劇が書かれたと考えた方が自然ではないかと思います。別に名作を書こうとしたからではなく、そっちのほうが観客にウケるだろうという理由で。
おっしゃる通り、肝心なのは読者層の「気分」です。
第二次世界大戦で破壊されたパリの街で大爆笑を誘った『ゴドーを待ちながら』も、アメリカのマイアミビーチでは
不評でした。これも「気分」の違いといえるでしょう。

さて、挙げた具体例が適当ではなかったのですから、ラノベの傾向を景気と逆張りさせたほうがいいという主張には疑問符がつきます。たまたまこの10年間くらいにその傾向があったとしても、次の5年、10年がそうなるとは限らないでしょう。

それならば、「次に何がくるか」考えてあくせくするよりも、敢えて直球を投げた方が建設的なのかもしれません。
ここでいう「直球」とは、世界の在り方や自分の生き方といった、いつの時代でも考えざるをえない問題です。
ゲームの流行やSNSの感情的な言葉の断片ではなく、こういったものにほんの少しでも向き合わせてくれる要素を、ライトノベルの読者も本当は求めているのではないかと思います。
それを探し当てて作品として送り出すことで、作者が得るものも大きいのではないかと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

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元記事:エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信

わからんでもないですが、締め切りのあるプロはある程度考慮するかもとか。私はまだ執筆ペースが安定してないので、時流に合わせることがそもそもできないっていうか。その後別メディアに移植するとかやるとどんどん時間経っていくので、流行りに合わせる気があんまりしないですな~。

ただ日本の平安時代・江戸時代で妖怪ものが流行ったのは生活に安定感があったから、という説は少し信じてたり。そもそも日本はガラパゴスなんで、平安時代は遣唐使やめて国風文化が育った、江戸時代は鎖国して町人文化が育った、とか、好きな時に外界との接触を断って引き籠れたのでなんていうかすごい独特なんですよねー。

江戸時代の識字率の高さに外国人は驚いた(西欧では40%くらいが最高水準だったのに寺子屋のおかげで90%近くあったとか)し、平安時代に源氏物語とか、フランス近代小説レベルの読み物ができたりとか。西洋や中国などでは戯曲などの大衆娯楽の形式をとっていましたが、アメリカは映画が大衆娯楽の代表だし、文字のみの媒体に対する食いつきの違いを感じる……ような気がしますな。

あと浮世絵、漫画みたいなデフォルメや洗練が必要な作業も上手いっていうか。ちなみにアメリカでは漫画は「ムキムキのマッチョが全身タイツでなんかやってる子供の読み物でしょ?と思ってたけど日本の漫画読んでカルチャーショック受けた」という人もいるらしいですな。クールジャパンってそういうことかーって感じ。

最近は収益を考慮して、海外進出を狙ってる作品は多いようですね。ブリーチ・ナルト・鬼滅の刃あたり、キモノ・カタナ・サムライ・ニンジャあたりを意図的に取り入れているものもあるようです。ただあんまりに海外を狙い過ぎてアニメーションがディズニーチックのヌルヌルした動きになって(日本は止め絵を多用するので静と動のメリハリがあるが、海外では不評なことも)逆にスベって不発に終わってるようなのもあるようですが。

コラムにもありましたが「好きなものを売れるように書く」目指したいけどまだまだ道のりは遠いなぁ……

上記の回答(エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 0 投稿日時:

お返事ありがとうございます。

いつの時代でも読者の年齢層が求めているものが、必ずあるはずです。
それをきっちり押さえていれば、流行に乗らなくても共感は得られるんじゃないかと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

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元記事:意味不明で理解出来ない会話。

最近のアニメ、特にライトノベル原作のものを見ていると、会話シーンの理解にとても苦しみます。

最近の作品は、キャラクターがみんな変人なのが多いからです。
「ナカノヒトゲノム」を例に挙げますと、中でも「アカツキ」は、セリフの半分が意味不明で理解出来ません。状況に合った事を話さない事が多くて、会話が成立していない場面も多いです。
アニメ 第7話冒頭の会話でも、

アンヤ「オメーからも何とか言えよ」
アカツキ「ん?何がですか?」
アンヤ「あの豆女。オレの言う事なんか聞きやしねえ」
アカツキ「2人が仲良くなって良かったです」
アンヤ「なってね~よ!」

という具合です。
もっとも、前述した通り、このアニメのキャラクターはおかしな人間ばかりで、それぞれも余り他人の言う事を聞いていない様ですが……。

「物語シリーズ」は、余談が多いものの会話としては成立しています。しかし、最近ではこのナカノヒトゲノムの様に、意味不明で理解に苦しむ様なセリフや会話が増えていると思います。
ただこの場合、アンヤがアカツキに投げた会話は無意味なものでは無いですし、考え方によるとアカツキの人間性を特徴付ける為という解釈も出来ます。

ですが、最近のラノベ原作アニメでは、セリフや会話に無意味なものが増えたと思うのです。
「何を言っているのか解らないセリフや会話」を見せられても、ユーザーは面白いと感じるものなのでしょうか。
また、そういった「切っても特に問題無い様な、無駄なセリフや会話」というのは、存在に何か理由があるのでしょうか。

応募作のコメントで、会話が毎回低評価なので、どうしたら面白いセリフや会話が表現出来るのか、知りたくて質問してみました。

上記の回答(意味不明で理解出来ない会話。の返信)

投稿者 ハイ : 0

迷える狼さんの仰ることは、ある意味では非常に正しいです。

会話、というものを『情報伝達手段』として見た場合、重要なのは正確かつ、手短に、素早く情報を伝えることであり、それ以外の余計な要素は排除されるべきものであり、必要ないものです。
よって、会話を『情報伝達手段』として見る場合においては、そこに迷える狼さんの考えるような『正誤』や『優劣』が存在します。

きちんと情報が伝わるなら、『正』。伝わらないなら『誤』。
わかりやすい、もしくは簡潔なら『優』、わかりにくい、または冗長なら『劣』という風に。

言語が誕生した当初であれば、これらが最重要課題であったものと思われます。

しかしながら、会話というものは今現在単なる情報伝達手段ではなく、『自己表現』であるとか、『笑い』『言葉遊び』のツールとしての側面も持ち合わせています。
そして『自己表現』や『笑い』『言葉遊び』などにおいては、厳密ではないですが、『優劣』こそあるものの、基本『正誤』がありません。
ある人からどんなに間違って見えても、主流は基本的に『正』の側です。
かと言って、マイナー側が『誤』という訳でもなく、このあたりは人それぞれということになります。

推測になりますが、迷える狼さんは『会話』を『情報伝達手段』としての側面しか捉えていないのではないかな、と。
そのために、『情報伝達手段』として見た場合、どう見ても余計なものでしかない部分を切り捨てているのではないでしょうか。

ですがすでに触れたように、会話には『情報伝達手段』の側面と、「自己表現」「笑い」「言葉遊び」などの『娯楽手段』の側面も持っています。

日常の会話においては、この分類は場面場面で異なってきますが、基本小説というエンターテイメントにおいては、概ね両方の属性を兼ね備えていると言って差し支えないかと思います。
つまり、

会話は『情報伝達手段』かつ『娯楽的手段』としてのツール。

こう考えた場合、おそらくは迷える狼さんの判断基準である『情報伝達手段』的側面のみで判断を下してしまうと、まず上手く行かないものと思われます。

というのも、大半の人間は会話というものを『情報伝達手段』と『娯楽手段』の両方の性質を兼ね備えている前提で使用しているからです。
あくまで印象なので明言は避けたいところですが……7割〜8割ぐらいは『娯楽手段』としての側面も理解した上で使用しているように感じます。
あるいはもっと多いかもしれません。
(例文のやり取りは、迷える狼さんが思う以上に多くの人が意味を汲み取れるはずです)

ともあれ。それぐらいの人間が、会話においてのユーモアやセンスを求めているわけですから、小説においてはなおさらでしょう。
この『娯楽手段』としての会話をどう理解するか、が今後の課題となるように思いますが……。

1 もっと会話を楽しむ。
2 ユーモアを学ぶ。

ぐらいしか思い浮かびません。
多くの方が少なからずこういったことを好む傾向にある……と思っているので、提案としては微妙な気がしますが、もし上記二つに違和感や忌避感を覚えるようであれば、徹底的に純文学の芸術方面の文体や会話に逃げて、読者に「よくわかんないけど面白い!」と思わせる手もありかもしれません。

あるいは。
会話分でこれらいずれも無理であるなら、地の文で遊んでみるというのはどうでしょうか?

少なくとも、現状のままでは厳しいと思われるので、道筋としては。

1 徹底的に会話とそのユーモアを学ぶ。
2 その方向を完全に諦めて別の面白さを生み出す方を選ぶ。

でしょうか?

もしかすると第三の道もあるのかもしれませんが、私からはこんなところです。

それではご武運をお祈りいたします。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 意味不明で理解出来ない会話。

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投稿日時:

元記事:掲示板に思うこと

 ドラコンです。下記リンク先「過去に『小説の批評依頼』でスレを立てた作品が完結したので広告させてください!」で、ヘキサさんが「ノベル道場(小説の批評依頼掲示板)」について意見を述べられました。

 https://www.raitonoveru.jp/counsel/novels/thread/7211

 そちらのほうに私見を書いても良いのですが、元記事とは関係のないことでもあり、新たにスレッドを立てさせていただきます。
 
●「ノベル道場」「鍛錬投稿室」について

 これは管理人のうっぴーさんに宛てての私見というより、作者への私見です。「ノベル道場」「鍛錬投稿室」について、3点ほど気になることがあります。投稿する作者のほうで、もう少し気を配れば、感想も付きやすくなるのでは? との感じもします。

 1、リンク先が開けない
「ノベル道場」でのことです。投稿から1年以上経っているのならともかく、投稿直後にもかかわらず、作品投稿先のリンクが「権限エラー」などで開けないことがあります。リンク先に慣れた感想人が、当該作品を探し出して、感想を書いた例もありました。ですが、リンクが開けぬのであれば、その時点で読みようがありません。しかも、「リンクが開けない」との指摘があっても、訂正の追記がなされないこともあります。投稿者判断で、当該投稿の修正・削除を可能にする必要もあるのではないでしょうか。

 2、感想に返信がない
 投稿後数箇月以上経った作品であれば、感想に対する返信がなくても分からなくもありません。ですが、投稿直後なのに感想が付いても、返信をしない作者がかなり居ます。それも、「1」で例示したように、作品リンク先が開けぬにもかかわらず、当該作品を探し出しての感想にも、返信が付いていませんでした。

 3、ネタバレは気にしないほうが良いのでは?
 ネタバレを嫌う方もいるでしょうが、読者の時間的負担を考えると、あらすじやタイトルでのネタバレは気にしないほうがよいのではないでしょうか。

 あらすじ欄がある「ノベル道場」のほうはまだマシですが、「鍛錬投稿室」の作者コメント欄は、作者の挨拶や「〇〇賞一次落ち」といった作品のプロフィールは長々書いても、あらすじが全く書かれていないことが結構あります。タイトルと作者コメント、あらすじで作品が全くイメージできないことが少なくありません。これは正直キツイですよ。また各話にも、見出し感覚でタイトルをつけてあるほうが、本文を読む前に話の流れが把握しやすく、助かります。

 ですので私は、あらすじは、「あおり型あらずじ」ではなく、新人賞下読みさんが喜ぶ「公募型あらすじ」のほうが、本文を読む前に概要が把握でき、読了時間の短縮につながり、ありがたいです。

 ・参考「第二研究室」→「ライトノベル新人賞の応募要項Q&A」→「下読みによるラノベ新人賞攻略Q&Aまとめ」→「●あらすじについて」
 https://www.raitonoveru.jp/howto/h5/715f.html

 『どんな本でも大量に読める「速読」の本』(だいわ文庫、宇都出雅已)
 主に、ハウツー本を対象にした速読本です。本文を読む前に、本の内容が要約されている目次・まえがき・あとがきを10回目を通す、拾い読み(特に見出し)・パラ見を繰り返す「高速大量回転法」を勧めています。
 
 速読するための本ですが、小説を書く側としても、これを応用し、出だしからオチまでネタバレを含めて書く「公募型あらすじ」を付ける、見出し感覚で小刻みに各話のタイトルを付けるのが、読者の負担を減らす有効な一案と考えます。なお、『どんな本でも大量に読める「速読」の本』の考え方には賛成ですが、速読効果にはかなり誇大広告な感じがします。
 
 そして、以下のくだりがあります。
 「小説だって速読できる」
 「最初にあらすじを知ったからといって、その小説の面白みがなくなるものではありません」
 「実際「内容がわかっている本は速読できるけれど、内容が分からない本は速読できない」と開き直るような速読教室もあるぐらいです」
 
 ・公募型あらすじが上手い例
 「赤眼の王道」
 https://weblike-tennsaku.ssl-lolipop.jp/review/novels/show/934
 
「赤眼の王道」は公募型あらすじの書き方が本当に上手く、あらすじだけである程度批評が可能なぐらいです。このあらすじだったので、読んで批評を書きました。

 
●「創作相談掲示板」について

 これはうっぴーさん宛の私見になります。

 暫定的ですが、「創作相談掲示板」に、以下の3つのカテゴリーを設けられませんか(もちろん、独立した掲示板として設けていただいても構いません)。ただ、いずれにせよ、迷惑投稿への対策は必要かと存じます。

 「雑談」
 旧掲示板に存在した「交流掲示板」がなくなり、新掲示板の名前が「創作相談掲示板」なので、相談ないし質問でないと投稿しづらい感じがします。雑談でも投稿しやすくできませんか。

 「ラノベ書評」
 「創作資料紹介」
 ここ数年、「ラノベ書評」「ハウツー本(創作資料)」コーナーは、実質更新停止中のように拝察します。以前は、私もこれらのコーナーに投稿していました(投稿後、ご掲載いただけるまで数日~数箇月と差がありましたが)。「こういうラノベ・資料を探しています」との質問があれば、回答の形で紹介しています。ですが、自分のほうから、紹介するのはやりづらく感じます。また、特に創作資料のほうは、本のみならず、ウェブサイトも対象にできませんか。

上記の回答(掲示板に思うことの返信)

投稿者 ヘキサ : 2

掲示板の仕様でできないことであれば仕方ありませんが、最近思うこととしては、ノベル道場の要望で「公募向けの指摘をお願いします」といったものが欲しいというか。それが無理なら投稿者の方にはできるだけ早くそれを言ってほしいと思っています。

できればどの賞に送る予定か、決まっていなければどういう賞がおすすめか聞きたいとか。

最近、まったく新人賞向けではない単行本一冊に収まらないボリュームの大長編、もしくはパロディ色が強すぎるものなどを書く人で、web公募でなければ受け付けていないにも関わらず「web掲載は考えていなかったから、web上で読みにくくても仕方ない」という主張をする方がいたりして、目指す方向性を見誤っている方がいるような気がしています。

別に放っておけばいいじゃん、というのもひとつの考え方かもしれませんが……。

カテゴリー : その他 スレッド: 掲示板に思うこと

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投稿日時:

元記事:文章がうまくなりたいのですが……

はじめまして。

あるサイトに小説(何とは言えませんが)を投稿したところ、文章がひどいだの、何を言っているのか分からないだの、散々な事を言われてしまったので、どういう勉強をすれば文章が上手くなるのかを教えて欲しく思いました。

岩淵悦太郎著「悪文」は読んだのですが、何か他に読むべきでしょうか? それとも何か本を写経なりするべきでしょうか?

当方一週間に三冊ほど読書をしますが、読書を続けていれば自然と上手くなるという考えには疑問があります(読んでいる本ほど分かりやすい文章を書けたことがないため)。

↓文章をしたためましたので、参考にしてくださればと思います。(この際内容はあまり言及しないで頂けると助かりますが…)
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n1793kt/

上記の回答(文章がうまくなりたいのですが……の返信)

投稿者 高瀬 : 1

はじめまして風月様
風月様の執筆歴にもよりますが気にされないほうがいいと思います。
確かに執筆を始めてすぐに小説を書けてしまう初心者の方はいます。
しかし、大多数は読みにくい小説やよくわからない文章を書いてしまいます。
風月様のこのスレッドでの文章を読む限り、丁寧でわかりやすくて相手に配慮した文章を書かれています。
時間が経過すれば読みやすい小説を書くことができるようになるはずです。
ここでは風月様の学習に少しでもお役に立てるように私が思うところを書いてみたいと思います。

まずは人間の脳の思い込みについてです。
私たちの脳はバイアスと呼ばれる認識の偏りがあり、バイアスに影響を受けることがあります。
例えば、子供に絵を描かせると顔の面積を大きく描く傾向があり、できあがった絵は不格好なものになります。
これは人間の脳が顔の部分を重要視しているためだと考えられています。
同じように小説の文章も、人間の脳が特別な書き方をしていると認識してしまうことがあります。
小説はこう書くという思い込みがあり、格好つけた書き方や特別な書き方をしようとしたり、うまく書こうとしてしまいます。
人によってはこのバイアスが強く働き、複雑にこねくりまわしてしまうことがあります。
この場合、文章のあちこちに不整合が出ます。
仮に修正をしたとしても、次々に新しい問題が生まれ、どれだけ修正しても終わらない状態に陥ります。

意外と小説は思っているよりも普通の文章で平易に書かれていたりするものです。
これは小説を読んでいるだけでは気がつかないことがあります。
脳が人間の顔を重要パーツだと認識し、顔を肥大化させた絵を描いてしまうのと似ています。
例えばミステリー小説はその内容から難しい文章で書かれていると認識してしまうことがあります。
しかし、実際にはわかりやすい表現で書かれていたりします。
小説を読むだけではバイアスが外せないことが多いです。
この場合のおすすめは模写です。
ただし、風月様の場合は難しい内容の小説ではなく一人称のライトノベルをおすすめします。
これは風月様が提示された短編を読んでみた結果、小説に対する認識を易しい方向へとシフトさせたほうがいいと考えたからです。
風月様の冒頭ではこのように書かれています。

(原文)
――しくじった。
 菅谷がそう思う間もなく、オークの次なる刺突が繰り出された。ろくな訓練も受けていないような形無しの槍は、だが野生的な本能で確実に菅谷の心臓を狙う。

この文章ですが、作者はすぐに読めると思いますが、読者の脳を疲れさせてしまっています。
読者というのは小さな負荷の積み上げで読めなくなっていきます。
この文章の場合は《次なる》で負荷がかかり《刺突》で負荷がかかり《繰り出され》で負荷がかかり、次に来る冗長な表現で負荷がかかりと、一つ一つは小さな負荷ですが積み上がっていきます。負荷が少なければ問題になりませんが、これがずっと続いていきます。
風月様の短編がわかりにくいものになっている原因の一つでもあります。
この文章から負荷を取り除いて修正してみたいと思います。

(修正)
――しくじった。
 菅谷がそう思った直後、オークの槍が襲ってきた。オークが訓練など受けているはずもない。それなのに野生的な本能だけで正確に心臓を狙ってきた。

修正版は自然にすらすらと読めると思います。
何が違うかというと、読者の脳の疲労度です。
さらには一人称で書き直してみます。

(例)
 しくじった。
 俺がそう思ったと同時に、オークの槍が迫ってきた。正確に心臓を狙ってきやがる。訓練など受けているはずもないのに、急所を狙うことを知っているのだ。

誰かに語って聞かせるように書くことで難しい表現もなくなってくるかと思います。
自分で書いた文章というのはどんなに難解でも読み解けてしまいます。
風月様の短編の場合は全体的に理解の難しい内容になってしまっているのですが、ご自分では気がつけないかもしれません。

この認識を矯正するために、私は下記を提案します。
● 格好つけた書き方をやめる
● 小説は思っているより普通の書き方をしていると知る
● 模写をする
● 一人称で書く

例えばライトノベルの「この素晴らしい世界に祝福を!」1巻は読みやすい文章で書かれています。
BookWalkerで無料で読める分でいいので読んでみてください。
模写をする際はこの小説ではなく風月様自身が夢中になって最後まで読んでしまうような小説で、できれば一人称のライトノベルを探してみてください。
今は難解な小説から学ぼうとしているのはないでしょうか? 学ぶ教科書にするのは易しく読めるものがいいと思います。

1日1ページでもいいので模写をしてみてください。手書きでは大変なので、いつも小説を書いている方法でかまいません。読みやすい小説を書けるようになったら模写はやめてもいいと思います。

また、自分で小説を執筆する際は一人称で書くことをおすすめします。
これは私の経験則ですが、何年もわかりにくい小説を書き続けてしまって初心者から抜け出せない人は一人称を書こうとしない人が多いように感じています。
初心者から脱するまでは三人称はやめて、一人称縛りを自分に課したほうがいいと思います。
一人称は視点の制限もあり、難しい面もあります。それでも一人称が風月様を育ててくれると思います。

また、最初は文章がうまくなることを目指すのではなく、読みやすいものを書けるようになることを目指したほうがいいと思います。
技術的な問題点を指摘されなくなった段階で、次にうまい文章を目指されてはどうでしょうか。

出版歴のない者の意見ですので、参考になる部分だけ受け取っていただければ幸いです。
私からは以上になります。
がんばってください。
応援しております。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 文章がうまくなりたいのですが……

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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