小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

兵藤晴佳さんの返信一覧。最新の投稿順9ページ目

元記事:投稿してもランキングに入れず、すぐに挫折してしまう

数日前、なろうに新作を投稿したのですが、やはり今回もpv、ブクマが伸びず挫けそうになっています。
過去にも三作ほど序盤で打ち切った作品があります。
読まれない作品を書き続ける気力が湧きません。
書き続けたらいつか火がつく、なんて事はあるのでしょうか?

上記の回答(投稿してもランキングに入れず、すぐに挫折してしまうの返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 3 人気回答! 投稿日時:

ランキングには入れないものと最初から腹を括って、まずは完結させることを目標にしましょう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 投稿してもランキングに入れず、すぐに挫折してしまう

この書き込みに返信する >>

元記事:書き出しでの会話はアリ?ナシ?

新人賞などに応募するとき、最初に会話文を持ってくるのはダメ。
みたいな話を聞いた覚えがあるのですが、第一話およびプロローグを書く際に、いきなりキャラ同士の掛け合いから始めるのはどちらかとえばナシなのでしょうか?
また、ネット投稿なら会話文で始めるのはアリなのでしょうか?

上記の回答(書き出しでの会話はアリ?ナシ?の返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 0 投稿日時:

説明的なセリフはダメでしょうね。
たとえば、2人で美術館にいるシーンなら、
「ああ、美術館っていいなあ」「そうだよね」はあり得ません。

 こう始めるべきです。
「ピカソってさあ、奥さんと共有してたらしいよ」
「何を?」
「ズボン」
「貧しかったから」
「それ、この絵と関係ある?」
「別に」

 その上で、たとえば「僕が蘊蓄を傾けても、彼女はその腰を片端から折っていく」という形で地の文での説明を補っていけばよいでしょう。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 書き出しでの会話はアリ?ナシ?

この書き込みに返信する >>

元記事:エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信

私も思うところがあるのでコメントさせていただきます。
不景気な時こそ、不運な主人公が頑張って不景気の源を断つような話が流行ると思います。
というか、ラノベの傾向は景気の良し悪し関わりなく、多種多様な需要に満ちているので、何を書いても面白ければそれなりに流行ると思います。
日本のエンタメの良いところは良くも悪くもニッチな世界にあると思います。
なので、考えるのであれば、経済のみならず社会が今どのような状況に置かれていて、大多数の読者は何を求めているかを考えるべきでしょう。
シェイクスピアに関しては良い例で、当時の民衆は王宮に興味がありました。自分たちの干渉し得ない、世界で一体どのようなことが行われているのか、きっと、素敵な舞踏会やラブロマンスがあるのだろう、と予想を巡らせていたはずです。
そこに、シェイクスピアが民衆の娯楽として普及していた演劇を介して、王宮のリアルな悲劇を書いたことで流行ったのです。
暗い時代も明るい時代も、人は経済を真面目に考えるべきでしょう。しかし、それと娯楽の関連性は希薄です。
なぜなら、流行る作品というのは、読者の求めてるものと、技量のある作者の書きたいものとが合致し、更に素晴らしいマーケティングをなされた作品のことを指すのでしょう。
偉そうに私見を述べてしまいました。
深夜テンションで失礼しました。

上記の回答(エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 2 投稿日時:

シェイクスピアに関しては良い例で、当時の民衆は王宮に興味がありました。自分たちの干渉し得ない、世界で一体どのようなことが行われているのか、きっと、素敵な舞踏会やラブロマンスがあるのだろう、と予想を巡らせていたはずです。
そこに、シェイクスピアが民衆の娯楽として普及していた演劇を介して、王宮のリアルな悲劇を書いたことで流行ったのです。

以上の根拠は何ですか?
出典があれば教えてください。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

この書き込みに返信する >>

元記事:エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信

ご質問にして、ご主張でもあるようですが、違和感を感じます。問いの立て方自体が危ういんじゃないでしょうか。もう少し分析すべきでしょうし、そんな細かいことを気にすべきかどうも考える必要がありそうです。

以下、少し説明を試みたいと思います。

1.シェイクスピアの分析は正しいのか

シェイクスピアって、悲劇も喜劇も書く、幅広い作風の有名作家であるわけですよね。しかも、昔の人でありながら、作品は今も名作とされるものが多々ある。時代に乗ることが重要で、旬の大事さなんてことを言われる現代エンタメ作品とは、事情がだいぶ違うんじゃないかと思います。我々は今受けることを狙っているのであって、百年後に名作と呼ばれるものを作ろうとしているわけではないはずです。

また、異なる2人の異なる分析を単に並べて相違を言い立てても、あまり意味はないんじゃないでしょうか。別の知っている例を出しますと、例えばチンギスハーン。大帝国を作り出した英雄と評する向きもあれば、ある歴史解説書では、オアシス国家群を結ぶ水路を破壊して、東西の通交を分断したこと等を以て「世界の鼻つまみ者」と呼んでいるのを目にしたことがあります。

これを「英雄なの? 鼻つまみ者なの?」と問うても意味はないでしょう。各々の評は、別の人が、別のコンテクストを以て、別の判断をしているに過ぎません。こういうのは「人それぞれ」と言うべきであって、矛盾等ではありません。

2.お示しの2つの見解はどちらかが間違いなのか

それでも、お示しの2つの見解を考えると、それらは相矛盾しているのでしょうか? 初期資本主義はおおむね重商主義時代です。産業革命が始まる前に盛んになり、工業化に伴って近代的な資本主義に移っていきます。

ですので、経済的には勃興期と考えていいでしょう。イギリスはヨーロッパでは最後に成功を手中にしただけに、少なくとも20世紀に入るまでは右肩上がり、と大雑把にとらえてもよさそうです。

初期資本主義が勃興していくということは、経済的に発展することではあるんですが、資本主義の負の側面も増大すると考えていいでしょう。例えば、労働者が搾取される事例、歴史はよく知られるところです。欧米を追った日本ではいずれ「女工哀史」なんてことになったりもしました。

経済的発展と社会的矛盾は同時に出てくるわけですね。ですので、お示しの2つを統合するとすれば、例えば、

「 シェイクスピアはマクベスなど、悲劇の名作をたくさん残していますが、当時のイギリスは黄金時代と言われるほどの好景気の時でした。こういう経済右肩上がりのイケイケ時代では、対照的な悲劇が好まれます。
 しかし、シェイクスピアが四大悲劇を書く前ごろから、社会の様相も変わってきます。(喜劇)『ヴェニスの商人』が書かれた頃、初期資本主義の負の側面もあらわになってくるようになって、シェイクスピアはそこから暗くて難解だが深いものを読み取り、見る者の中に直接訴えるようなリアリティも作品に加えるようになりました。」

と捉えることも可能です。もちろん、このように統合するのがいいということではなく、対照的な見解として、自分が作品を書くときにはどっちの路線で行くか、と考えるのも有用でしょう。ですが少なくとも、「矛盾しているからおかしい」という思考に進むとしたら、あまり益がありそうではない。

3.エンタメフィクションの旬は世相と逆張り

自分が現時点で採用している方針は「作風、題材は世間にあまりないものにする」です。世間的によく見るようなこと、ものを題材にしても、ありきたりになりがちです。ぱっと注意を引けるものは作りにくい。世相と逆張りしますと、珍しいものにしやすく、目を引きやすい。

例えば、福沢諭吉の1万円札を誰かに見せても、「ふーん」でしかないですが、聖徳太子の1万円札を今見せたら、「なんだそれ?」「まだあったんだ!」みたいな反応になりますよね。もちろん、聖徳太子が1万円札現役だった頃だと、聖徳太子の1万円札は「ふーん」扱いです。福沢諭吉に切り替わると、しばらくは「これが諭吉の1万円札か!」と興味を持たれました。

4.リアリティは馴染んだもので出す

その一方、「リアリティは細かい点で出す」です。細かい点では身近にあるものを使う。映像作品ですが、庵野監督は未来が舞台の作品でも、ドリンク、スナック菓子、ゲーム機等々について、制作時点で実在するものを克明に模し、いかにもそこでキャラに生活があるようなリアリティを演出しています(しかし、ずっと後で見直すとレトロに感じてしまったりもする)。

正確さを期すなら、小道具も未来にありそうなものを想像して描くべきかもしれません。しかし、それだと観客が「これはなんだ? あれは何?」となってしまいかねません。自然に引き込むには不利となります。ですので、細かい点では今あるものを使う。

上記のお示しの2つをまとめたものも、そういう考えで統合してみたものです。方向性等の大枠なものは世相にないものを採り、キャラクターの身近なことは観客にとって身近なものを使ってみる。簡潔に言い換えれば「大きな嘘を小さい真実で飾って誤魔化す」です。

5.景気は世相の指標の1つでしかない

大枠(作風、題材等)では世相と逆と申し上げました。しかし、「世相」ではちょっと曖昧でどうしていいか分かりにくい。もう少し具体的な指標として「景気」があるでしょう。景気が上向く時期には、細かいことが気にならず、将来にも希望を持ちやすい。ではフィクションでは逆張りして悲劇、というのは作者の戦略の1つとしてアリでしょう。しかし景気が根っこだと思うと間違います。気にするのは不特定多数の人々の気分、特に自分がターゲットとする読者層の気分です。

6.失礼ではありますが質問返し

以上、一応の回答をしたうえで、お尋ねしたいと思います。

>  ラノベの傾向って、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

これは質問文ながらスレ主さんのご主張と思われますが、なぜそう思うのですか?

>  むしろ景気を意識するなら、暗い時代こそ真面目に考える要素があってもいいんじゃないでしょうか?

これも、そうお考えになる理由をお尋ねしたいと思います。

さらにお尋ねするとしたら、「なぜそんな細かい点が気になるのですか?」も疑問としてはあります。そんな細かいことに結論を出したとして、何か得るものはあるんでしょうか。

上記の回答(エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 2 投稿日時:

簡単に言えば、「景気との逆張り」の具体例としてシェイクスピアの四大悲劇は不適当ではないかということが言いたかっただけです。ずいぶんといい加減なことを書いてくれるなあと思ったもので。

「イケイケ」のときに好まれるから四大悲劇が次々に書かれたわけではないでしょう。本当に「イケイケ」だった頃にはむしろ、その頃に書かれたハッピーエンドの『ヴェニスの商人』がウケただろうと思います。
むしろ、木下順二が述べているように「世の中が濁ってきて明るい見通しが持てなくなっている」のを感じ取ったからこそ、それを反映させた四大悲劇が書かれたと考えた方が自然ではないかと思います。別に名作を書こうとしたからではなく、そっちのほうが観客にウケるだろうという理由で。
おっしゃる通り、肝心なのは読者層の「気分」です。
第二次世界大戦で破壊されたパリの街で大爆笑を誘った『ゴドーを待ちながら』も、アメリカのマイアミビーチでは
不評でした。これも「気分」の違いといえるでしょう。

さて、挙げた具体例が適当ではなかったのですから、ラノベの傾向を景気と逆張りさせたほうがいいという主張には疑問符がつきます。たまたまこの10年間くらいにその傾向があったとしても、次の5年、10年がそうなるとは限らないでしょう。

それならば、「次に何がくるか」考えてあくせくするよりも、敢えて直球を投げた方が建設的なのかもしれません。
ここでいう「直球」とは、世界の在り方や自分の生き方といった、いつの時代でも考えざるをえない問題です。
ゲームの流行やSNSの感情的な言葉の断片ではなく、こういったものにほんの少しでも向き合わせてくれる要素を、ライトノベルの読者も本当は求めているのではないかと思います。
それを探し当てて作品として送り出すことで、作者が得るものも大きいのではないかと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

この書き込みに返信する >>

元記事:エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信

わからんでもないですが、締め切りのあるプロはある程度考慮するかもとか。私はまだ執筆ペースが安定してないので、時流に合わせることがそもそもできないっていうか。その後別メディアに移植するとかやるとどんどん時間経っていくので、流行りに合わせる気があんまりしないですな~。

ただ日本の平安時代・江戸時代で妖怪ものが流行ったのは生活に安定感があったから、という説は少し信じてたり。そもそも日本はガラパゴスなんで、平安時代は遣唐使やめて国風文化が育った、江戸時代は鎖国して町人文化が育った、とか、好きな時に外界との接触を断って引き籠れたのでなんていうかすごい独特なんですよねー。

江戸時代の識字率の高さに外国人は驚いた(西欧では40%くらいが最高水準だったのに寺子屋のおかげで90%近くあったとか)し、平安時代に源氏物語とか、フランス近代小説レベルの読み物ができたりとか。西洋や中国などでは戯曲などの大衆娯楽の形式をとっていましたが、アメリカは映画が大衆娯楽の代表だし、文字のみの媒体に対する食いつきの違いを感じる……ような気がしますな。

あと浮世絵、漫画みたいなデフォルメや洗練が必要な作業も上手いっていうか。ちなみにアメリカでは漫画は「ムキムキのマッチョが全身タイツでなんかやってる子供の読み物でしょ?と思ってたけど日本の漫画読んでカルチャーショック受けた」という人もいるらしいですな。クールジャパンってそういうことかーって感じ。

最近は収益を考慮して、海外進出を狙ってる作品は多いようですね。ブリーチ・ナルト・鬼滅の刃あたり、キモノ・カタナ・サムライ・ニンジャあたりを意図的に取り入れているものもあるようです。ただあんまりに海外を狙い過ぎてアニメーションがディズニーチックのヌルヌルした動きになって(日本は止め絵を多用するので静と動のメリハリがあるが、海外では不評なことも)逆にスベって不発に終わってるようなのもあるようですが。

コラムにもありましたが「好きなものを売れるように書く」目指したいけどまだまだ道のりは遠いなぁ……

上記の回答(エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 0 投稿日時:

お返事ありがとうございます。

いつの時代でも読者の年齢層が求めているものが、必ずあるはずです。
それをきっちり押さえていれば、流行に乗らなくても共感は得られるんじゃないかと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: エンタメの傾向は、景気とは関係ないんじゃないでしょうか?

この書き込みに返信する >>

現在までに合計62件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全13ページ中の9ページ目。

ランダムにスレッドを表示

僕ッ子をメインヒロインにするのは有りか

投稿者 津樹 回答数 : 4

投稿日時:

 初めまして、津樹というものです。  いまだに処女作という処女作を、終わらせられてないのですが、新しい作品を書こうと思った時、僕ッ... 続きを読む >>

実名企業

投稿者 ユシ 回答数 : 5

投稿日時:

ラノベでLINEだとかYouTubeという名前を出してますが、勝手に使っても良いんですか? 続きを読む >>

東京・大阪 即日派遣!理想の美女と秘密の時間をLINE:699jp

投稿者 日本欲望樂園俱樂部 回答数 : 0

投稿日時:

東京・大阪 即日派遣!理想の美女と秘密の時間をLINE:699jp|日本欲望楽園クラブ あなたの理想の美女を即日派遣|東京・大阪 ... 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:キャラクターの性別について

はじめまして。
私は異世界もの?の小説を書こうと考えているものです。
主人公とその相棒の性別をどうするか迷っています。
主人公はかなりのコミュ障の高校生。パペットになりきることでなんとか会話ができるレベル。で、主人公が千と千尋の神隠しみたいな魔法界に飛ばされて、そこで出会った、落ちこぼれの魔法使い見習いと共に、最強の魔法使いを目指す話です。
また、彼らの間に恋愛感情はないです。書きたくないから。
少女同士、少年同士、主人公が少年で相棒が少女、またはその逆の中で、どれがいいでしょうか?理由とかもあったら教えて欲しいです。

上記の回答(キャラクターの性別についての返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

作品の傾向、読者層の想定、作者の好み・書きやすさ、もろもろで最適解は180度違います。
ですが、男女の組み合わせで4パターンすべてが候補に入ってるってことは、つまりどれでもいいと考えてるってことで、ようするにどれがいいのかわからないから誰か背中を押して、という悩みかなと推察してみます。

まず主人公の性別について、年齢と含めて想定する読者層と近いものにするのが良いと思う。
読者が主人公をどう見るかによって違うけど、作者としてどう見て欲しいかで考えて問題ない。
なので冒険心を失ってほしくないという意図があるなら童心に返ってもらうために読者層よりずっと若めの少年にするのも良いし、男性から見た理想的な少女像(と言うと何か誤解がありそうだが)として見て欲しい場合は男性ターゲットでも女性主人公にして良いと思う。
逆に主人公に憧れを抱いて欲しい場合は読者層より若干高めの年齢に。
そうした作品意図が一切不明なので、ニュートラルに「読者層に近いものが良いと思う」としか言えない。
ただし、これは続く話にも言えるけど、この判断は「作者の好み」より上位に来るものではないです。
あくまで「どうでもいいんだけど、どれも決定打がないんだよね」という場合の一押しの判断でしかないです。

次に組み合わせ。
少女同士の場合、二人のうちどちらかは比較的活発な少女にならざるを得ないと思う。
内気な二人では話が進まないし、物語を進行させることを意識したキャラ設定にしないとどうにもならない。
王道で言えば「活発なアクセル役」と「冷静なブレーキ役」の組み合わせですね。
例えるなら、「相方が洞窟に入ったきり出てこない、どうすれば!」という場面で「覚悟を決めて洞窟に飛び込む主人公」という選択ができないキャラだと行動に不自然さが出るし話を展開しにくい。
もちろん、話の中でそういう勇気を持つに至る、という流れを作っても良いのだけど。
でも、その「女性らしさ・少女らしさ」は一種の「弱者の象徴」でもあるので、これが「勇気を持って友達を助けに行く」となった時の展開は男キャラ以上に盛り上がります。
そうした「女性であること」を上手く扱えるなら少女同士の設定は強い武器になると思う。

少年同士の場合、前向きにバカであっても不思議じゃないのが少年なので、少女よりも前述した問題は軽く、比較的その場のノリで動けるため性格は自由になる。
また、これは少女同士にも言えるけど、同性の場合は恋愛要素が無いので(書きたくないと書かれているが、それについては後述)それ以外の「人間関係(ドラマ)」を書く必要がある。
少年二人でよくある王道はと言うと、少年漫画を見りゃわかりますが、主人公と相棒は最初は不仲で相性が悪い、それが次第にベストなコンビになっていく、というものですね。
少女同士にするか少年同士にするかは、ぶっちゃけこの「人間関係」のドラマに何を当てはめるかで最適解は大きく変わるかと思います。女性っぽいテーマなら少女のがいいだろうし、男性っぽいテーマなら男性のが良い。
しかしその裏を書いて男性っぽいテーマで熱い戦闘を繰り広げる魔法少女という例もあるので、そこは作者のセンス。これは面白いという作者本人の確信が大事。

主人公と相棒とで異性の場合。
主人公の男女の違いは先に書いたので、残りはまとめて。
といっても、やはり異性の出会いというのは「ボーイ・ミーツ・ガール」というジャンルもあるように、その出会いから物語が始まる以上は多少の恋愛は切り離せません。最終的に恋人になるかどうかはともかく。
ちなみにここでいう「多少の」は、「一緒にいるところを友人に見られ、あとでからかわれる。それを照れながらも否定する」と、ベタだけどこの程度のモノを言ってます。
二人きりになって少しドキッとするとか、まあ正確には恋愛の手前あたりの事だね。
で。
それを書かない場合、「同性同士」で問題に上げたものと同じ話になるので、「恋愛」に代わる「人間関係」が必要になります。
まあ、普通はその人間関係のトラブルが解決することで恋愛となるんだけど、書きたくないなら別に無理してトラブルの解決を恋愛に繋げなくても良いので、人間関係の問題解決の答えが「恋愛でないもの」になれば良いでしょう。
例えば「良い友人になれた」とかでも良いと思います。
少年漫画でありがちなのは「いがみあう仲の悪い二人」から「切磋琢磨しあう良いライバルになった」みたいのじゃないかな。
ようするに、「恋愛」を書かないなら「恋愛」に代わるものをちゃんと考えましょう。

魔法世界で旅をするのか宿屋で強制労働かはわからないけど、結局のとこ主人公と相棒が一緒に強くなる話なので、それを考えてそこに一番噛み合うものをと言ったら少年同士の設定でしょう。
主人公少年・相棒少女でもいいと思うけど、そこは前述した「恋愛に代わる人間関係」の話ですね。
同性なら「ライバル」って枠組みで腕の競い合いが出来るけど、異性だと性別が違う時点で正確な競い合いが出来ない(読者的に納得いく形を取るのが難しいと思う)。
なら少女同士でも良さそうに見えるし、事実それだけを問題にするなら少女同士でも良いと思う。
それこそ某魔法少女みたく熱いバトルの魔法少女でいいと思う。
けど、まあ、作風も作品の雰囲気も何もわからないので、最強を目指す話なら少年のほうが合うんじゃない? という程度の話。

で、最初のほうに書いたけども、これらは男女の設定に関わるものはすべて「作者の好み」より優先されるものではないので、えらい長く書いてしまったけども、気になる箇所があれば参考にしてくれたら書いた甲斐がありますが、基本、こういうのは作者が書きたい内容やモチーフ・テーマなどから決めてくものですから、例えば「勘違いしたウザ主人公をぶっ飛ばしてく魔法少女(恋愛にはならない)を書きたいな!」となりゃ、それが正義です。
作者の好み、書きたいこと、そういったのが全てです。それらがわからんと第三者には勝手に妄想して回答するか、思いつく限りに当てはまるベターであってベストではない回答しか用意できません。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターの性別について

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:あれもこれもやりたい

こんにちは、初めて相談します。
私には小説を書くことの他に、動画サイトの閲覧やスマホゲーム、ダンス、歌、絵を描くなど様々趣味があります。
そこで相談なのですが、全部やったら時間が足りないですし、小説を書くことに集中したほうが良いのでしょうか。
回答、よろしくお願いします。

上記の回答(あれもこれもやりたいの返信)

投稿者 柴犬 : 0

学生さんであれば学業が疎かにならない範囲で色々やってみるのは悪いことではないと思います。
多方面で経験を積むことは小説の引き出しを増やすことにつながりこそすれ小説の邪魔にはなりません。
例えば「ダンスを上達させるための苦労をダンサーのキャラクターに語らせる」「絵を描くことで何か特殊な現象を起こせるキャラクターを出す」といったネタが、そういう趣味がない人より書きやすくなるのではないでしょうか?

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: あれもこれもやりたい

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:主人公の事とかくきゃらの話し方

こんばんはー。
主人公が魅力が無いと言われました。
あと、各キャラクターごとにもっと、
話し方にクセなどを入れて会話を分かりやすくした方がいいと言われました。
ギャグのセンスは、あると言われましたが
もっと広げないともったいないとも言われました。
ここに張り付けています。

https://ncode.syosetu.com/n8184eu/
主人公に魅力をだすには、何をすれば良いですか?学校の部活での物語です。

上記の回答(主人公の事とかくきゃらの話し方の返信)

投稿者 ヘキサ : 0

ざっと読ませていただきましたが、下ネタギャグが光ってるのとマリア先生のやはり下ネタ関連で笑わせていただきましたが……確かに、ほたるとセイラがあんまり個性がないかもしれない。ほとんど区別ついていない感じです。

話し方もだけど、文体が少々気になったかも……地の文が少なすぎてセリフ以外にもキャラを補完できる何かが足りない、という感じ。

セイラのほうが実家がお店で道具に詳しいってことだと、そのまま個性を出そうとすると、セイラのほうが頭よさげなキャラになるのかな。しっかり、てきぱきした感じで。でも「天然でおっとり」なのか……お母さん亡くしてるんならしっかり者のほうがそれっぽいと思うけど。

でもほたるのほうも一人称で扱う場合、あまり頭悪い発言ばかりできないよね。
下ネタに対する突っ込みのキレも鈍ると面白くなくなるだろうし。

いちおうセイラのほうが丁寧でもの柔らかい言い方、ほたるのほうが元気がよくざっくばらんで突っ込みのキレもいい、みたいな分け方をしたほうがいいように思うけど、いかんせんセリフも地の文も短すぎて、個性を出そうにも出せない感じ。

私、偶然キャラクターが「断定口調」「くだけた口調」「丁寧口調」で別れたことがあって、会話文だけでも誰が喋ったか一目瞭然なのでそのままかなり長い間しゃべらせたことがあるんですが、正直、この短い文体では無理!と思えてしまいます。

応急処置的なものとしては、「ほたるとセイラはなるべく会話の時に相手の名前を呼び合ったほうがいい」ですかね。「同じクラスで、良かったね」「うんうん、良かった」とあったけど、ほんと、どっちがどっちか分からない。さらに「そう言ってセイラは私に向かって微笑んだ」的な地の文があればまたかなり違うけど。そういう文もないからかなり辛い。

根本的には、文体の改善かな……とは思いますが。一人称の地の文が長ければそれだけほたるの個性も出ることになるので、多少違うと思う。もうちょっと見たものの動きを繋げて書いてほしいかな。

あと、魅力という点でいくと、ほたるよりセイラのほうがタイムが良いのはなんだかなーと思ってしまった。ここでほたるのほうがタイム高ければ基礎体力の高いほたる、道具や技術などの知識でカバーするセイラ、的なキャラ分けができた気がするのに。何もかもセイラのほうに集中している状態になってしまったからやっぱりここで一気に「ほたるの存在意義って何……」的な感じになってしまった。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の事とかくきゃらの話し方

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ