小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

一番合戦 仁さんの返信一覧。最新の投稿順36ページ目

元記事:社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)の返信の返信

>弐、【核家族社会の黒歴史】

>高度経済成長期という時代における資本主義は、【核家族を前提とした社会体制を根本から覆しました】。

 ん? 違くね? 高度経済成長が破壊したのは大家族制でしょ。
 家業を継いで生計を立てていくようなシステムが消滅して、就職したい人々が都会に出稼ぎに行く状況になったから、旧来のイエが分断されて核家族化が進行したんでしょ。資本主義と核家族の相性は知らん。資本家と労働者の相互関係という資本主義の中心的な枠組みには家族とか被扶養者がいないから、家族制度や社会福祉そのものと相性が悪いのかもしれないな。少なくとも教育と介護が家庭の役割になっているのはおかしい。資本主義を徹底するならそういうのは全部資本家が子供や老人への投資として行うべきことのはずだ。

>そうです。「家」という場所は、現代社会において「閉鎖された環境」であり、「ばれなきゃ何をやってもいい」がまかり通ってしまう危うさをはらんでいるのです。

 これはまあ同意。家制度の問題というよりは家制度にプライバシーの概念が掛け算された結果として、家庭が一種の治外法権状態になってしまったと自分は見ているけど。いずれにしても家庭はこの世界で最後の密室になると思う。
 これは根拠のない漠然とした予感なのだけれど、これからの時代、戦争でも起こらないかぎりは家庭を舞台にした物語の比重が増していくんじゃないかな。人の世の不幸にこそ物語の芽はあるわけで。

>「もっと妄想すればいいのに」と。

 ガリヴァー旅行記のリリパットはたしか家制度を諦めてたような。小学生くらいのときに福音館の児童文学のシリーズで読んだうっすらとした記憶なので別の作品と混ざってるかもしれないけど。
 家族、人々がいろんな幻想を投影しすぎているので闇鍋みたいな概念になっているけれど、個人的にはまずもって社会保障の最小単位だと思っている。これより優れていてかつ実現可能性が十分にある社会システムが考案されたなら、もう家族なんていらないや。まあそれが簡単にできるとは思えないけど。

>参、【理性や思考ばかりを育てようとする『頭脳教育』の是非について】

>問題は、「ヒトという生き物を、どこまで【人間】という獣ではない尊いとされる何らかの存在として振舞わせるか?」

 人間なんて所詮、みずからを獣ではないと思いこんでいるだけの滑稽な獣にすぎませんね。ただそれと同時に、人間はみずからを獣ではないと思いこむことによって連帯し、その力を強めてきた歴史があるとも思う。つまり、たとえわれわれが滑稽な獣であったとしても、それを認めたところでわれわれには何のメリットもない。だからいずれにしても人間をやっていくしかないのだと思いますね。
 ただ、ここからはちょっと真面目な話なのですが、人間概念の範囲がある日突然狭まって畜生にされてしまう可能性などが残っているので、なるべく人間というもののレンジを広めにとっておくように意識することは大事かなと思う。ナチスドイツはユダヤ人の前に障害者を虐殺していました。社会の役に立たない連中は人間以下の非国民というわけですね。社会情勢が不安定になったときにこれをされてしまわないようにわれわれは踏ん張っていく必要があります。

>「または当事者として、どこまでヒトらしく生きて、どこまで人間らしく生きるか?」

 社会が"合理的人間"を壱単位として動いているから、社会を講釈していくためには社会規範をインストールして合理的人間をロールプレイングしていかないといかないみたいな、素朴な生存戦略の話でしかないんじゃないの? 社会システムがどうあるべきかみたいな論点はあると思うけれど、個人の側からしたらどこまで行っても"どうやって社会をサバイブするか"でしかないと思う。
 つまり人前では人間らしく、人目につかない場所ではヒトらしく生きるのがよいということになりますね。うん、それ以上でも以下でもないんじゃないかな。

>肆【人間関係のオリジナル化について】

>絆というのは基本的には「人と人」同士、応用的には「人と物」か、「人と獣」あるいは「人と霊」の間に生まれるものですから、実に様々で十人十色です。

 応用的っていうか所詮相手を擬人化してるだけじゃね? と思う。もっというと人と人の絆なんてものも虚妄で、相手が人間のカテゴリに入っているというだけの理由で自分自身の心象を安直に投影してしまう結果として、絆らしきものを錯覚しているにすぎないんじゃないかという疑念がどうしてもある。
 将来的にAIとかロボットとかの技術が進歩して本当に生身の人間と区別がつかなくなったときに、人類は絆なんでものが自分の脳内にしかないことに改めて気づくのかもしれない。もしかしたらそれが『《自分のためだけに作られた世界に行って、自分を主人公として生を謳歌し、峻厳なる試練を乗り越えて、その世界を去る》という体験』(No.1)なのかもしれないな。やっぱそんなフィクションは嫌だよ。『その世界を去る』ってつまり、ぬいぐるみに魂がないことを子供に理解させることに他ならないんじゃないの? たかがフィクションでそんな思いはしたくない。

>「博士が愛した数式」「狼と香辛料」「レオン」「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」
>きわめて際どく、特殊な人間模様を描いたこれらの作品は、いずれもベストセラーの誉れをほしいままにしています。

 特殊な人間関係といえば確かにそうだけれど、結局愛とか恋とか(疑似)家族の絆とか、そういう普遍的な枠組みに落とし込んだのがヒット要因な気がする。結局みんなベタな話を欲しているんだろうなっていう。読者開拓するならフロンティアより地固めじゃないの?
 あと小川洋子はいつもはわりと言葉では簡単に表せない微妙な人間関係を描くタイプの作家なので、博士の愛した数式のあの爆発的な売れ方はもしかしたら本意ではなかったんじゃないかという気がしている。まあ実際のところはわからないけど。

>粘膜王女三世/作「白瀬千春は献身的で平等な性の女神です」という、幻の名作についてです。

 以下のレスを見たら粘膜氏は普通に怖がりそう(笑)。Twitterで芸能人に愛が重いリプを送ってブロックされる人と似た匂いを感じるな。小説の上手さにはいくつかの評価軸があるけど、粘膜氏の文章はなんていうか、積み上げていく上手さじゃなくて場面場面で急に瞬間最大風速がくるみたいな感じだよね。

>「友達でも、今のまま好きでいていいよね……?(性的な意味で)」

 "ステレオタイプな言葉に簡単に要約できてしまうような内容ならわざわざ長編小説に仕立てたりなんかしない"という意味では、大半の表現者が本当はこういうことを書きたいと思っているんじゃないですかね。固有種化とか大層な名前をつけなくても、固有の人間の固有の感情を描いてきたのがそもそも小説というジャンルでしょ。
 ただ、そういう微妙な含みはマスには届きにくいっていうのはあって、それは難しいところだと思う。内容を一行でスパッと説明できる小説がエンタメとして強い、みたいなのは実際問題としてあるわけで。上でも名前が出た博士の愛した数式もたしかに変な人間関係を描いているんだけど、あれ、"シングルマザー家庭に(訳ありではあるが)知的な男を足すことでいろいろ円満になる話"みたいに読まれてない? つまり何がいいたいかというと"両親が揃ってる家庭がいいよねやっぱり"っていう家族観のステレオタイプを逆に強化してない?

>皆さんは、大切な誰かと特殊な、または固有の関係を結ぶなら、どんな関係がいいですか?

 どんな人間関係もそれ自体は固有のものだよ。それを乱暴に言葉でカテゴライズしようとした瞬間に陳腐化するだけのことで。
 
 以上。こんなところでどうですか? トピックはだいたい満遍なく拾ったつもり。何かあれば返信どうぞ。ただ個人的には、創作よりレスのほうが面白いパーソンをみるともったいない気持ちになる。あ、ここでいう"面白い"はあんまり文字通りに受け取らないでほしいんだけど。とにかくこんなとこで遊んでないで、しばらく潜って執筆に集中したほうがいいのでは。
 この間の長編はあまりおもしろいと思えなかったのだけれど、いくつか前のスレの座座座座~のやつは勢いがあってちょっと良かったし、コメントに返信を書くような気持ちで執筆できたらもっと上手くなるのかなーとか横から見てて思った。ではまた。

上記の回答(社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)の返信の返信の返信)

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

 スイマセン。それ、多分大家族を核家族に書き間違えています。。きちんとした論文を拾ってそれに沿って書いたのですが、そもそもこのスレッド自体、徹夜明けのテンションで書いたので書き間違えています。

 この間の長編はあまりおもしろいと思えなかったのだけれど、いくつか前のスレの座座座座~のやつは勢いがあってちょっと良かったし、コメントに返信を書くような気持ちで執筆できたらもっと上手くなるのかなーとか横から見てて思った。

 エ゛ッ!?あのザザザザザザザザ、面白かったですか?結構叩かれたんですけど……。
 あと、『この前の長編』って、もしかして『白きエルフに花束を』の事ですか?
 うぅぅ……。結構頑張って作ったのになぁ。まぁ、でも、まだ改稿しているので、第三稿が出来上がったら鍛錬投稿室で発表します。よかったらにわとりさんも、ぜひご来頁くださいね。

 ここまでで、スレを閉めたいと思います。皆さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。また機会がありましたら、よろしくお願いします。それでは。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)

この書き込みに返信する >>

元記事:社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)の返信

ども、お茶です。
色々あるようですが、私個人は考えるのが好きなので、考える題材が提供される分には何も問題がないような気がしています。(議論とその人の態度は分離して考えるべきだと思うので、アサーティブに表現されているならば、その辺はノータッチに対応すべきかとも思ったり。まあ、限度はありますが)

■壱、【現代文明における成人の儀】

>>この日本に限らず、皆誰もが『自らに精神的成長をもたらすかりそめの世界』を求めていると、愚考します。

『求めうるもの』ではあると思うが、現実として、最初からそのモードで物語に接しようとする人は少ないんじゃないだろうか。特に『ライトノベル=娯楽休養のためのコンテンツ』という認識が市場に広がっている昨今では、それを主価値として提示するのは、編集者にはリスキーと考えられる気がする。(私個人は、『エンターテイメント定食+自己成長デザート付き』みたいな提供の仕方ならいけるんじゃないかと画策しているが。なろう小説が業界を跋扈している状況ではそれすらも忌避されるのではとも思ったり……)

ところで、読書行動の動機には、以下の四通りがある模様。「①娯楽休養」「②自己研磨」「③言語技能習得」「④影響触発」(参考論文:大学生の読書動機の分析/平山2004)。これは実用書なども含めた結果なので、ほんとに参考程度の情報だけれど。

>>皆さんなら、今の現代社会に成人の儀(または試練)は必要だと思いますか?

そもそも成人の儀って現代社会に必要ないと思う。もはや形骸化している印象を受ける。
日本に関して言えば、これまでの社会設計は『教育→仕事→引退』の三ステージで行われてきて、その教育→仕事のステージ移行の境目に成人の儀があった。けれど、人生百年の長寿化社会となっては、仕事ステージの割合は自然と大きく(=働く期間が長く)ならざるを得ない。長い時代の中では社会に求められるノウハウ・技術も変化する。一人生のうちに複数種類の仕事をせざるを得なくなるケースも増える。そういった変化の予測に対して、成人の儀がいままでどおりの機能を持ち続けられるかといったら疑問だと思う。

>> 「欲求を持つこと自体は健全と認めるのに、何で「お花を摘みに行っていいですか?」とわざわざ遠回しに聞いてから野糞するがごとく、人に隠れてこそこそさっさと済ませなきゃいけないの?」と。

欲望を丸出しにしてはいけないのは、社会の中でお互いに生きづらくなるからだと思う。
例えば、排便欲求があるのは正当だけれども、どこでも排便していいわけではない。電車の中で排便したら不衛生だから当然周囲の人から嫌がられる。嫌がることをしうる人は、社会から排除される。自分の権利だけでなくて、他人の権利も考えられるかどうか。それが社会生活を営む上で必要なことだと思う。

>>ヒトは、たくさんの必要不可欠で根源的な欲求をその遺伝子に刻んでいます。「気持ちいい」と感じることは罪なのでしょうか? 本来、快感と幸福は不可分一体であったはずです。

『義務』の概念が欠けていると思う。一方に権利があるとき、他方には義務がある。『快楽を追求する権利』が自然権であるならば、同じ権利が相手にもあると考えなければならない。自分には『快楽を追求する権利』があるとともに、『他人の快楽を追求する権利を守る義務』もある。だから、無条件に欲求を追求することは不当。

>> 僕は、多くの「極端に【人間】になりすぎて、病気をこじらせた人たち」に出会ってきましたが、「禁欲しすぎたから壊れた」という方々は結構いらっしゃいました。

これはゾーニングの問題だと思う。その人たちは、欲求の表現の仕方を学べはいいだけ。例えば、女性への露出願望を持っていたとして、会社のOLの前でいきなり全裸になったら犯罪だけれど、SMクラブとかで裸になるのは許容されうる。

要は、嫌な人の前で嫌なことをしなければいい。『嫌な人=大衆』ならば、限られたマニアックな世界観の中に対して自己表現をすればいい。犬食文化を持った人がいたとして、それ自体は文化として許されるけど、愛犬の話をしている愛犬家の前で食いだしたらそれはもはや嫌がらせ。表現する場所を選んでやることが知性。芸術って分野はそういった特殊性癖の受け皿でもあるのは。

小休止。

上記の回答(社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)の返信の返信)

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

 義務を必要以上に感じすぎることで欲求のはけ口を狭めているのでは、という問題提起でもあります。

 あ、そうそう。欲求の表現に対して緩い社会ときつい社会がありますよね。
 たとえば、南アフリカ当たりの村だったりすると、トイレは好きなところでどうぞ、子供は裸でも一応OK。思春期になったときに着させましょうor男女ともに上半身裸は当たり前、とかざらですし。
 公衆の面前は絶対嫌だけど、見習うべきところはあるんじゃないかなって。昔の日本だって、逢引き用の草むらはどこの村にもあったみたいですし。
 今にして思えば、ノンケ版の発展場が無いのが不思議です。なぜ、ストレートにはラブホか自宅しかないのか。気軽に立ち寄れるイチャイチャ用スペースがあれば、車でそういうことして捕まるカップルも出ないのに。

 まあ、それはさておき。

 とりあえず、これやっておけば「大人になったなぁ」と手軽に実感できる、程よい難度の試験的なものがあるといいんじゃないかって思います。サタンさんの指摘だといろいろあるそうですけど、古い概念の捉えなおしって結構役に立つと思います。

 とはいえ、長寿化ですか……。無用の長物と化しているのも事実かもしれません。
 モラトリアム期における課題の解決の一助になるのでは、と思ったのですが、どうやら甘かったようです。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 社会派小説のネタ募集!ネタ探ししているそこの君!僕とディスカッションしよう!(あざらしさんが勧めてくださったレオンが発端のスレです)

この書き込みに返信する >>

元記事:連続バトルで単調にならないためにはどうしたらいいですか?の返信

あぁ、うーん……思ったより深刻なお悩みですね。

>僕自身、空手を十年間やってきた経験上、(中略)あまりにもぶっ飛んだバトルが書けないのです。
うん、そうなんよね。
私の場合は逆に創作の参考になればと思って噛じったニワカなのだけど、剣道と柔道と合気道をやった。
私は「武道」というモノの特徴と、その精神のサワリだけでも学べれば良かったのであまり強い影響はありませんが、でも、やっぱ「常識として知ってること」を曲げて書くことは難しいので、影響を感じる部分はあります。
例えば柔道と合気道で共通する「受け身を取る」という部分では、道路などコンクリートの上で受け身も知らん一般人に技をかける、というのは普通に考えて有り得ないと思うんで、そういう場面は書きにくいですね。

ま、武道と関係なく身近なことで例えると、リアルに姉や妹がいる人は「姉萌え」とか「妹萌え」とか絶対理解できない、というのと似てる。
「姉・妹」というのはそういうキャラクターの記号ではなくて、肉親の記号として理解してしまうので、これで萌えることが出来ないんですよね。
私の場合は姉がいるので、姉萌え系のサブカルは全て受け付けない。
なので、私は姉萌えなジャンルを書くときは心を殺さないと書けないです。
ほんで、それと同じ話になるなと思ったので、わりと深刻な悩みかな、と。

でも、これは端的に解決法を言えば案外単純な話で、コツをつかめばいけるんじゃないかなとは思います。
というのも、例えば「喧嘩商売」というまあリアル系の格闘漫画があるのですが、わかりますかね。
でなくともヤング誌の格闘漫画というのは割とファンタジーに寄ることが少ないかと思います。
この「喧嘩商売」にて有名な技は「煉獄」と「金剛」ですが、ぶっちゃけむちゃくちゃカッコいいです。
この作者、本当に内容皆無のギャグマンガ書いてたあの人か、って思うくらい凄いカッコいい。
喧嘩商売でもギャグ回があったけど、それが余計なものに思えるくらい、本筋の格闘シーンがかっこよかった。

で。お悩みの本題に戻るけども。
「喧嘩商売」は別に気功波を撃つようなファンタジーではないし、能力も出てこないし、比較的リアル系に寄った格闘マンガ。
嘘は書けない、現実に寄るので地味、だとすると「喧嘩商売」の面白さを説明できない。
まあ、喧嘩商売が実際にリアルであるという話ではなく、現実に可能かという話でもないのだけど。
ともかく、じゃあなんで「喧嘩商売」は面白いのって言うと、これ、単に「派手に見せてる」だけなんですよね。
例えば主人公が「金剛」を覚える場面では、敵3人に囲まれて「金剛を使って凌がなきゃ殺されるぞ」という状況下でなんとかものにした。
例えば「煉獄」を覚える場面では、「煉獄には秘密があって~」とその秘密を解き明かし、公式戦で秘匿の技である煉獄を使ってみせる、という演出があった。
これ、「その演出がなんなのか」って言うと、すなわち「金剛」や「煉獄」は「こんなに凄い技なんですよ」というアピールの演出なわけです。
一方、ファンタジーの能力は、その能力だけで派手さがある程度わかるので楽ですが、リアル系ではまず「こんなに凄い技なんですよ」ということを演出しなきゃならない。
別に「煉獄」のようなそういう特殊な技がなければならないってわけではないけど、すなわち「そういう演出」が出来ると、あとは「能力者の派手な戦闘」と同じ話になるわけですよ。

それと、大事なことだけど、そもそも「戦闘」というのはドラマを彩る道具なわけで、戦闘シーンは戦闘自体が目的ではないです。
なので、戦闘が続いて単調と感じる場合、それはそもそもドラマのほうが単調になってる可能性大です。
例えば、恋愛小説は恋愛がテーマなので恋愛ばっかしてても問題ないです。そういう話なんで。
戦闘モノは、戦闘を通してのドラマなので戦闘が続くこと自体は問題ないはずなんです。
喧嘩商売を例に上げましたが、戦闘と戦闘の合間にあるギャグ回がすんごい邪魔だった。ギャグマンガなのか格闘漫画なのかはっきりして欲しいと思いながら読んでました。

まとめると、
能力系のファンタジーは「派手さ・凄さ」が単純にワードだけでわかりやすいけど、リアル系に寄ると、まず「その凄さとは何か」をアピールしてそういう演出をしなけりゃならず一手間かかる。
けど、演出さえしっかりしてれば基本的には能力ファンタジーと大差ない。
そして、そもそも戦闘シーンに内容があるかどうか。そのドラマはしっかり作っているのか、そのドラマのほうが単調になってるんじゃないのか。
という感じです。

んでも、まあ、口で言うのは簡単なもんで、作者の頭の中に「空手とはこういうもの」という「一般常識」が出来上がってるので、これに逆らうことは非常に難しく、実際けっこう深刻だなと思います。
余計なこと言うと、「障害」についてもおそらくそのケがあると思う。
いっぺん離れて、フラットに考えればいいんだけど、それもそれで、簡単にそれができりゃ苦労はねえわなって話ですよね。

上記の回答(連続バトルで単調にならないためにはどうしたらいいですか?の返信の返信)

スレ主 一番合戦 仁 : 1 投稿日時:

 Wow!すごいです。心当たりありまくります。
 バトルという副菜にドラマという主菜があるから、ページをめくる手が進むのですね。確かに、ドラマとバトルを別々に考えていたかもしれません。
 小説として書くなら、リアルを題材にしても、最後までにはきちんとリアリティーへ変換しなくてはならないというのは、戦闘描写のみならず、障害描写に関しても言える、と……。奥が深いです。

 大変参考になりましたw また何かございましたらご相談させてください。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 連続バトルで単調にならないためにはどうしたらいいですか?

この書き込みに返信する >>

元記事:連続バトルで単調にならないためにはどうしたらいいですか?の返信

バトルの形を変えるのはどうでしょうか。昨日投稿した商人たちを除いて
4つは素直に拳で(勝ち2、3:負け2、少なくとも1ぐらい)
文系テーマなのと一応レイヤくんって頭いい設定なので2つは頭脳戦で。(ひとつはアホ、ひとつは切れ者)末路はそれぞれ違った道を考えるってのはどうでしょうか
1つはボスとの最終決戦。拳と頭、両方使うタイプ。
個人の体験といえば、紫帯の時の話とか使えませんかね? あれ生きた材料としてはすごくいいと思いましたが、どうでしょうか

上記の回答(僕が四年間以上の間、猛特訓してきた必殺技があります。(本物))

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

 紫帯のころ、ずっと練習してきた必殺技があります。といっても、片腕をつかまれた時しか役に立たないのですが……。

 砕破(サイファ)という型の序盤に出てくる技です。これが一丁前にできたら初心者脱出と言われます。
 その中でも、最初の難関と言えるのが、今言った必殺技です。

 ① 片方の手を片手で掴まれた時、腰を落として相手との距離を詰めます。「みんなの体操」の前屈伸ばしみたいな恰好で懐にもぐりこむのです。
 こうすると、片手がふさがっている相手は、とっさに反応できなくなります。レンジが詰まっているので、拳で背中などを打ち付ける技を知らないと、簡単に引っ掛かります。やられても、耐えきればこちらのものです。

 ② その後、伸ばし切った後ろ足を寄せて、その勢いで体幹を軸にして、上半身と下半身をそれぞれ瞬時に、逆方向へ回転させます。これにより、上半身と下半身の回転力が反発し合い、体が強制的に元の正しい姿勢に戻ろうとする力が生まれます。

 ポイントⅠ 
 人間の体は、不自然な姿勢を強いられると、元の楽な姿勢に戻ろうとする性質があります。それを利用して腰を回転させることで、激しい横回転を生み出すのです。これと同時に、落とした腰を一気に持ち上げることで、縦方向への推進力も生まれます。

 貴女の半分ほどの背丈がある、打つと音が鳴る部分が上下に二個あるデンデン太鼓が、地面に植わっている様子をイメージして下さい。
 上だけについている紐の部分に捕まって、踏ん張ってみましょう。さぁ、うなりをあげて、いきなりものすごい勢いでデンデン太鼓が回り始めました。しかも同時にデンデン太鼓の背丈が、一気に貴女の背丈と同じぐらいに、ぐんっと伸びました。

 さて、質問です。こんなに縦方向と横方向の同時に、ものすごい勢いで暴れるデンデン太鼓と手をつないで、貴女は無事でいられるでしょうか?

 無理ですよね。サイファの序盤でやっている相手の手を振り払う技というのは、この暴れデンデン太鼓と同じことをやっているのです。

 さあ、暴れデンデン太鼓と手を繋いだあなたには、まだまだ地獄が待っています。

 ③ 続きを申し上げると、縦方向に立ち上がる力と、腰の回転力を同時に働かせても、たいていの人は捕まったままの事が多いです。せいぜいが掴んだ手を緩めるくらいです。

 そこで、掴んできた手に、曲げた手首を叩きつけます。曲げた手首というのは恐ろしく硬いうえに、痛覚があまりないので、人間が生来持つ武器の中では非常に強力です。これは、「掌底」と呼ばれます。掌の底だからそういうのですね。 これを打ち付けられた相手は、痛くてたまらず手を放してしまいます。

 しかも掌底を打つ瞬間に、再度腰を落とすので、急激な上下運動と、激しい回転作用に耐え切れず、振り払われてしまいます。そこにとどめの掌底ですからたまったものではありません。コツは、続く動作のために手首近くの骨を狙うことです。ただし、あまり掌底に近いと痛覚が薄いので、ダメージは狙えません。
 腕の内側の骨は非常にもろいので、そこを狙って掌底を放つのも一考の余地ありです。

 人間の筋肉は、力を入れている箇所の防御が特に硬くなり、弛緩している箇所の防御が緩くなる性質があるので、散々振りほどかれてユルユルになった手は、急所以外の何物でもないのです。

 痛くて手を放してしまった敵方の手を、今度はこちらがつかみ返します。前述で打ち付けた腕の急所をわざと狙って掴み返します。人間の体は、一度痛みを感じたところに再度ダメージを与えられることに耐えられないのです。
 掌底を打ち付けた部分を、思いっきり握り潰してやるだけですでに悶絶モノです。
 そこを引き寄せて、鼻っ柱に裏拳を叩きこみます。手厳しくいくならそのまま体勢を崩してとどめを刺すのも有効です。
 文字通り出ばなをくじかれた相手は、戦意を喪失するという寸法。とんとん拍子にうまくいけば、これも一つの勝ち方であります。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 連続バトルで単調にならないためにはどうしたらいいですか?

この書き込みに返信する >>

元記事:「治し方を知っているものは壊し方も知っている」の元ネタとは?の返信

なんかあったような気もするけど、たぶん、コレってのは無いんじゃないかな……?
というのも、確かにそのネタは既視感バリバリです。私の記憶では、人体の構造に詳しい医者が猟奇殺人犯とか、喧嘩なんて強そうに見えないインテリが医学知識で暴漢を撃退するとか、そういうのが思い浮かぶ。
戦闘がある漫画で医者が出てくると、だいたいそういう場面はあるんじゃないかなと思う。
そういやハガレンのマルコーも医者か。精神的な意味でいうと「羊たちの沈黙」のレクター博士もそっち系かね。

まあ、要するに元ネタ云々ではなくて、よく使われるネタ、というだけではないでしょうか。
敵を知り己を知れば~って有名なのもだいぶ違うし、何か関係ありそうなのを思いつきはするけど、違うなーってのばっかですね。

でも、そもそも古代や中世の「医者」というもの自体が胡散臭い一面もあったわけで、「治療」と「破壊」は表裏一体という認識があったろうと思うので「治し方を知ってるということは壊し方も知っている」ってマルコーさんの名言は、割と当たり前の事を言ってるだけだったりすると思う。
現代でこそ医者というのは信頼があるし「治療」と「破壊」は相反するものという先入観があるから、コロンブスの卵的にハッとする名言に思えるけども。
つまりは、この発想自体、近年に生まれたもので、元ネタなんて無いんじゃないかな。

医者が実は猟奇殺人犯というのもジャック・ザ・リッパーの犯人説でよく言われてたものだし、その手のネタは昔からあったと思う。
泥棒が防犯に協力したり、ハッカーが警察に協力したりって場面でも同じ事が言えるので、もし元ネタがあるならそういうシーンで使われてるはずだと思う。
でも様々あるなかで、少なくとも私の記憶の中で元ネタらしい言葉が出てきた試しはないかと思う。
流石に使い古されたネタの中で一度も元ネタが出てこないというのも有り得ないと思うので、そもそもよく使われてるだけで元ネタなどないのではないか、と思う。
仏教関係か、あるいは中国の故事にありそうかな……? とは思うけども、だったら絶対にどっかの作品で引用されてるはずだし……。って感じ。
まあ泥棒が防犯に協力するなんてのは諺になってそうですけどね。

ありそうではあるし、近いのはあると思う。誰か詳しい人がしっかり解説してくれるかもしれん。
正直私は自信はないので、元ネタなしに一票という意味での返信です。

上記の回答(「治し方を知っているものは壊し方も知っている」の元ネタとは?の返信の返信)

スレ主 一番合戦 仁 : 1 投稿日時:

 回答ありがとうございます。
 いやはや、一体だれが言い出したのでしょうね。全く謎に包まれています。
 とはいえ、昔からそういういわれが生まれる土壌はあったのですね。もう少し他の人にも聞いてみます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 「治し方を知っているものは壊し方も知っている」の元ネタとは?

この書き込みに返信する >>

現在までに合計230件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全46ページ中の36ページ目。

ランダムにスレッドを表示

地の文が書けない

投稿者 蛇鷲 回答数 : 11

投稿日時:

 寒くなってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。  さて今回相談したいことは表題の通りです。正直に申しまして、[なぜかけ... 続きを読む >>

読解力や見抜く力はキャラを描く力に繋がるのか

投稿者 鯵開き 回答数 : 2

投稿日時:

創作物をどれだけ見たり読んだり遊んだりしてもセリフを噛み砕けないことに悩んでます。つまりは額面通り、表面的にしか受け取れないためネッ... 続きを読む >>

主役が小物

投稿者 まとら魔術 回答数 : 9

投稿日時:

 小説を描いているのですが、主役が小物っぽいと言われました。  小物っぽくしない方法はどうすればいいですか? 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:学生でやることは?

今私は学生です。はい。今のうちにやっておくべきこと、大人になって小説を書くにあたり困ったことはありませんか?

上記の回答(学生でやることは?の返信)

投稿者 サタン : 0

あります。ありますとも。
ハッキリと言ってしまえば、創作なんぞにかまけず青春を謳歌しましょう。
友達と良く遊び、部活を満喫し、学業に専念しましょう。
バイトでこき使われることを経験し、可能ならボランティアや地域サークルなどに参加し年の離れた人と仲良くなりましょう。
その経験が、大人になって小説のネタになるし、ネタにしようと意識しなくてもワンシーンを書くときに助けになります。
学生の間に創作関係でやるべきことは、読書を続けるくらいで十分です。

若い頃に得た経験というのは大事だし、マラソンの趣味など体力を付けておくだけでも有効です。
20後半や30超えると、6時間もPC前に座ってられません。1日くらいならまだしも、毎日やるなら体力をつけておかないと無理。
学生の頃からスポーツ関係の部なり趣味なり持って、習慣として身体を動かすことを意識してったほうがいい。

そもそも、創作というのは「自己表現」であり、そのための手段でしかありません。
文学ではなくエンタメを書きたいんだと言ってもこれは同じ。
ところが「創作だけやってきた人」というのは、確かに作るのは上手いけど、経験が足らないから「表現したいものが少ない」という事が多い。
要するに、文章は上手いけどネタは微妙、となる。
小説はインドアなものだけど、発想、アイディアの起点はその多くがアウトドアなもので、外にあります。
だから、外で多くの経験をしてきた人のほうが下手でも面白い作品を書くし、多くの人の共感を得やすい。
上手い、下手、こういうのは技術的なものなので、大人になってからの数年で身につくものですが、「若い頃の経験」は若い頃にしかできない。
20代になって高校に入り直す根性があれば別ですけどね。それだって若返るわけじゃないから難しいけども。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 学生でやることは?

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:テーブルゲームなどのリアリティについて

今、新人賞への応募のための長編の原稿を書いています。
序盤の一区切りまで来たんですが、疑問に思うことがあったので、スレを立てさせていただきました。

テーマは、「1500万人のユーザーがいるアプリゲーム内で、最高の運を持つ少女(ヒロイン)と、最低の運を持つ少年(主人公)の勝負」です。
形としては、主人公が奇手奇策を使いながら、何とか渡り合い、終わってみれば、「ヒロインが勝ってはいるけど、判断を間違っていたら、結果は分からなかった」という状況を重ね、「最終的にひっくり返す」……って感じです。
伝えたいオチを決めた上で、大富豪、音ゲー、縦シューティング、格ゲーなどを舞台に、一つのゲームでの勝負を2万文字程度に収め、一つのエピソードとしています。
それを五つと、細かなイベントを合わせて、12~13万文字くらいのボリュームとなる予定です。

で、お聞きしたかったのが、物語の中でテーブルゲームなどを行う場合の、リアリティについてです。
前哨戦として、主人公とヒロイン、もう一人の友人の三人が、アプリ内のゲーム『大富豪』をするシーンがあります。
デジタル上での勝負なので、初期の手札に格差があり、「それをどう覆すの?」が焦点となっています。
展開を、「52枚のカードを三人で割り振ったら、手札でペアはこのくらい来て、革命も起こしやすそう」と結構、ざっくりなイメージで考え、とりあえず書き上げてみました。

その後、何か不安になって、実際のトランプで一人大富豪をしてみたんですが、まあ、全くもって、そんなイメージ通り行くわけもなく、再現とか無理でした。(笑
ただ、作品の目的は、

「理屈はよく分からないけど、何か主人公は凄いらしい」

っていうイメージを持ってもらうことであって、

「現実でのリアリティ」

ではないので、実現可能かとかは突き詰めなくてもオッケーかな、と思っていました。(再現不可能なギャンブル作品とか、スポーツ作品とか、料理作品、推理作品とかも、多々ありますし
ですが、最近の掲示板や管理人様のブログ「小説の書き方講座。世界観作りのコツ。設定を考えるよりも重要なこと」などの中で、

>騎士隊長が、いきなり平民の主人公を騎士に取り立て、舞踏会にまで参加できるようになってしまう、というケースがあります。
>身分制度について、ちゃんと調べていないから起こってしまうことです。
>称号としての騎士と、階級としての騎士を混同してしまっています。

というのを読み、「あれ? もしかして、作品内でのリアリティを軽視してる?」と疑問を持ちました。
正直に言えば疑問というより、不安ですね。
そろそろ、じっくり長編を書くような時間と体力を取れない状況になってきているので、本腰を入れて書き始める前に、「リアリティの扱いを間違えていないか? 読者を冷めさせる、応募する以前の問題を抱えていないか?」と思い、質問させていただきました。

少し考えすぎている気もするんですが、何かご助言、ツッコミなどいただけたら、幸いです。

上記の回答(テーブルゲームなどのリアリティについての返信)

投稿者 あまくさ : 0

物語のリアリティは現実性ではなく説得力だという意見があり、私もそれは同感です。
ただ。
ストーリーのテクニックで説得力をだすのって、現実的に書くよりよっぽど難しいと思うんですね。

例えばポーカーのマンガで主人公が大一番でロイヤルストレートフラッシュを作るのは、個人的には嫌いです(笑)。現実的じゃないなんて野暮は言いませんが、「それって、引きが強いだけじゃん」とか思っちゃうんですね。
引きだけに頼っている主人公が強いようには見えないということで、もうオカルトでもイカサマでもいいから、そこでロイヤルストレートフラッシュが作れた必然性はほしいのです。現実的ではなくストーリー上の必然性ね。

まあ、引きが強いだけというのはヴァンガードとかも割とそんな感じでしたけどね。ここぞという勝負所でクリティカルなんとかを3枚続けて引いたり。でもあれは、そういう運頼みだけみたいな展開を演出でうまくカバーしていたとは思います。

ストーリーで説得するのは難しいと書きましたが、アニメやラノベのテンプレは何がうけたかというフィードバックをつみ重ねて鍛えられてきているから、参考になるとも思っています。麻雀マンガの『咲』は作者がかなり麻雀を知っている人だと思いますが、合理性と誇張とエンタメ性のバランスがよくとれているかなと。

それから『ヒカルの碁』。あれは確か囲碁のプロが監修していて、作者もよく勉強していた模様です。なのでバックボーンとして現実の囲碁観もしっかりしている感じがしますが、それを読者が楽しむ邪魔になるほど出してこないし、対局のシーンで囲碁をまったく知らなくても何をやっているか分かるように工夫されていたんですね。ストーリーと演出の両方でそれをやっていて、感心したのを思い出しました。

いずれにしてもギャンブルを扱うなら、運の要素をどう考えるかは決めておいた方がいいような気がします。
ポーカーで主人公をチートにするならロイヤルストレートフラッシュが一番簡単ではありますが、簡単すぎてつまらないのが問題なわけで。そこを演出と勢いでカバーしているタイプが、たぶんヴァンガード。
それもありだと思いますが、他の方とのやりとりを拝見すると、運の要素は排除する方向なのかな?

ギャンブルから運の要素を排除するなら、普通にバトルものの定跡を意識するといいんじゃないかなと。
先にオカルトでもいいと書きましたが、念じればいいカードが引ける能力があると設定してしまえば非科学的ではあっても運頼みではないということです。

まあオカルトは極論ですが、能力的な条件と、それに基づいて何をすれば勝ちにつながるかをきっちり決めるのが基本かなと。
つまり主人公の「勝ち筋」を明確にするということ。
そして勝ち筋は外されることもあるわけです。一方、相手キャラも強敵なら何か勝ち筋を持っていることが多く、それを外すのも主人公側の戦略になります。

勝ち筋という考え方は現実の戦いでも有効だと思いますが、フィクションの場合は勝負の展開を分かりやすくするのが目的です。勝ち筋が明確になっていれば、それが外されたらピンチだって分かるからです。
互いの勝ち筋が揺れ動き、勝利目前と思いきや主人公の勝ち筋が外されて、逆に最大のピンチに。しかし、そこで何かの伏線に結び付き(必須)、再逆転の大勝利という感じに運べれば理想形かなと思ったりします。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: テーブルゲームなどのリアリティについて

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:実績が無いうちはあまりストーリーのスケールを広げないほうが良いのでしょうか?

まず始めに、私が現在執筆している(もうすぐ完成間近の)小説のジャンルがダークSFアクションファンタジーと勝手に分類しておりますが、内容が全体的に暗くて大人向けで決してライトノベルと呼ぶに相応しい作品ではないため、この場をお借りして質問をするべきかどうか散々悩みました。しかし、他に思い当たるサイトが見つからなかったため、場違いを承知で質問させていただくことをお許しください。

長文失礼します。
小説を書いて6年目になりますが、書き上げた作品は1作しかなく(しかもボツ)、現在2作目を執筆している状態です。その上で、ろくに実績が無いうちにストーリーのスケールを無駄に広げるのはアウトなのでしょうか?

真に僭越ながら私の執筆中の作品を紹介させていただきますと、ダークナイトとエヴァンゲリオンとAKIRAとミッションインポッシブルとジャンプ要素を混ぜ合わせて作った感じの物語です。

ストーリーとしては、
超能力に目覚めた青年たちが様々な葛藤を抱えながらお互いの存亡をかけて闘う。その裏で進められる恐るべき計画。状況を引っ掻き回して暗躍する真の敵の存在。人類繁栄の秘密と地球外生命体との関係そして超能力の謎。話が進むに連れてこれらの謎が次第に明かされて最終決戦に集約されるという中二病全開の内容になります。

ダークナイト要素→全体的にダークで狂気に満ちている。児童虐待、モンスターペアレント、いじめ、スクールカースト
エヴァンゲリオン要素→自分の殻に閉じこもりがちで小心者の主人公
AKIRA要素→超能力者同士の闘い。幼馴染の闇落ちと暴走。カオスな展開の連続。ディストピアへの加速
ミッションインポッシブル要素→核爆弾。秘密の組織の存在。チームを組んでミッションに挑む
ジャンプ要素→いくつものバトルがそれぞれ違う場所で同時に展開する。修行を経て葛藤や悩みを解決し、挫折と苦しみを乗り越えて敵に打ち克つ。最大のカタルシス

このように、殆どの要素が映画から抽出して作り上げたような具合ですね。その他にも「ジョーカー」とか「キャリー」も参考にしましたし、小説だと「暗黒女子」や「日本核武装」の要素も取り入れています。

ただ、これらの要素を掛け合わせて作っただけではありきたりでオリジナリティに欠けるだろうと気付き、
「人類が生まれて間もない頃に超能力が使える地球外生命体がやってきた」「核爆弾を巡る争奪戦」というありそうで無かった二つの設定を加えることにしました。

勿論意図せずただ取り入れたわけではありません。前者については、「人類がどうやって超能力を手にするようになったのか」という疑問を解決するために思いつきました。後者については、物語に緊迫感を出したかったのと、「夏祭りの最後を締めくくる豪快な4尺玉花火」のようなイメージを抱いていたので、終盤の盛り上がりに持って来いだろうと考えたからです。

更に、ご都合主義の展開にならないように設定とかキャラクターといった細かい部分までみっちり練ってから執筆に当たりました。また、SFと称しているからには専門的な用語を使わないといけないシーンがあるため、「サピエンス全史」や「科学雑誌ニュートン」といった参考資料や関連サイトを調べて書いたり、キャラクターの心情とかを描いているうちに45万を超える文字数になってしまったって感じです。字数制限のためこちらのサイトに投稿できないのがとても残念ですが。

料理に例えるなら、「カレーをレシピ通りに作るなんてつまらん!」と息巻いて、独断と偏見で合いそうな食材をどんどん投入していったらよく分からないカレーが出来上がっちゃったみたいな印象を受けますよね。いかんせん味がよくわかんないし、量が多すぎて消化しきれないし。

やっぱり、まだ指で数えるほどの作品しか書けていない私みたいなこんな壮大なスケールの物語を作るなんて無謀なのでしょうか?

辛辣なご意見をお待ちしております。
また、欠点や改善点、おすすめの参考資料などがあればコメントしていただけるとありがたいです。

長文失礼しました。

上記の回答(実績が無いうちはあまりストーリーのスケールを広げないほうが良いのでしょうか?の返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

自分ができるところから始めるのは、別に悪いことではないと思いますよ。私はそんな感じから始めました。
ネット応募の公募なら応募規約で文字数問わないものもあるので、そういったところを狙う方法もあると思いますよ。

あと、設定を削ったり追加したりする技能が身についているのなら、今よりも短めの話を書けると思いますよ。

作品の数がご心配なら、現在のように何十万字まで書かないと完結しない構成ではなく、一冊読み切りの作品を書きあげるようにして人気が出たら続編も書けるように計画して構成を考えれば、今ある懸念事項は解決するのでは?って思いました。
なろうのランキングを見ていると、短編で完結しているけど、好評だったので連載化しました!って作品をたまに見かけますし。

何か参考になれば幸いです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 実績が無いうちはあまりストーリーのスケールを広げないほうが良いのでしょうか?

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ