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元記事:皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信の返信の返信の返信

感想くれる人はもっと少ないです。
読むだけで満足とか、もういいやとか、わざわざ伝えてくれるタイプは普通に書き手サイドにいくからね。
そりゃあ道場とかに投げ込みたくなる人も出ますねー

上記の回答(皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

スレ主 半額オソーザイ : 0 投稿日時:

わざわざ口に出す労力はしないですよね。実際、私も読んだ漫画の感想なんかを、SNSに載せたりすることも稀なので……それと同じことと考えると、よく分かります。

ここの道場も使いたいなーと思う反面、自分は基礎的な創作スキルをまだ持っていない未熟者ゆえに、感想を投げる側には回れない……と二の足踏んでいます()

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?

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元記事:皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信

私はあんま酷評は受けたこと無いですね。
というのも、そんな凄い作品ばっか書いていたってわけじゃなく、酷評は正直言葉で反論した程度じゃむかっ腹が収まらないので、あんま公開してなかったし公開しても批評を望んでなかったし感想があっても酷評も好評もぶっちゃけ読んでなかった。
応援が力になる・やる気になるって意味がわかんない。私の趣味になんで他人が干渉できるんだろう。

まあ、そんなんだから、私がする批評は割と酷評側に偏りがあると思う。
私なんかの酷評で筆が鈍るってのがまずわからんので。
でも腹は立つだろうことはわかるから、相手が怒れば謝るし相手が望むなら納得するまで指摘した意図を理屈で説明する。
なので、私がする酷評はあくまで理屈の上で説明できること、「こうしたいならココは間違いじゃないですか」というものが多いと思う。

一方で、酷評の中でも私はしない、しないよう心がけているのは、感情による批評。
するときは「私は好きじゃないけど、物語的には間違っていない」といった形であくまで好みですよ、と書く。
次いで、持論による批評。
これはしちゃうことが多々あるけど、出来る限り「持論だ」「私がそう考えてるだけ」と判断は相手に委ねてるつもり。

で。
私個人は批評感想はほとんどスルーしてたし、創作が読者の意見に左右されることはまず無かったけども、
ちょっと偉そうというか玄人ぶってる嫌な感じな回答になりますが、
その上で、「私の批評の場合はどこまで聞いて欲しいか」ってスタンスで質問に回答してみると、

前述した中で「理屈の上で説明できること」の範囲内だけですね。聞いて欲しいのは。
ようはこれって三幕構成ないし各々が理解してる物語の構造のメソッドを持っていれば私が言うまでもないような事で、あるいは作者が凡ミスして気づかなかったかもしれないような指摘であるので、「個人の創作論」ではなくその基礎になってる基本的な部分の習得が出来てりゃ理解できる指摘のハズなので。

その基礎の上に乗っかってる「私個人の創作論」の部分は、その意見を聞いてその通りに書くんであれば、それは「私の創作論」で書くわけで、ならいっそ私が書いたほうが良いわけで、相手様の作品ではなくなっちゃう。
「私個人の創作論」の部分は「私ならこうする」という一例でしかなく、具体例として出してるに過ぎない。
なので、逆にこういう部分で反論されても困るので、万一相手の逆鱗に触れたようなら素直に謝って適当に流しちゃう。
相手は相手の創作論で書くように、私は私の創作論で書くので、おまえの反論なんぞ知らんがな、という話なわけですから。
まあ、そのディベートに乗っかって相手の理屈を理解した上で、なるほどそういう考えもアリですね、ってことにもなるけども。
とはいえ酷評から入ってるわけだし、この段階になるとだいたい誰も感情的になってるから、相手の理屈を理解しようというスタンスではないのが残念だけども。

とまあこんな感じで、そもそも私の意見って「面白いかどうか」ではなくて「物語として成立しているかどうか」が第一で、次いで「物語の成立に無駄はないかどうか」あたりの意見なので。
つーか、そこなんだよなー。私が他人の意見をほぼスルーしてる理由って。
「面白い」は個人によって違うのに、なんで読者は自分の「面白い」を作者に押し付けてくるんだろう?
普通に読めばいいのに、頼んでもないのに感想書く人って結構こういう感情で面白さを書いてくるんだよね。知らんがな。テメーで書けや。
「面白い」にも理屈はあるので、それが成立してれば面白いから、面白く感じられなかったのは私の表現力不足かあるいは読者個人の趣味に合わないというだけの話。

なので、ぶっちゃけ「面白いと感じるところがない」は、知らねーよ、お前が面白さを読み取れなかっただけだろ、と思う。
作品の「面白さ」はコレだと思うけど、それを表現するためにはもう少しインパクトのある展開が欲しいよね、設定にある◯◯をもっと利用すべきじゃないかな、という意見ならわかるし、プロット段階の意見なら私も「面白いものを用意出来てない」とちょいちょい似たような事言うけど、執筆済みの作品を読んで面白い所を読み取れないとか有り得ないと思う。
「面白いところ」をどんどん押し出していって作品はより面白くなるんだからさ、その「面白いところ」がわからんって人が何を言うんだろう。

うーん。なんか無意識に何かを思い出して怨念がこもってきたんで、中途半端だけどここらで止めときます。
まあ、理屈で説明できない部分というか、基礎的な部分以外は私はスルーしちゃうかな。酷評でも好評でも。

上記の回答(皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信)

スレ主 半額オソーザイ : 1 投稿日時:

 サタンさん、回答ありがとうございます!

 自分の価値観だけで進んでしまうと、良いものは作れないなーと感じているのが自分なので、そうではない考え方はとても刺激になりました。たしかに「面白い」は人によって違いますね。論理的に面白くないことを書いてくださっているものに関しては参考になるかもしれませんが、そうではないなら身になるものはないなぁと。
 自分は「頼んでもいないのに感想がくる」ということを経験したことがないので、そう言えるだけなのかもしれません……。そういうのが沢山くると、精神衛生上、スルーするのが一番なのだとは自分も読んでいて感じました。

 ただ公募に出し続ける身としては、売れるものを出していかないといけないと思うので、そのうえで「個人の面白い」「個人のつまらない」はケーススタディーとして知っておきたいところはあるんですよね。いくら他の人の作品や批評を勉強しても、勝負するのは自分の作品でなので……。
 個人によって違う「面白い」を、いかに多くの個人に感じさせるかが、商業作家の目指すべきところだと個人的には思っているので……無論、読者に媚びすぎるのも良くないですが、到達地点は利益を生み出すことですし。まぁ偉そうに語ってますが、まだ三次選考も突破できていないヒヨっ子なので、今はそこまで考えるべきでもないのかもしれませんね。

 それでも、少しでも公募で戦っていけるような作品を安定して書けるようになりたいので、自分の価値観だけじゃなく、多くの意見から自分の血肉にできるものは何でも喰らっていきたいのが本音なので……

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?

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元記事:皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信

 サタンさん、回答ありがとうございます!

 自分の価値観だけで進んでしまうと、良いものは作れないなーと感じているのが自分なので、そうではない考え方はとても刺激になりました。たしかに「面白い」は人によって違いますね。論理的に面白くないことを書いてくださっているものに関しては参考になるかもしれませんが、そうではないなら身になるものはないなぁと。
 自分は「頼んでもいないのに感想がくる」ということを経験したことがないので、そう言えるだけなのかもしれません……。そういうのが沢山くると、精神衛生上、スルーするのが一番なのだとは自分も読んでいて感じました。

 ただ公募に出し続ける身としては、売れるものを出していかないといけないと思うので、そのうえで「個人の面白い」「個人のつまらない」はケーススタディーとして知っておきたいところはあるんですよね。いくら他の人の作品や批評を勉強しても、勝負するのは自分の作品でなので……。
 個人によって違う「面白い」を、いかに多くの個人に感じさせるかが、商業作家の目指すべきところだと個人的には思っているので……無論、読者に媚びすぎるのも良くないですが、到達地点は利益を生み出すことですし。まぁ偉そうに語ってますが、まだ三次選考も突破できていないヒヨっ子なので、今はそこまで考えるべきでもないのかもしれませんね。

 それでも、少しでも公募で戦っていけるような作品を安定して書けるようになりたいので、自分の価値観だけじゃなく、多くの意見から自分の血肉にできるものは何でも喰らっていきたいのが本音なので……

上記の回答(皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>まだ三次選考も突破できていない
私が投稿してた頃とはもうシステムが違うと思うけど、私の頃は、一時突破は 小説として成立してる って証明。二次突破は 面白みはある という証明。三次突破は 突出した面白みがある・個性がある という証明。最終突破は、もう運でしかない。
こんな感じだった。何次って段階が今は増えてるって聞いたから正確にはわからんけど、二次突破したなら少なくとも面白いと感じる人はいるって証明だと思うよ。
その要素を強くして(それが難しく燻るが)もっと押し出していけるようになったら、三次は運もあるけどすぐじゃないかな。

それと、
>自分の価値観だけで進んでしまうと
私も割とそう思ってるよ。我が道を行く感じに伝わってしまったかと思ったので、そこは訂正させてください。
私が気をつけているのは、創作のために創作をしないこと、なんです。
だから自分の価値観だけで進まないようにしてるけど、その価値観は創作以外の場所で見つけてます。
「創作の世界で」という時点で視野が狭まってると感じていたし、創作は手段でしかなく、表現したいものは創作には無いので。
創作で自分の価値観を壊したければ手順を変えればいいだけだしさ。

>ただ公募に出し続ける身としては、売れるものを出していかないといけないと思うので、
このあたりは前回「新人賞だけが道じゃないよ」と回答した事の繰り返しになってしまうし、まあ持論でしかない話なんだけどさ。
ケーススタディ、ようは統計的に好まれやすいものを調べる、というニュアンスですよね。
繰り返し、持論ですけども、それほぼ意味ないッスよ。
何故かっつーと、そのデータが取れた頃には流行が代わって別のものになってることが多いからです。
だから流行にとらわれないでターゲット層に好まれやすい要素を考える必要があって、その要素は今の流行ではどのように扱われているかを調べないと、って考えなんだけども、
スレ主さんは前のスレッドで「そういうの読み取れない(中高生に好まれやすい要素がわからない)」ってことだったので、まあ、前々スレだったかで書いたけど、スレ主さんこそ「我が道を行く」のほうが良いと思うよ。
別に読者に媚びるのが良くないとかって話じゃなくて、わざわざ苦手な武器で勝負しに行ってる感じがする。

>自分の価値観だけで進んでしまうと、良いものは作れないなーと感じている
私もそうだよと書いたけど、スレ主さんの場合は「自分の価値観を磨いてない」というだけじゃないのかな。

>少しでも公募で戦っていけるような作品を安定して書けるようになりたいので
二次突破と三次突破の差は「突出した個性」と書いたけども、もちろんこれは私がそう感じていただけのもので絶対ではないし、書いたように今は違うのかもしれないけど、
二次突破と三次突破の差は「個性」なので、そこで必要なのが「磨きに磨いた自分の価値観」だと思いますよ。個性ってそういうものじゃないですかね。

とはいえ
>多くの意見から自分の血肉にできるものは何でも喰らっていきたい
飢えてるのは良いことだとは思いますw

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?

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元記事:皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?

 お久しぶりです。結局、新人賞は三次選考で落ちて、ゼロから始める執筆生活に戻って新作のプロットと業界勉強に勤しんでいる半額です。

 選考で落ちた作品を小説投稿サイトに載せて、次回作に向けて意見を募ろうと考えたのですが、殆どアクセスされずに終わったので、SNS上で「読みますよー」と仰っている方に読んでもらったんですよね。

 すると、「面白いと感じるところがない。序盤のインパクトに欠けるし、ストーリー展開が遅く、世界観設定を語りすぎ」と酷評を受けて、まぁ落ち込むことはなく前向きには考えれたのですが、その方の創作理論が「ん? でもそれって違うくない?」と納得できないところも多くあったんですよね。

 一読者の意見とはいえ、それに振り回されすぎて自分の軸を曲げるのは良くないとは分かるのですが、自分が納得できないことにこそ何か改善の余地があるのではないかとも思ってしまうのです。

 そこでなのですが、皆さんは「酷評なり、批評なりを受けた際、どこまでそれを受け止めて自作の執筆に取り入れているのかな」とお伺いしたいと思い、相談させていただきました。皆さんの考え方や、体験談も交えて話していただけると助かります。
(久々なので、説明不足なら申し訳ありません!)

上記の回答(皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

どうも一読者の感想に振り回され過ぎな不安を感じます。感想は活かすべきであって、振り回されないよう気を付けるべきものです。以下、少し説明してみます。

1.感想は刹那的な気分を表した創作物

「感想」といっても、一読者が読んだ気分を表現した文字通りの「感想」、一定の客観性や読者層を想定しての「評論/論評/評価」、より優れた書き方を想定しての「指導」みたなものとか、いろいろなタイプがあります。

「面白いと感じるところがない」というのは一読者が読んだ気分でしょう。「序盤のインパクトに欠けるし、ストーリー展開が遅く、世界観設定を語りすぎ」は評価、さらに指導的なニュアンスを感じます。

しかし、おそらくは全部が「一読者が読んだ気分」です(さらに言えば、「その時の気分」で、別のタイミングで読んでいたら、たいてい別の感想が出てくる)。仮に「小説とはこう書くものだから」みたいな説明が付されていても、気分に説得力持たせようと、それっぽく語るためだけのレトリックに過ぎません。

2.読者は場当たり的な気分しか言わない

なんでかと申せば、読んだ小説を具体的に改善するように感想を書くのは大変すぎるから。小説を読み進めて、ある時点での気分を語るのは簡単です。例えば、主人公がヒロインのピンチに駆けつけ、敵を前に決め台詞吐いたときにスカッとしたら、「ここでスカッとした」と言えばいいだけです。

逆にその決め台詞が浮いているように感じたら、「この台詞は奇妙な感じ」とか言えばいい。しかし感想人(読者)としては、作者に自分の気持ちが響いて欲しいわけです。「あ、そう」くらいに思われたくない。なにせ、きちんと読んで、その気持ちを文章に表して伝えたいわけですからね。感想もある意味、創作物です。

しかし、どう取り繕おうと、その決め台詞一点に絞って言うしかありません。その決め台詞を読んだ時に生じた気分がどうしてそうなのかを、その台詞のみに託します。でも決め台詞って、決め台詞が出てきて然るべきなように前段で準備し、後段でフォローしないといけません。言葉を変えれば、決め台詞が具体的にどんな台詞なのかは、あまり重要でなかったりします。

3.読者は作品を分析して物申してはくれない

しかし読者は「こういう台詞のほうがよくないか?」といった感想を残しがちです。前段と後段の分析までやるのは大変だから。台詞前のこの時点でこういう気分が生じ、主人公の到着がこのタイミングだとこういう気分、少し遅めるとこう、みたいな全体を通してのシミュレーションまではやってくれません。

なぜなら、そんなことを試みるのは作品全体を構想するのと同じ手間がかかるから。むしろ、もっと手間暇が必要かもしれません。作者がどうしようとしてこうなっているか、などの分析も込みとなるからです。そんなことは到底できませんから、読者は感想で気分を言うしかないし、いかに(見せかけの)理論武装しても文脈無視の刹那的な「こうすれば」しか言わないわけです。

ですので、読者の言う通りに作品をいじると、たいてい作品が歪んでおかしくなります。いかに読者の感想がそれらしく感じても、です。読者感想がその読者の創作理論に基づくとしても、作品に適合することは稀でしょう。木を見て森を見ず、ですから。

4.しかし作者としては読者の気分こそ最も聞きたい

しかし、だから読者の言うことなんか放っておけ、というのももったいない。我々小説志望者がなんで小説書くのに拘ってるかって、気分を伝えたいからです。決して、知識の切り売りとか、世相の解説じゃないですよね。キャラ(特に主人公)がドラマを通じてどう感じたかを、読者にも追体験して欲しいわけです。つまり感動して欲しい。

ですので、読者の感じた気分は大事です。問題は我々作者が読者の言をそのままに受け取ることに問題があります。たとえ「序盤のインパクトに欠ける」と言われても、ではもっと刺激的にしよう、と考えるなら安易です。問題は本当に序盤のインパクトなのか、その読者表現はどんな気分を反映したものなのか等々を考えるのが、我々作者の仕事です。

5.読者に生じた気分を分析するのは作者の仕事

読者の感想を読者の気分のエッセンスまで煮詰めてみて、作者が読者の読んだ気分をシミュレーション/追体験して、問題の所在を考える必要があります。そうしてみた結果、感想を切り捨てることもあり得るでしょう。例えば、ターゲットとして想定した読者ではない、とかよくあることです。

逆に「こういう人に読んでほしくて書いた作品なのに、『世界観設定を語りすぎ』と不満を漏らされた」となれば、改善を考えるべきとなります。世界観設定を語りすぎなのかどうか、というところからですね。よくあることですが、世界観設定を必要不可欠にしか語ってないけど、一か所にまとめ過ぎたとか、対応すべきキャラのドラマが連動してないとか、原因はいろいろです。

6.読者は赤の他人、過剰な期待は禁物

読者は読者であり、会社の上司でも学校の先生でもありません。赤の他人で、自分の作品に興味を示してくれた人です。その読者からすれば、我々作者は赤の他人です。ですので、その読者の感想は活かすべきであって、振り回されるべきではありません。

そう申したうえで「酷評」について申せば、ありがたく受けておいたほうがいい、となります。「酷評」って、表現自体も荒れていることがあるわけですが、怒ってるから仕方ないんです。せっかく読んだのにつまらなかったら不快なのは当然です。読んでそういう気分になったんだな、と受け取っておけばいいでしょう。それはそれで示唆になるものがあります。怒りの気分に接すると怒りたくなりますが、こらえるべきです。

(もちろん例外はあって、例えば明らかに読んでないと分かるケース。ひどい場合には定型文で他作品にも同じ感想投下している、いわゆる荒らし行為もよく見ます。上記はあくまでも、こちらの作品を読んでくれている場合についてです。)

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?

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元記事:皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信の返信

>まだ三次選考も突破できていない
私が投稿してた頃とはもうシステムが違うと思うけど、私の頃は、一時突破は 小説として成立してる って証明。二次突破は 面白みはある という証明。三次突破は 突出した面白みがある・個性がある という証明。最終突破は、もう運でしかない。
こんな感じだった。何次って段階が今は増えてるって聞いたから正確にはわからんけど、二次突破したなら少なくとも面白いと感じる人はいるって証明だと思うよ。
その要素を強くして(それが難しく燻るが)もっと押し出していけるようになったら、三次は運もあるけどすぐじゃないかな。

それと、
>自分の価値観だけで進んでしまうと
私も割とそう思ってるよ。我が道を行く感じに伝わってしまったかと思ったので、そこは訂正させてください。
私が気をつけているのは、創作のために創作をしないこと、なんです。
だから自分の価値観だけで進まないようにしてるけど、その価値観は創作以外の場所で見つけてます。
「創作の世界で」という時点で視野が狭まってると感じていたし、創作は手段でしかなく、表現したいものは創作には無いので。
創作で自分の価値観を壊したければ手順を変えればいいだけだしさ。

>ただ公募に出し続ける身としては、売れるものを出していかないといけないと思うので、
このあたりは前回「新人賞だけが道じゃないよ」と回答した事の繰り返しになってしまうし、まあ持論でしかない話なんだけどさ。
ケーススタディ、ようは統計的に好まれやすいものを調べる、というニュアンスですよね。
繰り返し、持論ですけども、それほぼ意味ないッスよ。
何故かっつーと、そのデータが取れた頃には流行が代わって別のものになってることが多いからです。
だから流行にとらわれないでターゲット層に好まれやすい要素を考える必要があって、その要素は今の流行ではどのように扱われているかを調べないと、って考えなんだけども、
スレ主さんは前のスレッドで「そういうの読み取れない(中高生に好まれやすい要素がわからない)」ってことだったので、まあ、前々スレだったかで書いたけど、スレ主さんこそ「我が道を行く」のほうが良いと思うよ。
別に読者に媚びるのが良くないとかって話じゃなくて、わざわざ苦手な武器で勝負しに行ってる感じがする。

>自分の価値観だけで進んでしまうと、良いものは作れないなーと感じている
私もそうだよと書いたけど、スレ主さんの場合は「自分の価値観を磨いてない」というだけじゃないのかな。

>少しでも公募で戦っていけるような作品を安定して書けるようになりたいので
二次突破と三次突破の差は「突出した個性」と書いたけども、もちろんこれは私がそう感じていただけのもので絶対ではないし、書いたように今は違うのかもしれないけど、
二次突破と三次突破の差は「個性」なので、そこで必要なのが「磨きに磨いた自分の価値観」だと思いますよ。個性ってそういうものじゃないですかね。

とはいえ
>多くの意見から自分の血肉にできるものは何でも喰らっていきたい
飢えてるのは良いことだとは思いますw

上記の回答(皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?の返信の返信の返信の返信)

スレ主 半額オソーザイ : 1 投稿日時:

>二次突破したなら少なくとも面白いと感じる人はいるって証明
⇒たしかに選評では評価された部分もかなりあり、自分の自信にはなりました……。「これを面白いだろ!」と思って撃ち込んだ弾だったので、当たったことに関しては狙い通りになってよかったな、と。

>創作で自分の価値観を壊したければ手順を変えればいいだけ
⇒なるほど、そういう視点は目から鱗でした。創作に関するスキルや、それに対する価値観って、ひたすら創作に打ち込むだけではどうしても変わらない……と思って、自分の違和感や納得できないことに目を向けてみよう―――とは思っていましたが、創作外のことに目を向けるというのは発想になかったので。

>そのデータが取れた頃には流行が代わって別のものになってることが多いからです。
⇒それは痛感しましたね……。今流行りのフィールドで無理して戦おうとしても、踏んだり蹴ったり担ってしまって上手くいかない……この前、無理して手を出そうとした恋愛モノも結局、バトルものになってしまったし。
 新人賞を取った作品を見ていると、流行にマッチしているようなテーマはそこまで多くなく、作者さんの独自色や、流行ではないけど読者が好きよね?ってツボを押さえにいっているものが多かった印象です。そう考えると、人の意見ばかり聞こうとせずに、少しは我が道を行く気概で書いた方がいいのかなぁ。

>「自分の価値観を磨いてない」
⇒つまるところ「我が道」が出来上がっていない、ということですかね?
 周りに合わせたり、第三者の視点を過剰に求めすぎたりせず、自分本来が持っている味を極めるみたいな?

>飢えてるのは良いことだとは思いますw
⇒今、マジで飢えています。第三者の視点もそうだし、「自分の中の面白い」を「読者の面白い」に変換させる技量が無さ過ぎて、どうにもって感じでw
 私の中では、マジで面白いんですけど、出力したらダメダメになっているって、何か自分のやり方が間違っている気がして()

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 皆さんは「自作の酷評」はどこまで受け止めていますか?

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元記事:主人公の過去描写のタイミング

主人公の過去を描写するタイミングについて質問があります。
主人公の目的や考え方に関わってくるので必須なのですが、物語の途中で入れることが難しそうです。
このような場合、最初に主人公の回想を入れるのはアリですか。
ご教示いただければ幸いです。
また、最初に入れるとしたら、何ページくらいに抑えるべきですか?

上記の回答(主人公の過去描写のタイミングの返信)

投稿者 あざらし : 1

お悩みを解消するために。
まずは『主人公の過去話を挿入するタイミング』で悩んでいるのではなく、『物語の始め方』と『構成』の問題だと認識された方が良いように感じました。
そもそも全ての物語は、クライマックスである物語のピークを主体にすれば、冒頭は過去話だと見ることもできます。
つまりは主人公の過去話だと感じてしまう時点で、冒頭が物語から地続きにならずに浮いてしまっているのかも知れません。
主人公という、ひとりの人間の人生に影響を与えるほど大きな出来事で、物語に必須ならば、それは見せ方の問題で、本来読者のハートをつかみ取るエピソードになるはずです。
”おそらくは”と付け加えますが、kwsrさんの質問を読む限り、ご本人も構成として『なにかおかしい』という直感が働いていらっしゃるようですし、おそらくそれは間違いないのだろうと思います。
(これより以下は細かい説明ですので、必要ならばどうぞ)

仮に物語の開始時点が『主人公10歳』
物語の本編が『主人公17歳』だとしましょうか。
この場合、小説を冒頭から読み進める読者から見れば、本来過去話ではなく単に時系列に並んでいる出来事です。

一方、物語途中に挿入すると、これは疑いようもなく過去話になります。
主人公が語り出せば女々しい印象をつけてしまいかねませんし、もし芯の強いヒーロー然とした性格なら整合性がとれなるかも知れません。
こういった転び方をすればシーンとしても、物語としても浮いてしまいます。

主人公10歳時点でのエピソードに読者のハートをグッとつかみ取るだけのパワーがあるならば、冒頭に使用しても全く問題なく、むしろ古典的なパターンです。
手垢のついたやり方ですが、時間の乖離、エピソードと本編の接着剤は『――それから○年後』というやつですね。

方法をいくつかあげておきます。(極力ネタバレは避けますが、気になる方は読まないでください)

現在までを時系列できっちりと並べるのは、とくに映画で使いやすいパターンですが変化球として使う方法もあります。
例えば【園子温監督:愛のむき出し】
主人公の子供時代、母親がお祈りの最中に妙な咳をするシーンから始まり『母は、僕が小学生のときに死んだ』というナレーションから、(本編主人公視点で)これまでの半生で印象的だった出来事を振り返り、今日を作り出している人格を炙り出すというやり方です。
この映画は変化球の連続で、映画文法をことごとく崩していくので参考になるのではないでしょうか。
三人の主要人物の半生を、現在の一点に収束していき物語本編に点火させる方法は映画的ではありますが斬新かつ印象的です。

小説で変化球ならば【山田宗樹著:嫌われ松子の一生】
新聞記事(直近過去)で始まり、甥の手によって(現在)、松子という女性の生涯(過去)を炙り出す、という構成になっています。

物語本編の主人公が過去を振り返る方式で始まるならば、たとえば【桜庭一樹著:少女には向かない職業】
引用~ 
中学二年生の一年間で、あたし、大西葵13歳は、人をふたり殺した。夏休みにひとり。それと、冬休みにもうひとり。
~引用終わり
極めて小説的な書き出しですし、読了すれば冒頭との絡みが参考になると思います。
キャッチーな冒頭で、最低限の決まり事、おおまかな小説のジャンルも語っていますし、短文でありながら『あたしの現在年齢』『あたしの名前』『時間の開きから計画性殺人の予感』という情報量もあります。
過去そのものが本編であり、現在の”あたし”は本編から見れば未来という位置づけですので、ひとりの人間を決定づける出来事の大きさ、エピソードの大切さを逆説的に読めるかと思います。

まるっきり過去エピソードで始めるなら【秋山瑞人著:龍盤七朝 DRAGONBUSTER 】
引用~
遠い昔、老人は”竜”をみたことがある。
~引用終わり
この後、厠から這い出てきた糞まみれの女が砦の一群を双剣で壊滅させるエピソードへと続くのですが、回想シーンである移ろいゆく記憶をエピソード内での時系列の揺れを利用しつつ、事件後の老人の半生の片鱗を見せながら、年老いても決して忘れることのない強烈な印象が生々しく想起されます。
主人公の過去ではなく、つまり視点移動のある小説ならではですが、物語の根幹である”竜”を読者に強烈に印象づけることに成功しています。

いくつか例を交えましたが、読者の興味を引きつけ、物語の推進力に成り、読者へのサービスになるならば、過去話から始めることには全く問題を感じません。
例に出したのはごく一例で、やり方は先人が作り出した方法だけでも色々ありますので、物語全体を見渡し、構成として最も行かせる方法を考えてみてください。

最後になりますが、気になったことを。

>主人公の目的や考え方に関わってくるので必須

この点です。
――主人公の目的
――主人公の考え方
どちらも過去話に拘らずともエピソードを利用し、物語中のリアルタイムで語れることです。
『過去話は出てこないが、キャラクターの半生が人格を通してぼんやりと見える』
これは小説は無論、漫画でも映画でもプロ作品では普通にやってます。全くやってないのは三流の監督と脚本家が、数字を取れるタレントを使って撮る盆暗ドラマぐらいです。これは制作者がポンコツであるが故に、そうとしか造れないパターン。
もうちょっと追求すると、家事をしながらでも見た気になる(させる)テレビドラマで意図的に使われる手法、要するに頭を使わずとも満足感を与える必要があるならば『直接的に伝わりやすく』することは決して否定しません。
それはそれで、制作者が意図的に使う立派なやり方です。漫画だとヤング誌では少なく、少年誌によく使われます。
代表的には【吾峠呼世晴著:鬼滅の刃】が過去話を組み込んだ成功例ですね。敵側の事情も読者に伝えることが売りのひとつになってます。
目新しい手法ではありませんが、あそこまで徹底すると斬新になってしまうという好例ですし、印象が強いだけに下手に使うと『鬼滅っぽさ』が匂ってしまいかねないほど強烈になってます。

一方、直接的に伝わりやすくする手法に対して、想像させることで伝える手法。
こっちは物語から撤退しない、言い方を変えると物語を楽しませる以前に収益を得ているメディア、映画も小説でもスタンダードな方法。
手っ取り早くは金獅子賞だとかアカデミー賞、ドラマでもなじみ深いところだとエミー賞、こういった作品は軒並みそうです。

で、ライトノベル的な小説の場合、どちらもあります。
ライトノベルでヒットを飛ばす作品だと、直接伝える部分を抑え気味に、伝える場合はサービス重視の感、より読者を楽しませるためが多少強いでしょうか。
これは小説というジャンルにある以上、もともと読者と想像を切り離せない部分が手伝っていると思います。

見せ方を熟慮され工夫を見せられるならば、良い悪いではなく、どちらが相応しいのかはkwsrさんの筆致と作風で決定されるて良いかと思います。
長々と書きましたが、疑問を感じたら、そう感じた己の感性を信じ、逆説的に洗い出し、新たな手法を開発するというのは、クリエイターの常套手段です。
執筆頑張ってください。応援いたします。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 主人公の過去描写のタイミング

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投稿日時:

元記事:今現在では考えられない設定

私今、人間の意識がコンピュータに繋がれ、意識がコピーされる。そしてゲームの中で、一生生きていく。地球と火星がネットワークが繋がれ、その中でMMOをやるというシナリオを書いています

これってテンプレですか? ラノベは同じような話を好むと聞いたので、非テンプレじゃないかと心配です

ソードアートオンラインに影響を受けて作ったのですがどうでしょうか?

上記の回答(今現在では考えられない設定の返信)

投稿者 大野知人 : 2

 テンプレではない、っていうかディストピア的だから受け入れづらい人も多い、です。
 ただ、アニメ『デカダンス』とか『Lv999の村人』みたいに類似の作品もあるので、悪くはないかなぁ。

 けれど、上述したようにそういう物を『ディストピア』というか、『不自由な監視社会』と感じる人も多いため、読者を選ぶものになるのは間違いないでしょう。
 また、ディストピアものにおいては『ディストピアを打破しようとする』展開にこそ意味があるため、単純にVRのリアリティを追求するための設定なら、悪手であると感じます。

 多分、『脳を機械につなぐことで感覚を完璧に再現する』というリアリティを追求するより、『なんか良く判らないけど感覚の再現率が高い』ゲームの方が受けがいい。
 読者って、案外設定の矛盾とか気にしませんからね。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 今現在では考えられない設定

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元記事:次のあらすじの中で、ラノベ以外のアニメマンガとしてでもいいから、どれかで良さそう?好き?

次のあらすじの中で、ラノベ以外のアニメマンガとしてでもいいから、どれかで良さそう?好き?個別でOK
※ざっと今日昨日で思いついたやつを適当に書いてみた。冒頭や前半しか書いてないし、誤字脱字とか文間違いあるだろうけど、それは置いとけ

あらすじ

①いろんな物語世界の敵役だった者たちが、死後・破壊後に集まる世界があって。そこに生前・破壊前の状態で現れることが出来る。世界にいる住人全員がほぼ敵同士みたいなものだからサバイバル状態だったり、組織化して集まり、他勢力同士で戦争したりする弱肉強食の戦国時代、またその世界から脱出して元の世界、他の世界行ける策を練ったりする者たちが居たりする。いろんな悪党からクズ、クレイジーな奴らがいる中で、この世界に来て数年の元殺し屋の主人公は、ある世界で敵役だった少女に出会う。

②主人公は、AI搭載の人形。未来でいろんな電子機器・製品にAIがついている程に文明は進んでいた。だが、ある日一部のAI達が暴走して人間と襲い、戦争する。多くの死傷者を出したが結果、人間が勝ち。人類はAI禁止と破壊命令が出て、主人公を含む暴走していないAI達も壊されることになり、人間たちに狩られる日々。逃げ惑う主人公は、間一髪で逃げる所、落雷を受けてショートし、破壊されてしまった。だが、AIの意識が復活した。しかし、そこは元の体である人形でなく、誰かの携帯だった。それも古い機種の(スマホとか)。そう、そのAIは落雷を受けた瞬間、理由は不明だが過去の携帯型電子端末の中に飛ばされていた。
そして、その携帯の持ち主である女の子に出会う。

③主人公は、40手前になる漫画家見習い。今は、同期であり10年以上も人気連載漫画の作者のところで、アシをして数年。
そろそろ辞め時かと、思うも転職が難しい彼は、日々アシのまま生活していた。子供の頃からアニメやマンガ、ラノベが好きで、絵の練習をしたり、小説をネットに投稿したりと繰り返して高校卒業後、そういった専門学校に行く。しかし、卒業後マンガやラノベを何度も持ち込んだり、新人賞やネット投稿でも駄目だった。結果、20年近くになり、今に至る。日々心や精神が削れ汚れていく彼は、今まで何度も考えていた辞めようという気持ちが過去一番大きく膨らんでいた。そんな彼が、帰宅中に裏路地を歩いているとそこで妙な格好をした男に襲われる。怪我をしつつも、状況が理解出来ないまま必死に逃げる彼は、ついに追い詰められ殺される瞬間。眼の前に女が現れて彼を助けた。彼女の顔と姿を見た主人公は、しばらくして彼女の正体に気付いた。それは、20年前に、自分がネット投稿に出したオリジナルヒロインの女騎士だったことを。

④主人公は女子中学生で、生まれつき他人の罪を見ることが出来る能力を持っていた。物心が付いた幼い頃、その力を家族に打ち明けようと思ったが、父親と母親の罪を見て辞めた。中学生になったある日、同級生が行方不明になった。誘拐でもなく警察は捜索する中、クラスメート全員に個別で面談することに。相手は、捜査している二人の男、刑事だった。内一人の男を見た彼女は、震えた。なぜなら、彼の罪には、数人の女の子殺害と殺された子の名前が出ていた。そう行方不明になっている同級生の子も一緒に。

上記の回答(次のあらすじの中で、ラノベ以外のアニメマンガとしてでもいいから、どれかで良さそう?好き?の返信)

投稿者 あまくさ : 1

スレ主様は、かなりこじらせた方ではないですか?(笑
「冒頭や前半」と書かれているけど、どれも前半までも行っていなくて、ただのアイデア・エッセンスです。とは言え、ちゃんとストーリーに展開して作品化できれば商業作品としてどこかにありそうという雰囲気だけは感じさせるんですね。そして、それがすべて別ジャンルという。
なので、こう言うと失礼ですが、心得てはいるけど実力が伴わないという典型的なタイプの方かなと想像しました。

①は、最もスケールを大きくするなら疑似三国志みたいにすると面白いのかな。もしくはワンピースみたいな感じにするか。そういう舞台の中で、因縁のあるヒロインとの関係性をどう変化させていくのかでしょうね。

②は。
これ、極限まで換骨奪胎すると『ドラえもん』じゃないかと思いました。未来の知識と技術を持ったAI。相方の女の子がのび太の立ち位置。AIと女の子が出会うまでの設定は何とでも置き換え可能なんじゃないかと。

③は裏路地で主人公を襲った奇妙な格好の男の正体がポイント。パッと思いつく、よくある設定は「過去の自分」型ですが。
サタンさんも仰っているように、設定から繋げて考えていくと簡単にストーリーが1本できそうな感じはします。言い換えると似たような先例の多いアイデアでもあるので、よほど新規性のある要素を加えないと例えば公募などでは通用しないと思います。

④は、『世にも奇妙な物語』にありそうな感じ。他人の罪が見えるというのはガチでやるとそうとう重い話になるので、世にも~型でさらっとやるのがよいかなと。

4つともアイデアとしてはきれいに形になっていると思い出す。ただ、きれいに形になっているというのは、既視感があるということでもあります。そこを突破できるかどうかではないでしょうか?

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