どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?の返信
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どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?(元記事)
タイトルのまんまの質問ですので省略させていただきつつ、この疑問を抱いた経緯を説明した方が良いかもしれません。
なので、一応参考までに書いておきます。
ズバリ、《聲の形》という青春映画を観たからです。
ろうあ者の少女が昔自らをいじめていた少年に恋をするという、かなりセンセーショナルな内容であるにも関わらず、ジャンルは違うとはいえ、コミュニケーションの祖語によって人間関係が崩壊してしまい、そこから何を得て、何を取り戻していくのかを描いたその筆致に一目惚れしました。
感情表現が凄まじく鮮やかだったのを記憶しています。
僕はこの作品を見て一番考えさせられたことがあります。
曰く《他人の事を想う純粋な気持ちと言うのは、こんなにも美しいものなのか》と。
誰かが傷つくことで、自分へでは無く他の誰かを憎み、誰かが悲しむことで涙を流せるなんて、僕には真似できないことばかりです。
この作品に登場する彼らが、僕の目にはとても眩しく映りました。
この外側に向いた美しい感情を【他でもない僕自身が】表現できない限り、主人公のレイヤも成長しないし、脇役たちも根っこのところでは自分のことしか考えていない、とても醜く泥臭い人間のままです。
ここで質問です。
どうしたら、他人を想う気持ちを描写できますか?
僕は他人を心の底から想いやったことが、ほぼ一度もありません。
今までの僕の質問に応えて下さった皆様のお察しの通り、僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。
母が父にDVを受けて泣いているときに、一緒に泣いてあげられなかったことを今でも勝手に後悔しています。
外側に向いた他人を想う気持ちを理解できない人間が、どうしてその美しい感情を描くことができるでしょうか。
どうやらこの先を書き進めるには、僕自身の『身勝手な考え方』と決別する必要があるようです。
皆様どうか知恵を貸してください。
よろしくお願いいたします。
どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?の返信
投稿者 あまくさ 投稿日時: : 0
おはようございます。
その映画(原作マンガもあるんですね)は未見ですが、興味をもったので見てみようと思います。今は、ご質問の文面を拝見して感じたことを少しだけ。
>僕は他人を心の底から想いやったことが、ほぼ一度もありません。
私もありません。少なくとも「心の底から」というほどには一度も。ほんの少し想いやったことなら何度もあります。
ASDの人は共感能力が低いわけではないという研究もあるそうですよ。ただ他の人と物事に対する受け取り方にズレがあるため、共感しにくいだけだと。自分と感じ方が違う人に共感しにくいのは誰だって同じです。何よりも竹牟礼さんが『聲の形』を見てそれだけ感動したということは、豊かな感情をお持ちである証拠ではないでしょうか?
次に、創作論としての意見です。
>僕はこの作品を見て一番考えさせられたことがあります。
>曰く《他人の事を想う純粋な気持ちと言うのは、こんなにも美しいものなのか》と。
それは視聴者・読者としての感想です。創作者であるならば、物語のどこで受け手をそういう気持ちに導いているのかということを考えた方がいいです。
>どうしたら、他人を想う気持ちを描写できますか?
その答えはすでに竹牟礼さんの心の中にあるのではないでしょうか? 竹牟礼さんが『聲の形』に感動したという気持ちそのものが、素晴らしいモチーフになるはずです。
カテゴリー : 文章・描写 スレッド: どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?