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兵藤晴佳さんの返信一覧。最新の投稿順5ページ目

元記事:全体を見通した上でのシーンの意味

>たぶん、ドラマトゥルギーそのものについての考え方からして、根本的に違うのだと思います。

たぶん考え方は違いません。

>正直、どうしてあの描写にしたのかはよく覚えていませんが、読み返してみるに、「探し物に気を取られてるんだから女の人をじっくり見られるわけがない」と考えたからだろうという気がします。

シーンの空気感やリアリティを重視するのなら、あの書き方が最適な場合もあると思います。別にそれを否定しているわけではなくて、あの場合にあそこに挿入するパートとしては適切ではないように思えるという話をしているだけです。そこをご理解ください。

ついでに『オイディプス王』について、もう少し。

>『オイディプス』のテーマはかなり明確です。
>「自分の才覚に溺れた、神をも畏れぬ男の転落」なんですね。

その通りだと思いますが、私的には「神に挑もうとして果たせなかった男の物語」と要約した方が分かりやすいかなと思ったりしました。
父殺しの予言を克服しようとしてあがき、克服し得たと思ったからこそ、彼は「自分の才覚に溺れた、神をも畏れぬ男」になったのだろうと思います。だから彼の前半生を描くことは必要ないとは言えないでしょう。
ただ、上演時間を考えると尺が足りないんですね、要するに。

オイディプス伝説なんて観客はだれでも知っていただろうし、冒頭の退屈な言葉の説明だけでくどくど紹介するくらいなら、そこはばっさり切ってしまおう。じゃあ、どうするか? 最初から物語の核心にせまる要素を何かバ~ンと放り出し、それによってストーリーがただちに動き出すようにするのがいいだろう。あと何かひねりもほしいから、「俺が謎を解く!」と大見えを切った男が、自分が犯人だったことを知って愕然とするという皮肉や落差に重点をおくのがいいかな?

とかなんとか考えているうちにできたのが、あの脚本だろうと思いますよ。
つまり、典型的なやや長めの短編~中編くらいの考え方です。

上記の回答(全体を見通した上でのシーンの意味の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 1 投稿日時:

詳細な解説ありがとうございます。
女性の存在を繰り返し意識しながらのモノローグという方法もあったかと思います。

ドラマトゥルギーについては、参考までに次の文章をご覧ください。
https://www.johnan.jp/soukei/pdf/2018/waseda_seikei_kokugo_01.pdf
 古典的な5幕構成(悲劇)の順序が説明されています。
1、AとBの対立の事情
2、対立を通してAの力が強くなる
3、AとBの決定的対立
4、Bに敗れたAの力が弱まる
5、終結=調和
もし、伝説を観客が知っていたのであれば、「ひねり」は感じられないでしょう。
むしろ、観客の興味を引き付ける「劇的なもの」は、運命の反転を招いたものです。
そこでソフォクレスが選んだ「1」は「神をも畏れぬ傲慢」、つまり「人と神の対立」だったのではないかと思います。実際、「オイディプスが犯人だ」と告げる盲目の預言者テイレシアスは「第1エペソディオン」で登場していますから。
余談ですが、平田オリザなども……。
「仮名手本忠臣蔵」で最も重要なのは「大評定」の場だといいます。これは「バカな殿様のせいで家臣たちが右往左往する話」だからです。
「ロミオとジュリエット」なら、「2人が出会ってしまった」ことが最も重要ということになります。「無鉄砲な子供が大人たちを振り回した挙句、2~3日で死んでしまう」話なのですから。

 ではなぜ、「忠臣蔵」は「松の廊下」が先に来るのか。
 それはまさに、日本の伝統的な「絵巻物的方法」によるといえるでしょう。ひとつひとつの出来事が、独立した事件なのです。
 それでも全体を通してみれば、「大評定」での対立が吉良邸討ち入りまでの事件を動かしているという点で、「ドラマトゥルギー」が働いているとみることができます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 問題を早めに提示するのは当たり前のことではないか?

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元記事:全体を見通した上でのシーンの意味の返信の返信

ひねりと書いたのは結末までストレートに進展しないという意味です。観客が先を知っているかどうかは関係ありません。
そういう意味で前の書き込みに、「犯人を捜す者自身が犯人だったと分かる意外性」と書いたのは、「意外性」という言葉は適当ではなかったかもなと後で少し思いました。なので、「ひねり」または、「皮肉な展開」。

なお、意外性についても、「先を知っていても意外な展開が効果を持つ奇妙な読者(観客)心理」について、先の書き込みで触れました。
ここにくると、さすがに私の個人的な持論にすぎないかもしれませんが……
名作は結末を知っていても何度も読み返せるのは、どうしてなのでしょうか?

ここんとこ、創作者が「器用に作品をまとめあげられる」レベルから抜けられるヒントが含まれているような気がします。

5幕構成については、これから出かけるところなので、帰ってから考えてみます。

上記の回答(全体を見通した上でのシーンの意味の返信の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 1 投稿日時:

木下順二は、ドラマトゥルギーを支えるものとして「2つの力がなぜ対立するのか」を問題にしています。さらに、その対立の根源的な理由は現実の中にあるといいます。優れた創り手は、それが変化をもたらす対立であることを受け手に示すということです。
そこまで行くと、もう創り手の世界観(思想)の問題になってきます。書いたものには作者のものの考え方が現れてしまうわけですね。恐ろしいことです。

その一歩手前のところでいえば、劇的な対立は変化を起こし続けるということになります。逆に言えば、書き手はそのために、次々に対立と危機のレベルを上げていかなければなりません。それが「ひねり」だといえばそうでしょう。登場人物にとって予想外の「危機」です。
こう考えると、「器用に作品をまとめあげる」ことは、対立と変化の関係の語り方によるといえそうです。

名作が何度も読み返すに足るのは、ここにとどまらないからでしょう。やはり、それは書き手がいかに現実と向き合うかというところにかかってくるのではないかと思います。作品中にあらわれた「対立の構図」に、読者が「ああ、そういうことってあるよな」と思えることが、読み返しを誘う本当の感動となるのでしょう。

ただし。
作品が読者の間口に合わないと、どんな傑作でも埋もれてしまうものです。
就学前児童に古典落語は理解できません。
ナチスから解放されたパリで観客を大爆笑させたベケットの『ゴドーを待ちながら』を、戦火の「せ」の字もしらないフロリダのマイアミビーチで上演したところ、幕が降りた劇場に残っていたのは、劇団関係者とテネシー・ウィリアムズ(と、ワイルダーだったかな?)だけだったそうです。
満を持した作品が受けなかったときは、これを思い出して自分を慰めるしかないですね。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 問題を早めに提示するのは当たり前のことではないか?

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元記事:リンク先について、続き

リンク先の文章を簡単に要約すると、戯曲とは、

1)現実の事象の中から「入り組んだ対立」を拾い上げ、

2)それを戯曲という形式に落とし込むことによって「整理された対立」に変質させ、

3)その「整理された対立」を観客と共有することによって初めて完成する。

4)日本の作家がそのような外来の戯曲の形を取り入れることが困難だったのは、作者と観客のよって立つ現実のあり方が西洋のそれと異なっているため、劇作術だけを取り入れても内容が伴わなかったから。

私なりの理解でだいぶ意訳しましたが、こういうことだと思います。

で、言いたいことは分かるけど、いろいろ異論があります。

まず論者は「思想」と書いているのですが、上記の1~4はどう考えても思想ではありません。強いて言えば1における入り組んだ対立への着目と、2における整理の仕方が思想になるのだと思われます。1~4の全体については、それを含む「状況及びアプローチの方法」と捉える方が妥当ではないでしょうか?
ただ、一般用語として「設計思想」のようにコンセプトのことを思想と言い表す場合もあるんですね。論者がそのような思想という言葉の二つの用法を錯綜させているとまでは言いませんが、思想という言葉の定義をあいまいにしているために何を言いたいのかがぼやけてしまっているように思われます。

まあ、これは私流の解釈であって間違っていたら指摘してほしいのですが、要するに作品を通して作者と観客が「思想」を共有することが重要だと言っているのであって、素材をどう料理して共有を実現するかは方法論の話なのだから、ドラマツルギーという言葉そのものは劇作術と訳して何ら問題ないと思うんですよ。

また、ピラミッド型の五幕形式というのにも少し疑問があります。
まず日本の伝統的な方式としている「順々に事件を並べていく絵巻物的方法」との対比ですが、これは単に構成という概念の有無を言いているにすぎません。「中・近世の説話型の物語には仕掛けがないね」という程度の話であって、今時ストーリーに仕掛けを施すなんてラ研の参加者だって普通に考えていますよ。
それと五幕形式の内容説明にしても、あれだと真ん中あたりが盛り上がる構成になっているようで、純粋に思想を整理する方法としてはよいのかもしれませんが、少なくともエンタメ・ストーリーの構成としては適当ではないでしょう。

ちなにご存じかと思いますがハリウッド式の三幕構成は、真ん中に折り返し地点をおいて、前半に小さな山、後半に大きな山を作るのが基本的なストーリーのカーブ。そして前半の山を主人公の不完全な目的達成、後半の山を真の目的達成と位置付けるなど、ピラミッド型よりは複雑なプロットになっています。

論者は楽しませるだけのストーリーを否定し、戯曲は現実を変えなければダメだというようなことも言っていますから、創作に対する目的意識が根本的に異なるのかもしれませんが。

上記の回答(リンク先について、続きの返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 0 投稿日時:

そういうわけで、ドラマトゥルギーについては、考え方が違うと申し上げています。
その意味で、木下順二の論を引用しました。
基本的なドラマの法則が述べられているだけで、種々の方法論との優劣が論じられているわけではありません。
ただ、「2つの力の対立」を用いる西洋の方法論に依るなら核心を突こうと言っているだけです。
(つまり、仕掛け以前の問題です。現実には、歌舞伎にも浄瑠璃にもプロットのひねりは存在します)
本当に現実を変えるほど「ドラマティック」であるということは、ドラマに触れた観客の生活が変わるということなのであり、そのきっかけはまだ日本で見つかっていないだけで必ずある、という「思想」を筆者は述べています。(だから問題7の選択肢『ホ』は誤りとなるのですが。)
本文中に上げられている5幕構成の展開は悲劇向きのものなので、Aが勝ってBが負けるエンターテイメントに置き換えるなら、Bの力が下降線をたどる過程がクライマックスと考えればよいかと思います。
まあ、3幕の中心か終わりにポイント・オブ・ノーリターンが来るといったところでしょう。
私も、作品中の情報整理の方法としては5幕(折り返し点を含めたら6幕)構成を使っています。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 問題を早めに提示するのは当たり前のことではないか?

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元記事:魔法が使えない理由付けの返信

ペンネームから推察するに11月13日生まれとみました(創作仲間で同じ発想でPN決めた奴がおりまして……)。

雑話はさておき、「ピンチだから」これも一つの理由です。
この理由が説得力を帯びるのは、主人公に力を与えた者などが「主人公に死なれたらやばい」という考え方を強く持っている場合。

古いライトノベルで何ですが、「フォーチュン・クエスト」のリーダー、クレイの持つ剣は、所持者がピンチの時にしか力を発揮しません。理由はどうも「敵方に自分(剣)の存在を感知されたくないから」……のようです。過去の時間軸に相当する「デュアン・サーク」シリーズで敵がこの剣に辛酸をなめさせられたために、敵もこの剣もお互いがお互いを警戒し合っている状態です。

あとは、説得力があるかどうかはともかく、典型として「イヤボーン」という現象があります。感情の爆発がそのまま力の表出につながる演出。

……ただ、どちらかというと典型よりもオリジナリティを重視したいのであれば、魔法の習得過程の設定をしっかり組むのが大事なんじゃないかと。

あと、一時の演出よりもストーリーの本筋のほうをよく考えたほうがいいんじゃないのかな。何のためにその力を貰っているのか。それによって力の発動条件は変わると思うんですが。

上記の回答(魔法が使えない理由付けの返信の返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 1 投稿日時:

何か潜在的な心の傷があって、無意識のうちに魔力の発動を拒んでいる。
絶対的な危機に陥ると、頭の中のリミッターが吹っ飛ぶという類のものは珍しくありません。

サンライズの『蒼き流星 SPTレイズナー』前半では、必殺のV-MAXは機体がピンチに陥ったときに、潜在プログラムが動き出します。

聖悠紀『超人ロック』の主人公、銀河最強で不老不死の超能力者ロックは、本気を出すと惑星ひとつ破壊するくらいの力を持っています。普段はそれを抑える超能力が無意識に働いていますが、生命の危機に陥るとリミッターが外れます。

こんな具合に。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 魔法が使えない理由付け

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元記事:情景描写の鍛え方

ただいま、人生で2作目の小説に挑戦しようと思っています。
今回は、情景や感覚の描写に力を入れたいと思っているのですがどうすればいいのかわかりません。

例えば、この色が綺麗だとか匂いや肌触りがどうだとかいう書き方は、何を意識してすればいいのでしょうか?よろしくお願いします。

上記の回答(情景描写の鍛え方の返信)

投稿者 兵藤晴佳 : 5 人気回答! 投稿日時:

1、そのまま「何が美しい」かを述べた上で、それがどのような状態であるかを詳しく述べる。
2、なるべく、関係ないものに喩える。
3、見た者や、本人の身体の反応を描く。
4、以上を、起承転結で配置する。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 情景描写の鍛え方

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元記事:エロ描写の線引きについて

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それともそれくらいならR15で描いてもいいですか?

上記の回答(エロ描写の線引きについての返信)

投稿者 読むせん : 1

マジな話すると、乳はキンタマみたいなもんだし、思春期の乳とかは腫れているキンタマみたいなものなので、揺れるだけでキンタマ蹴られたくらいの激痛が走るみたいよ?
貧乳ならともかく、巨乳だと乳房痛?乳腺の発達?によって内部で筋肉とか細胞?がズタズタに千切れる痛みに失神する人とかも出るとか何とか。

キンタマ触ると気持ちいいけど、ナニほど気持ちいいものではないし、揉む強さによっては死ぬ。TSはそこら辺をちゃんと埋めた方がエロい。

カテゴリー : ストーリー スレッド: エロ描写の線引きについて

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投稿日時:

元記事:ラノベにおけるヒロイン争奪戦

主人公とライバルがヒロインの寵愛を受けようと争奪戦を繰り広げる。二人の男の間でヒロインの乙女心が揺れ動く……。

というのはラノベだと見た記憶がありません。自分はもっぱらラブコメを読んでいるのですが、出て来るのは「おい主人公。お前最近ヒロインと仲いいんだってな? あいつは俺が狙ってんだ。もう近づくんじゃねえぞ?」と言って恫喝や暴力を振るう「障害」という感じのキャラばかりです。出木杉くんみたいなライバルってラノベでは見た覚えがありません。やはりヒロインが主人公以外の男に目を向けるような展開は敬遠されるということでしょうか?(最終的に主人公を選ぶorどちらも選ばないとしても)

上記の回答(ラノベにおけるヒロイン争奪戦の返信)

投稿者 にわとり : 1

 そもそもの話、『ヒロインの寵愛を受け』るためにがんばる主人公像が廃れて久しいっていう話なんじゃないですかね。積極的にヒロインを追いかける意志がないならライバルなんか登場させようがないし。
 なんか思うのが、男性向けラノベって主人公がヒロインに対して下心を出したり独占欲を見せたりするのをものすごく忌避するんですよね。ヒロインの処女性なんかより主人公の清潔感のほうがよほど強く求められてる。キリトにしろ当麻にしろ、ヒロインの下着姿を偶然目にしても素朴に鼻の下を伸ばしてにやけたりとかはしないし、ましてや冴羽獠みたいに積極的に覗きに行くとか絶対ありえないでしょ。
 鈍感主人公とかラッキースケベもこの文脈で、ピュアピュアな主人公の頭上を飛び越えて読者だけを萌えさせる手法として編み出されたんだと思ってる。サービスシーンは入れたい。でも主人公の下心や性欲は見せたくない。だから無自覚とか偶然っていう建前で主人公のキャラを守っているわけです。これで建前が機能しているかぎり、ハーレム展開だろうが何だろうが主人公自身はきれいなまま取っておける。
 結局みんな、自分の性欲とか独占欲みたいな疚しい感情と向き合いたくないだけなんだと思う。なんか萎えるじゃん、そういうの。興奮する場面で突然目の前に鏡がすっと出てきて鼻の穴膨らましてる自分の顔が映る、みたいな。つら。恥ずかし。

 というわけで個人的には、恋の鞘当て以前に"主人公が自発的にヒロインの心を射止めに行く"ことがラノベにおいてはすでに困難、という認識。
 抜け道的なアイデアとして『神のみぞ知るセカイ』『デート・ア・ライブ』『弱キャラ友崎くん』などの、ミッションでヒロイン攻略をやらされている主人公というパターンがあるにはあるけど、逆に言えばミッションという建前がなければヒロインを口説くことができないくらい男の恋愛というのは滑稽でダサくて恥ずかしいものだという時代の空気感があるように思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ラノベにおけるヒロイン争奪戦

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投稿日時:

元記事:ラノベ新人賞 ヒロインの死はNG?

タイトルのまんまです。ラノベ新人賞に応募する作品ですが、ラストにヒロインが死亡、もしくは消滅する作品は過去に受賞されているのでしょうか、もちろん意味のない死ではなく、むしろそれこそがその作品の核心、みたいなものです。ジャンルは、現代ファンタジーです。ありかなしか、回答いただけると嬉しいです。

上記の回答(第8回電撃ゲーム小説大賞の受賞作『悪魔のミカタ』(2002年02月10日刊行)ではヒロインが死にます。)

投稿者 うっぴー : 3 人気回答!

かなり古い作品ですが、第8回電撃ゲーム小説大賞の受賞作『悪魔のミカタ』(電撃文庫2002年02月10日刊行)では作中でヒロインが悪役に殺されます。
主人公は、ヒロインを殺した犯人を倒すため、彼女を生き返らせるために悪魔と契約して、悪魔のミカタになるというストーリーです。

『悪魔のミカタ』は現代ファンタジー+ミステリーで、現代ではキャラミスに分類されるであろう、対象読者層がやや高めの作品です。

ライトノベルでは重い展開は嫌われるため、ヒロインやメインキャラクターが死ぬのは良くないとされています。
これをやるとどうしてもストーリーが重苦しくなって、ラノベの売りである「手軽に快感が得られる」という商品性が損なわれるからです。

『悪魔のミカタ』ではヒロインが殺される必然性があるためにOKになったのでしょうが、これはまだラノベの黎明期に当たる作品で、その後のラノベではメインヒロインが第一巻で死ぬような展開は見たことがありません。
なので、ヒロインを殺すのはやめておいた方が良いと言えるでしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ラノベ新人賞 ヒロインの死はNG?

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