小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

田中一郎さんの返信一覧。投稿の古い順1ページ目

元記事:「名前だけ借りた別物」の是非

近年のラノベではオリジナルのモンスターの登場は避け、ポピュラーなモンスターの使用が編集から求められるとの話を聞いた事があります。

それも踏まえて私は敢えて作中最も多く登場する雑魚敵にゴブリンでもスライムでもなく蛇のモンスターのバジリスクを使用する事にしました。

ただそのバジリスクがヴェロキラプトル風のオリジナルのモンスターに名前だけ借りてきたような状態で、オリジナルにあった毒や石化能力も(スライムやゴブリンのポジションのわらわら出てくるタイプの敵にあったら厄介すぎるとはいえ)オミットしています。
せいぜい爬虫類という事以外原型を留めていない状態に仕上がりました。

本音としては馴染み深いモンスターハンターのランポスやゲネポスをそのまま使いたかった所に適当な爬虫類系モンスターの名前を付けた結果の産物です。

他にも私がポピュラーなモンスターの名前を使うと大抵上述のバジリスク並のアレンジを加えているのですが、これは「ポピュラーなモンスター」を使ったと言えるのでしょうか。

上記の回答(「名前だけ借りた別物」の是非の返信)

投稿者 田中一郎 : 1 投稿日時:

名前だけ借りた別物では言えないと思います。

てか爬虫類の雑魚にしたいならリザードマンでいい気がしますが

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 「名前だけ借りた別物」の是非

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元記事:ネタは湧くのにアウトプットする気力が出ません

初めまして、天使美羽と申します。
メンタルの治療を受けていて薬も飲んでいるレベルだからなのか只のだらけなのかは定かで無いですが、ネタが湧いても絵や文章にする気力が全く出てきません。
よくある、まず5分だけでも、等を試してみようにも、準備する気力も出なかったり、継続出来なくてそのまま終息したりと、酷い体たらくです。
それに、やったところで誰得なのと感じ、自分以外別に求めていないなら脳内だけで、アウトプットしなくて良いのでは?と常々思います。

数年前に、今も通院している心療内科で検査を受けました。
発達障害で、こういう事が得意不得意、という検査の結果が書かれた紙を見た姉に、不意に「だから君、絵下手なのか」と言われました。
普段描いた絵をそう人に見せる訳では無いのでいつ見たの?どうやって見たの?まさか文章系(?)も見てる?やら、というか何を受けての『だから』なの?やら、色々浮かびました。
その日から、それまで日々していた落書きのみならず、物書き等創作活動全般が変にトラウマになりました。
流石に時が経って多少は回復したものの、楽しむ等は夢のまた夢、重過ぎる腰を上げてやってみたところで、学習能力無いのかというレベルで落ち込みます。
それを繰り返していたら、そもそもやる気が出なくなりました。

でも困った事に、ネタは湧きます。
勿体無いから誰かに提供したいレベル、しかしそれは厚かましいだろう、という事で、困っております。
何とかやる気を出す方法、もしくはいっそ、ネタが湧かなくなる方法なぞ、ありませんでしょうか?
自分でも屑過ぎるとは思いますが、もし宜しければ、皆様の御意見を賜りたく思います。

上記の回答(ネタは湧くのにアウトプットする気力が出ませんの返信)

投稿者 田中一郎 : 1 投稿日時:

それは羨ましい、頂きたいぐらいですよ。

ご自分で書く気が出ないなら、どなたか創作活動してる人に提供してみるとか、どうでしょう?
それで自分のアイデアが形になって、評価されてるのを見れば、やる気が出るかも知れませんよ。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: ネタは湧くのにアウトプットする気力が出ません

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元記事:魔法が存在しない世界観で

こんにちは、こゆきです。
以前から悩んでいる設定についてです。
ラノベや漫画に登場する、魔法など、現実にはありえない設定には、物語を面白くする以上に、その世界が現実ではない世界であることを表現する効果もあると考えています。
 私は今、日本の室町時代をモデルとした世界観を考えているのですが、主権や出来事、登場人物の持ち物に至るまで、全く史実の室町時代とは異なります。史実と被る部分があるのは、世界観の持つ雰囲気くらいでしょうか。
 そこで最初に設定を説明することなく「室町時代っぽいけど違うんだよー」ということを示したいのですが、難しくて困っています。
会話文の中で説明することにも挑戦しましたが、説明臭くて自分の文でさえ読む気になりませんでした。
 魔法が存在しない世界観で、私など作者ができる、現実との区別の方法を教えてください。

上記の回答(魔法が存在しない世界観での返信)

投稿者 田中一郎 : 2 投稿日時:

誰もが知ってる史実を少し改変して出すとかですかね。
堀川幕府にするとか、三代将軍の名前を足利義満から佐野義満にするとか。
特別に理由がなければ、最初に架空世界であることをわかりやすく提示したほうが良いと思います。
それで室町時代とは違うということを示した後に、今度は逆に室町時代と同じ事柄を描写していく。これで大丈夫だと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 魔法が存在しない世界観で

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元記事:書き始めるページ量

はじめまして。
私は、人生で一度も小説を完成させたことがありません。しかし、最近書いてみたいアイデアが湧いてきました。一応、原稿用紙40ページを予定しているのですが、初心者には多すぎるページ量でしょうか?また、多すぎるのでしたら何ページから始めるのがよろしいでしょうか?

上記の回答(書き始めるページ量の返信)

投稿者 田中一郎 : 1 投稿日時:

現実的でいい感じの枚数だとは思いますが、それでも書ききれるかは人によるとしかいえません。
何枚書くと決めて書くより、まずは書きたいことを全部書けばいいと思います。
最初からきっちり書こうとしすぎると、上手くいかず嫌になって書けなくなりますから。
第一稿書き上げてから推敲して、必要に応じて増減する方が良いですよ。

カテゴリー : その他 スレッド: 書き始めるページ量

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元記事:悪役の働く悪事の限度

基本的に私はただ愚かで邪悪なだけの悪役は作らないつもりでいましたが、一人例外的に絶対悪と言えるような悪役を考えています。

キャラクター単体としては一欠片の良心も持ち合わせていない純粋な邪悪としての魅力を引き出しつつ、話全体を王道の明快なものにしたい。さらに言うならあまり読者の記憶には残らないであろう(エピソード毎に違う)敵勢力の弱い方の幹部の出番を(キュウべえのように死亡しても何故か次のエピソードでは何事も無かったように再登場できるので)このキャラが一括して代行するという目的があります。

問題は、このキャラの「邪悪さ」を引き出し過ぎて、王道と言うには少々陰惨な場面が多くなり過ぎた事にあります。

ヒロインの一人はこのキャラの仕組んだことによって育ての親であり師匠である人物を自分の手で殺める羽目になりました。
もう一名は国のために戦ったのにこのキャラが振りまいた風評被害によって国民から差別される上に、彼が仕組んだ事故で守るはずだった故郷が焦土になる様を見せつけられる事になります。

これはまだほんの一部で、このキャラは各章ごとに現れては毎回メインキャラにこのレベルの嫌がらせをする予定です。

元々ヒロインが辛い目に遭う場面が好きではありますが、王道を謳うにはやりすぎでしょうか?

上記の回答(悪役の働く悪事の限度の返信)

投稿者 田中一郎 : 0 投稿日時:

やりすぎな気がしますが、王道にこだわらなくても良いんじゃないですかね?
バッキーさんの過去の質問を見ると、ダークファンタジー書きたがってるような印象を受けます。
一回、遠慮なくリビドー叩きつけた作品書き上げても良いかも知れないですよ。
それで発散してから王道書くなり、本格的にダーク路線で行くなり。
あれこれ考えてるぐらいなら、さっさと一本書くほうが早いです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 悪役の働く悪事の限度

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現在までに合計74件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全15ページ中の1ページ目。

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ラノベが異世界ファンタジーばかりなのはなぜなのか?考察スレ

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私は以下のように考えています。 ・リアルで成功する空想が誰にも持てない ・変化が早すぎて、現実を舞台にした作品は賞味期限が短... 続きを読む >>

Wordでルビを振ると文字間隔が空いてしまう件

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大きな世界、世界の広がりが描けません。 例えば、 ・国と国がどう隣り合っているのか、それぞれの国はどんな政治をしているのか、他国... 続きを読む >>

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元記事:物語に「対立」「敵役」は必ず必要なのか? 

 ドラコンです。過去質問の再質問との感じになります。ただ、考えがまとまらず、漠然としたものになっています。
 
 過去質問「中華風ファンタジーでの「小物のバカ殿末席皇族」キャラ作り」
 https://www.raitonoveru.jp/counsel/novels/thread/13803
 
 鉄道が存在する中華風ファンタジーを書こうとしています。天皇陛下の伊勢神宮参拝のような、想定チベットを舞台にした、皇帝・皇后の聖地巡礼の旅、のネタを考えています。
 
 今回は、「御召列車」をはじめ、鉄道ネタを大量にぶち込むところまでは、決めています。ただ、単に聖地(観光地)を回るだけで、特に事件らしい事件も起こらない話になってしまいそうです。
 
「対立を描くと良い」との創作論は承知しています。ただ、ドロドロ、ギトギトが好きでなく、どうも「敵役」が上手く作れません。それに、対象が皇帝になると、大逆罪で、事が大きくなり過ぎます。適度な「小物」感というのが考え付きません。それに、ネタ同士を上手く落とし込む自信がありません。

 ですので、敵役は「なし」でも良いのでしょうか。敵役は「必ず」必要なものなのでしょうか。
 
 一応、以下の感じで思い付きはしましたが。
 
 ・江戸時代に朝廷から日光東照宮へ遣わされた「日光例幣使」( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%89%E5%B9%A3 )を念頭に、お供えした線香やろうそくの燃えかす・灰、取り換えてお古になったお札を高値で売り付ける儀典担当の小役人(『水戸黄門』のネタにもあった)。
 
 ・末席の皇族が、皇帝・皇后への嫌がらせで、呪詛を行う。それが暴走して、300年前の悪皇后の霊を呼び出してしまう(詳細はリンク先「中華風ファンタジーでの「小物のバカ殿末席皇族」キャラ作り」)。

 追伸 書けたとしても、このサイトに投稿するのかは迷いますね。粘着感想人など、読んで欲しくない人もいるので、名指しで「閲読は拒絶する」と書いても良いものでしょうか。

上記の回答(物語に「対立」「敵役」は必ず必要なのか? の返信)

投稿者 mika : 0

敵キャラはうまく作ろうとしなくていいです。

少なくとも取って付ける感じでもいいのでとりあえず敵キャラを用意してもいいと思います。

プリキュアの敵キャラ達やドンブラザーズのヒトツキという
前例がありますので、
お試しで採用してみるのはどうでしょうか?

そもそも敵キャラというものが何故必要だと言われているのかというと、
読者は「戦闘シーン」や「バトルシーン」が欲しいからです。読者は刺激が欲しいんです。
読者は敵を打ち勝つ快感が欲しいからです。
戦闘シーンがなく会話シーンだけだと読者が退屈してしまうからです。
なので、
「敵が悪さをする→主人公達が敵をやっつける」という感じで取って付けた感じでもいいからとりあえず敵をやっつけるシーンを入れてみてはいかがでしょうか?

カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語に「対立」「敵役」は必ず必要なのか? 

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投稿日時:

元記事:ライトノベルでのターゲット層について

私は前職で長い間WEBの仕事に携わってきました。
SEOなども行い、ターゲット層の調査やキーワード調査などは本格的に行ってきており、お客様との打ち合わせでも企業提案やコンサルタントも行っていました。

このサイトでは、ターゲット層が10代であるという記述を見かけ、それが正しいのか疑問に思い、インターネット上での既存データを調べました。
理由として、基本的に収入のない年齢層をターゲット層だと誤認している企業様が非常に多いためです。

スマホでの通販利用者年齢分布では、10代は50代とほぼ同じで最低ライン、一番多いのは30代と20代、次いで40代。
データ参照 https://netshop.impress.co.jp/node/5950

amazonでの購入品目が1番多いのは書籍類なので、上記数値と同様の分布図と推定できる。
データ参照 https://research.nttcoms.com/database/data/002069/

結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く、10代をターゲット層と指定しているのは再検討すべきであるといえる。

また、小説がラノベ化し、仮にアニメ化までしたとします。
そのときの放送枠は深夜帯であり、10代が見るいわゆるゴールデンタイムではない。
講談社の少年ジャンプ等のようにゴールデン枠で放送される枠ではない。

また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝りだと言える。

結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

といえるかと思われますが、いかがでしょうか。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信)

投稿者 手塚満 : 2

別スレで書いてしまったので割愛しようかと最初は思ったんですが、やはりこの部分につきまして気になりますので少し。

> また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
> この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
> 自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

以前に同様の趣旨のスレッドがありました。

「ラノベが異世界ファンタジーばかりなのはなぜなのか?考察スレ」
https://www.raitonoveru.jp/counsel/novels/thread/2568

上記スレ主さんのご見解は、こちらのスレ主さんの読者分析と同様と考えていいと思います。私は全面的に間違いだという意見を出しました。かなり書いたので、上記引用部分については先は割愛しました。今回も同じことを繰り返し書く意図はありません。

しかし別の面から少し。どういう作風、ジャンルが受けるかということですね。フィクションで何かが満たされる、あるいは持てると考えるのは差し支えないと思います。
では、個々人がリアルでは持たざる何かを、空想~フィクション(今の場合はラノベ)で満たしているのか。以下のような見解があります。

https://twitter.com/kakuniha/status/1070901564724862976
> 芝居や物語は、時代をネガティブに映す鏡です。戦争の時代には、あきれるほどやさしげな物語がもとめられ、血みどろ殺戮の芝居が、平和であきあきする時代に登場するということは、世の常といってもいいでしょう。(山田太一)

具体的に述べるため、かなり狭義になっているように思います。もう少し一般化してみると「世間で見かけないものを見たい」といったことになってくるように思います。

自分の直接的な経験よりも、よく見かけるものでは面白くなりにくいということですね。

「見かける」も漫然と考えていては危うい。直接的に目撃するなら最も心理的効果は大でしょう。続いて、ニュースなどの動画映像はインパクトが大きく、新聞となると写真があっても基本は文章ですので、インパクトは少な目(ただし、論理的な面では詳しく知ることができる)。また、距離感もありますね。同じような報道でも、海外と国内ではインパクトが違ってくる。己が都道府県以外の大事件より、住んでいる町内の小事件のほうが心配が大きかったりもする。

現在の日本ですと、世界中で内戦などが起こっていることが伝えられています。ですが、生々しいシーンは映像ではできるだけカットされるのが普通ですし、残りは言葉で知るのみです。身の回りで直接見かけるのは、ほぼ平穏なものばかり。内戦で数百、数千死亡したと伝えるニュースより、例えば大阪を襲った台風被害のほうが深刻に感じたりします。

身の回りが平和だからこそ、緊張感のある舞台のフィクションのほうが、意外性を出しやすいわけです。意外性って受けるための重要な要素です。同じジャンルの後追い作品を作っても、差別化を打ち出します。同じものを出しても、同じようには面白がられないのは、理由の一つとして意外性がない点は大事でしょう。あまりにも同じなら退屈に感じるのは誰しも経験することです。

仮に将来に希望が持てないとします。欲しいものが手に入らない。その欲しいものを、フィクションで埋め合わせできますか? もしそんなことが可能であれば、例えばレストランは店頭に飾るプスティック製の見本の料理を、リアルには作りたがらないはずです。空想で直接的対象への欲望が下がるはずなんですから。でも実際には、リアルな料理見本のほうが客の入りがいい。欲望を掻き立てる効果が大きいわけです。

フィクションだって、直接的に欲しいものがあればいいわけではない。たいていの人が欲しいものといえば、例えば金、その金を使った楽しみがあります。しかし、大富豪がひたすら贅沢三昧する様子を描いた小説って、売れ筋に上がった事例を知りません。現実の大富豪の豪遊を見て、満足するよりも自分の現状への不満が高まる、つまり不快になることって少なくないはずです。

ではフィクションに何を求めているかといえば、現実で見かけないものへの想像です(現実の不足を補完する、と言ってもいいかもしれない)。異世界なんて見かけません。古代から天上界がどうこうといった神話がありますし、英雄が怪物退治してますし、近現代になってそんなことは実際にはないと思う人が増えても、相変わらずファンタジーは作られ続けています。ハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リング(及びホビットもの)などはシリーズで作られて、人気を博していますよね。見たこともないもの、見るまでは考えもしなかったもので喜んでいる。到底、現実の不足を直接補うなんてことにはなってない。

しかし、キャラに感情移入してるじゃないか、やっぱり自分でしてみたいんだ、と思うかもしれません。現実では持てない地位、超人的な剣技や魔法などですね。確かに自分でしてみたいんです。ただし、安全に。劇中のキャラに感情移入し、そのキャラの死にざまに感動して、涙まで流す人って多いですよね。じゃあ、その読者・観客は死にたいのか。そんなわけないですね。ロミオとジュリエットに感動しても、恋愛の果てに死にたいわけではない。

感動の源泉は脳内シミュレーションなんです。「もし自分がこのキャラだったら」という想像ですね。そのキャラにリアルになりたいわけではなくて、脳内でシミュレーションしたいわけなんです。これ、人間の生存に関わる能力です。何が大丈夫で何が危険か、事前に想像できないとまずい。危機に陥った場合に、どうすればどうなるか想像できないと死亡確率が高くなってしまう。

そして、どうやら人間は自分の能力を最大限に使ってみたいようなんです(死のうとするようなネガティブなことは除く)。フィクションに求めているのは、想像力を最大限に使うことです(死ぬ想像なら可、実際には死なないから)。何もなしで妄想してもいいんですが、クイズなどと同様、お題を与えてもらうとやりやすい。それがフィクションの役割の一つです。

お題も、よく見かけるものならもうシミュレーションはやってしまっている。だから、思いも寄らないお題が欲しくなるわけなんです。それが、引用した山田太一さんの見解をヒントに引き出せることの一つとなります。決して、ダイレクトに欲しいものをフィクションに与えて欲しいわけじゃない。見かけないもので想像力を駆使するヒントが欲しいわけです。

なお、10代については、思春期前期の10代前半(中学生)では無制限に夢を膨らませる傾向があります。思春期後期の10代後半(高校生)になると、自己同一性の確立に向かいます。夢・理想の自分像と現実の自分の差異をどう埋めるか、あるいは整合性を持たせるかで苦闘するわけです。

有り余る夢と戦っているのが10代です。まだ夢を持てないなんて、10代を侮っているのではないかと危惧します。もし侮っているのなら、10代に関する分析は根っこから誤っている恐れがありますよ。

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

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元記事:陰キャの成長は陽キャとなることなのか?

こんにちは、サイドです。
普段は掌編などでお世話になっている者です。

質問についてですが、タイトルの通り「陰キャの成長は陽キャとなることなのか?」です。

今、応募を目指した学園ラブコメを書いており、物語としては、
「カースト最下位の陰キャ主人公が、トップスリーの陽キャヒロイン達と出会い、ある事件を経て成長する」
がテーマになっています。

最初に作ったプロットの最後は、
「殻に閉じこもりがちだった主人公が、ヒロイン達を大切にし、視野を広めて前向きになる」
でした。

しかし、執筆が終盤に差し掛かり、「陰キャが陽キャへ変化する(陰キャの記号を陽キャのそれへ入れ替える)=成長」ではないのでは? と思う様になりました。
「陰キャ」と「陽キャ」という言葉が使われるようになったのは、ここ数年のことだと思います。
ですが、少し古い小説やアニメを見ても、「内向的な少年が、成長して前向きになる」は存在するので、物語の形としては王道だと理解もしているつもりです。

ここでどうして主人公が陽キャの属性に近付くことに違和感を持ったのかというと、

〇上記した「ある事件」とその解決法が、ヒロイン達といることで広まった妬み、嫌がらせなどの悪い噂の原因を見つけ、対処、解決することに比重が置かれているから

だと、考えました。

もしも、それらの悪い噂にはっきりとした犯人(例 カースト十位の嫌味な優男など)が存在し、それを打ち負かし、成り上がっていく作風であれば、主人公の成長が陽キャへ近づくのは納得できると思います。
しかし、書いていくにつれて主人公の行動指針は「悪い噂の解明と対応、及び解決」だけであり、成り上がりには興味のない人物になっていきました。
結果、競争心のない人物像となり、ラノベらしくないのでは? と感じています。

そこで、最後に辿り着く二つの主人公像を考えてみて、その判断をお聞きしたいと思っています。

一 他と関連、比較させてみて、初めて自身の存在をとらえ、最下位という劣等感を克服しようとする、相対的な判断をする主人公 
(比較という性質を持つため、競争や成り上がりへの意識が強い)

二 他と関連、比較などはせず、出会いを経てカースト最下位という自身の存在をとらえ、劣等感を持っている自分も自分だとする、絶対的な判断をする主人公
(優劣の意識があまりない為、ありのまま気楽に構えていればいいやと割り切っている)

個人的には、僕自身の性格が「二」寄りなので、そちらの方が書きやすくしっくりきます。
繰り返しになりますが、物語に「カースト十位の嫌なやつ」(この場合、悪い噂を流した張本人)などの明確な「敵」が存在せず、交流を経た内面の成長に比重を置き、成り上がりの性質は少ない為、話の流れとしても「二」が納得できると感じています。

ですが、ラノベ的にはカーストというランクがあるのなら、ヒロイン達の助けを借りつつどんどん駆けあがって行く、「一」の様な性格になる方が王道のような気もしています。
また、先に挙げたような「絶対的な評価」の主人公像をラノベ業界であまり見た事がないので、自分の書きたいものを書いているだけで需要や王道を無視しているのでは? とも感じています。

この二つの主人公像や現在の需要、自分としては違和感があっても多くある王道へシフトする方がいいのか? に悩んでいるので、何か助言をいただければ幸いです。

上記の回答(陰キャの成長は陽キャとなることなのか?の返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

お久しぶりです!

多分、成長もののプロットの型で、主人公が後半で「葛藤(山場&盛り上がり)」するシーンがないために、違和感を覚えられたのではないかな?と思いました。

だから、「上記した「ある事件」とその解決法が、ヒロイン達といることで広まった妬み、嫌がらせなどの悪い噂の原因を見つけ、対処、解決することに比重が置かれている」ように現状では感じられたのではないでしょうか。

成長ものって、冒頭に主人公の置かれた状況が描かれていると思います。読者に分かりやすく、この人はこんな問題を抱えてますよって伝えるんですよね。<起>

次に何かイベントが起きて、主人公が何かをするわけです。<承>
でも、主人公は不安に思いつつも、ゴールに向かって行動して、いい感じに向かって行くわけです。

ところが、重大な事件が起こり、主人公は不安になります。俺はやっぱり駄目かもしれない。ピンチです。<転>

でも、やっぱり主人公の活躍により、問題は無事に解決。主人公自身、最初の問題を克服しています。<結>

この<転>の部分で、主人公の冒頭に関する葛藤シーンを入っていないために、話の趣旨が「ある事件を解決する物語」っぽくなってしまっているのではないかと個人的に思ったわけです。

犯人を打ち負かすシーンをシーンがあると、山場となるため、<転>の部分に該当します。
恐らく、スレ主様は、現在の山場不在の状況を薄々感じているために、<転>の部分に該当するシーンを持ってこようとして、現在悩まれているのではないかと思いました。

「殻に閉じこもりがちだった主人公が、ヒロイン達を大切にし、視野を広めて前向きになる」なら、主人公が抱えている問題は、なんでしょうか。
「他人に興味がない?」
「思いやりがない?」
「ネガティブ?」
「自信のなさ?」
こういう主人公だったら、<転>の部分で、主人公が積極的にかかわってしまったために、主人公が嫌な想いをするシーンを描き、もう二度と他人と関わるものかって、主人公を再び殻に閉じ込めさせます。でも、自分が行動しないと、問題が解決しない厳しい状況が起きて、主人公に葛藤させるわけです。ヒロインたちに色々と良くしてもらったのに、主人公はこのままでいいのかと感情がせめぎ合う訳です。
やっぱり行かないと後悔する。そう決意して、行動に移すわけです。
そうすれば、山場になるんじゃないのかなぁと思いました。

と、色々と書きましたが、全然的外れだったら申し訳ないです。
合わなければスルーしてくださいね!
ではでは、失礼しました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 陰キャの成長は陽キャとなることなのか?

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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