小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:おごと温泉の返信の返信の返信の返信の返信の返信

ゴーゴリも乱歩もそこまで読んでないです(;´∀`)。乱歩は自力で集めないと読めない環境なので財布と相談だし。

夢野久作と探偵安吾シリーズは読みかけていますけど、探偵安吾はどうにも性に合わずモヤっとしました。
 あと「まーやん」こと麻耶 雄嵩 の作品とかは【摩耶雄が出たぞ!!気をつけろ!!】とか叫びそうになります。
この人の不条理オチはドリフMAD【ドリフで人類滅亡】みたいな壮絶に理不尽なオチで爆散させてくるから。
 あと西尾維新もわりとそっち形だから初見の人ほどトラウマになりやすいですよね。

>>苦笑いしながら「時間と金返せ!」と言えるのが不条理オチ

【オディプス】のオチは「時間と金返せ!」とは思わないし、【クオリティーの低い不条理オチ】は単に【へぼ作家が、「俺の発想力すげだろーー!!」と、どや顔しながら繰り出すクソ落ち】と区別がつかないので、どうしても読忌避感。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よく書いている暴論ですが・・・・・
【自己顕示欲オバケなアマチュアが、「俺の発想力すげだろぉぉぉぉーー!!」と、どや顔しながら繰り出すクソみたいなオチ】の作品のほうが【絶対数】が多いから、見切りをつけちゃいますね。

ドラゴンクエスト・ユアストーリーも「このオチを描きたいから映画化の監督を引き受けた」と山崎貴監督も公言していて、狙って打った不条理オチで【こう】ですから。

同じ不条理オチに近いやつで賞を取りまくっている「カメラを止めるな!」はユアストーリーの脚本に【実写かアニメか】【ちょっと驚くくらい大量の伏線】くらいの差しかないです。

上記の回答(おごと温泉の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 読むせん : 1 投稿日時:

あと、なんか『問題を早めに提示するのは当たり前のことではないか? 』という議題が『脈絡のない不条理オチでもいいんじゃない?』に変わっちゃっているかも?

えっとね・・・・例題「真夏のおごと温泉物語」を、自分でオディプス王と同じような①②③④で書いてしまえる【あらすじ】として説明してみることは、できそうですか?

そして書き出した時、主人公が慌てている事は『問題定義』において、むしろ邪魔な要素になっていまいません?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もし冒頭で、「やあ諸君!!僕は主人公☆年齢26歳のナイスガイ。このたび就職に成功し、今日は新人研修のため、おごと温泉にある施設に向かっている最中だよ☆」とでも書いてくれていたら、内容の把握が早かったし、意味深な内容も挟みやすいし、読み取りやすかったと思う。

①思った位置に切符券売機がないとか(どこだよ!?)
②電車の本数が思った以上に少なく驚愕(まにあわない)
③(恥ずかしいから)駅員にあまり顔を見られたくないとか
④美人に見とれる(不真面目やろうww)
⑤アクセス検索すれば必要所要時間が分かるのに、主人公は別にそれを検索しなかったために遅刻した。(時間にルーズ)

①券売機の位置が昔と変わっていたことに戸惑い
②過疎により本数が減ってしまったことに時代を感じ動揺
③顔見知りの駅員に合ってしまう事を恐れる
④因縁の相手のような気がする・・・・もしかしたら彼女は・・・
⑤検索しなくともアクセス順路を覚えていた
という【単にドジな新入社員】と【因縁の地元に戻る破目になった男】の二重写しにすることができたと思う。

そういう二重写しが生きてこそ、クツヒモへの固執みたいなくだらない【かけがえのない日常の象徴】に固執する男という見立てを読者が勝手にすることができますね。

筆者の描きたい心情とか「しめきりやべぇwww」とかでいいんです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 問題を早めに提示するのは当たり前のことではないか?

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元記事:リンク先について

さて。
リンク先、読んできました。

まずドラマツルギーという言葉の意味については、私は劇作術でいいと思いますけどね。技術を軽視してはいけないと思います。

次に。
日本における文学や演劇の理解が浅いという話をしたいのなら、それは明治日本の近代化という問題ですよ。
近代って言ったって、それは西洋の近代なんですから。日本には日本の精神文化史があったところに、わりと強引に西洋流を持ち込もうとしたんです。19世紀ヨーロッパの芸術思潮はロマン主義全盛ですが、明治時代は19世紀も後半なのであっちではロマン主義はやや通俗的なんじゃないかとか言い出して自然主義が勃興。日本近代文学はそこらへんを移植したので、自然主義が至高と思われてやや極端な形でもてはやされた時期もあります。でもって日本独特の「私小説」がガラパゴス的に席巻していったんです。そりゃもうね、小説には0.1ミリも嘘を書いてはいけないという思想ですが、そんなことできるわけないじゃんという。

もどってヨーロッパ19世紀のロマン主義の本質は、ものすごく簡単に言い切れば「自我に目覚めよ」。これです。
18世紀の終わりころにフランス革命というのがあって、宗教もからんだ伝統的世界観が崩壊。個人の価値を尊重する思想がむちゃくちゃ重視されて、それが芸術や文学に強い影響を与えたんです。音楽なら革命から生まれたナポレオンを絶賛して英雄交響曲を作曲し、皇帝になったナポレオンを嫌悪して自曲の表紙を引き裂いたというベートーベン。ベートーベン自身は古典派と呼ばれますが、シューベルトやブラームスなどロマン派の巨匠たちがベト氏をめちゃくちゃ尊敬しています。
文学ならスタンダール・ドストエフスキーとか。ドストエフスキー『罪と罰』の主人公はナポレオンに憧れて殺人を犯し、神と個人の自我という問題に苦しむんですね。哲学者ニーチェは「神は死せり。されば我々は超人の出現を望む」と書きました。
19世紀の西洋人は神を殺してしまったのですが、神のいない世界では「自己責任」が重要になるんですね。そういう精神的葛藤の中で生み出された「近代文学」を、明治の日本人は蒸気機関とかと同じような感覚で「なんか分からないけど、すげえ」という感じで移植したんです。

次。演劇ね。

演劇が小説と違うのは、当たり前ですけど「劇場」という現実空間があることです。そこには役者がいて、観客もいます。脚本家の書くシナリオは小説にわりと近いものですが、劇場空間における役者と観客の一体感は独特なものです。つまりライブ感覚。今ならロック・コンサートなんかの方が近いかもしれません。
そういう意味では日本の能や歌舞伎だって同じだと思うんですね。能や歌舞伎にないものは、西洋流の「個人主義」。それと精緻をきわめる劇作術。
だから、ドラマツルギーは劇作術でいいと思うんですよ。それこそが日本の伝統にはなかったきわめて高度な技術です。

ゆえに。

ドラマツルギーを劇作術と解釈するのは理解が浅いという人は、理解が浅いんじゃないかと私なんかは思ったりします(笑

上記の回答(リンク先について、続き)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

リンク先の文章を簡単に要約すると、戯曲とは、

1)現実の事象の中から「入り組んだ対立」を拾い上げ、

2)それを戯曲という形式に落とし込むことによって「整理された対立」に変質させ、

3)その「整理された対立」を観客と共有することによって初めて完成する。

4)日本の作家がそのような外来の戯曲の形を取り入れることが困難だったのは、作者と観客のよって立つ現実のあり方が西洋のそれと異なっているため、劇作術だけを取り入れても内容が伴わなかったから。

私なりの理解でだいぶ意訳しましたが、こういうことだと思います。

で、言いたいことは分かるけど、いろいろ異論があります。

まず論者は「思想」と書いているのですが、上記の1~4はどう考えても思想ではありません。強いて言えば1における入り組んだ対立への着目と、2における整理の仕方が思想になるのだと思われます。1~4の全体については、それを含む「状況及びアプローチの方法」と捉える方が妥当ではないでしょうか?
ただ、一般用語として「設計思想」のようにコンセプトのことを思想と言い表す場合もあるんですね。論者がそのような思想という言葉の二つの用法を錯綜させているとまでは言いませんが、思想という言葉の定義をあいまいにしているために何を言いたいのかがぼやけてしまっているように思われます。

まあ、これは私流の解釈であって間違っていたら指摘してほしいのですが、要するに作品を通して作者と観客が「思想」を共有することが重要だと言っているのであって、素材をどう料理して共有を実現するかは方法論の話なのだから、ドラマツルギーという言葉そのものは劇作術と訳して何ら問題ないと思うんですよ。

また、ピラミッド型の五幕形式というのにも少し疑問があります。
まず日本の伝統的な方式としている「順々に事件を並べていく絵巻物的方法」との対比ですが、これは単に構成という概念の有無を言いているにすぎません。「中・近世の説話型の物語には仕掛けがないね」という程度の話であって、今時ストーリーに仕掛けを施すなんてラ研の参加者だって普通に考えていますよ。
それと五幕形式の内容説明にしても、あれだと真ん中あたりが盛り上がる構成になっているようで、純粋に思想を整理する方法としてはよいのかもしれませんが、少なくともエンタメ・ストーリーの構成としては適当ではないでしょう。

ちなにご存じかと思いますがハリウッド式の三幕構成は、真ん中に折り返し地点をおいて、前半に小さな山、後半に大きな山を作るのが基本的なストーリーのカーブ。そして前半の山を主人公の不完全な目的達成、後半の山を真の目的達成と位置付けるなど、ピラミッド型よりは複雑なプロットになっています。

論者は楽しませるだけのストーリーを否定し、戯曲は現実を変えなければダメだというようなことも言っていますから、創作に対する目的意識が根本的に異なるのかもしれませんが。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 問題を早めに提示するのは当たり前のことではないか?

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元記事:最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間

今回は自分(と作品)ではなく息抜きでの疑問です。
・進撃の巨人
・五等分の花嫁
・鬼滅の刃 あたりですね。気になるのは。
 様々なジャンルのノベル面が成熟したこともあり、異なる立場から直接的な欲の角がとれた結果、このように一種の異文化交流してんのかな? とか思っています。
 一番わかりやすいとこ考えると鬼滅の刃かなあ……①特に「鬼舞辻 無惨」「富岡 義勇」などのキャラ設定が乙女ゲーに一人はいそうなキャラ造形って感じです。
 自分の主観が中心となってこういった場ではあまり適さないかもしれませんが、特に無惨とか「ヒロイン一人を溺愛するために国の制度設定(組織論かな)すっとばす。けど作者には有能に書かれる(ただしヤンデレ)」キャラからヒロイン不在で派生したのをジョジョのラスボス風味で見たような感じ。これを、「頭無惨様だから」でまとめられんの本当にすごいと思います。個人が完璧すぎて組織が何か全く理解できないナルシスト。手足がむしろ邪魔系ドS(※パワハラ)貴公子。
……なんだっけ。テレビとかで天下人の嫁とかなんとか言ってたっけな。

 五等分の仕様も乙女ゲーに近いけど性差のイメージからかあまり批判されない感じ。(キャラがみんなかわいいのも理由……とも思う)。そういえば花嫁だれだろ……?
 進撃の巨人も、……最近のダークヒーローものの流れをついで増幅した感じではあるんですが……その。エレンという主人公がおこす行動が、不思議と飲み込みづらいというか……嫌いじゃないし、一貫してはいるんだけど本当にセウト手前を悟る諫山(作者)先生の綱渡り感がすごい。こういうのを才能っていうんだろうなぁ。
 ここでも時折話題になる「されど罪びとは竜と踊る」とは別ベクトルでグロの極みを目指そうとしている感じのような気がします。

 こういうのって、最初はプリキュア(→と大きなお友達)のように、ターゲットの共生できる方が売り上げが大きいとかいうのが最初かもしれないけど、次々垣根が壊されるのはうれしい反面、少し寂しいな、と思います。
 

上記の回答(最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間の返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答! 投稿日時:

んっと、サブカル内でジャンルの垣根を超えた作品(ないし垣根を飛び越えたキャラクターなど)が散見される、これをどう思うか。って感じの内容でしょうか。

だとすると、これは割と流行の節目節目でままあることです。
要するに、一つのジャンルの中だけで成熟してしまって、言ってしまえば鉄板王道テンプレの「流れ」しか作られなくなると、そういう節目に、まるで新しい風を呼び込むように他ジャンルの要素を取り入れたものが出始めます。
そして、その「他ジャンルを取り入れた作品郡」が成熟して鉄板構成が出来き王道だのテンプレだのと言われ始めると、また同じことが起こります。

言い方を変えると、「新しいものを作ろう」と考えたときの常套手段、とも言えます。
他にも「条件を真逆にする」とか「テーマはそのまま、ジャンルを変える」なんてのもよくあります。

おかげでジャンルの境界線があやふやになって、昨今があります。
大昔は「異世界ファンタジー」なら本当に「剣と魔法の冒険物語」であって、主人公とヒロインの関係こそあれ、そんなラブコメみたいな恋愛要素なんてなかった。
これは私見ですが、現代によくある「お約束な恋愛要素」な面はアダルトゲームなどゲーム業界の色で、その影響だろうと思います。
ゲーム業界でも、それまでのエロ重視や恋愛シミュに特化したものではなくシナリオ重視でエンターテイメント性を出してきた時期がありまして、
と、同時期にラノベ業界でもコミカルな恋愛……というかヒロイン重視になってきた時期がありまして。
この頃のラノベとエロゲは、ぶっちゃけ「媒介が違う」というだけで内容はほぼ変わらないって感じでした。

まあ、身も蓋もないことを言うと、読者って大部分が「自分が好きなジャンル」しか読まないので、男性向けの冒険活劇に乙女ゲームのようなキャラを入れると、乙女ゲームを知らない読者は「こんなキャラいままで見たこと無い」となるので、新しく見えるわけですね。
例えば「乙女ゲームの登場人物に転生しました」系のはそういう発想でウケてるんじゃないでしょうか。
乙女ゲームと言うと男性キャラに目が行きますが、主人公たる女性キャラも一般層にぶちこむと相当新しいです。
ただまあ、単にぶちこめばいいだけではなくてベースになってる一般向けの下地に馴染ませなきゃイカンので、言うほど簡単ではないですが。

ともかく、私としてはエンタメ小説がより良くより面白くなるための進化の過程の一つだと思うので、こうした進化は個人的には歓迎しています。
……正直言うと「鬼滅の刃」はキャラも展開も割と王道な少年漫画だと思いますが、見る角度が違うとそういう受け取り方もできるのか、と少し新鮮な意見だと感じました。

ただ、ターゲットの共生とかって思考はないと思うし、垣根を壊してるわけでもないと思う。
単純に「一般ラノベ(男性向け)のノリで乙女ゲームの世界観を書いたら面白いんじゃないか」とか、そういう発想でしょう。
垣根を壊してるわけじゃなく、垣根を飛び越えて一時的に借りてるだけ。まあ、その「一時的」の間は非常にジャンルの垣根が曖昧になることもありますが。

カテゴリー : その他 スレッド: 最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間

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元記事:ギャラリーが更新されました!!

ギャラリーはこちら
http://mitiru.iinaa.net/

ギャラリーが更新され、冬企画仕様となりました。
どうぞご覧ください!!

上記の回答(感想投稿期間のリハーサル中です!)

スレ主 ミチル : 0 投稿日時:

企画投稿室はこちら!
https://boutnovelers.stars.ne.jp/rakekikaku/list_novels.php?key=K2019W

おはようございます、冬企画主催のミチルです。
お忙しい中で三題噺にご参加してくださった方、力作ありがとうございます!!
皆さまはどうぞご覧ください。

冬企画の感想投稿期間のリハーサルは、
12/9〜12/14に行われています。
よろしくお願いします!

カテゴリー : その他 スレッド: 冬企画開催です!!

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元記事:最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間

今回は自分(と作品)ではなく息抜きでの疑問です。
・進撃の巨人
・五等分の花嫁
・鬼滅の刃 あたりですね。気になるのは。
 様々なジャンルのノベル面が成熟したこともあり、異なる立場から直接的な欲の角がとれた結果、このように一種の異文化交流してんのかな? とか思っています。
 一番わかりやすいとこ考えると鬼滅の刃かなあ……①特に「鬼舞辻 無惨」「富岡 義勇」などのキャラ設定が乙女ゲーに一人はいそうなキャラ造形って感じです。
 自分の主観が中心となってこういった場ではあまり適さないかもしれませんが、特に無惨とか「ヒロイン一人を溺愛するために国の制度設定(組織論かな)すっとばす。けど作者には有能に書かれる(ただしヤンデレ)」キャラからヒロイン不在で派生したのをジョジョのラスボス風味で見たような感じ。これを、「頭無惨様だから」でまとめられんの本当にすごいと思います。個人が完璧すぎて組織が何か全く理解できないナルシスト。手足がむしろ邪魔系ドS(※パワハラ)貴公子。
……なんだっけ。テレビとかで天下人の嫁とかなんとか言ってたっけな。

 五等分の仕様も乙女ゲーに近いけど性差のイメージからかあまり批判されない感じ。(キャラがみんなかわいいのも理由……とも思う)。そういえば花嫁だれだろ……?
 進撃の巨人も、……最近のダークヒーローものの流れをついで増幅した感じではあるんですが……その。エレンという主人公がおこす行動が、不思議と飲み込みづらいというか……嫌いじゃないし、一貫してはいるんだけど本当にセウト手前を悟る諫山(作者)先生の綱渡り感がすごい。こういうのを才能っていうんだろうなぁ。
 ここでも時折話題になる「されど罪びとは竜と踊る」とは別ベクトルでグロの極みを目指そうとしている感じのような気がします。

 こういうのって、最初はプリキュア(→と大きなお友達)のように、ターゲットの共生できる方が売り上げが大きいとかいうのが最初かもしれないけど、次々垣根が壊されるのはうれしい反面、少し寂しいな、と思います。
 

上記の回答(最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間の返信)

投稿者 読むせん : 0 投稿日時:

それは誤解だよコバヤシくん(笑)

 私の兄は、私が友達と回し読みしていた『なかよし』『りぼん』『花とゆめ』『ララ』をバリバリに読んでいましたよ。
私も兄の友達間で回していた『ボンボン』『ジャンプ』『サンデー』『チャンピオン』『マガジン』を読ませてもらっていた。

兄に土下座で頼まれて『MとNの肖像』と『こどものおもちゃ』は私が代理購入した。購入資金は色を付けてくれた(笑)。

 姉妹や兄弟はそういうの無かったようですが、異性の兄弟もっている家庭ではチャンポン読みは基本だし、異性雑誌の感性の方がクリーンにむねに刺さる事も多々あったよ。

私が仲良くなれた友人のほとんどが兄弟がいる女の子で、そういう子って女性誌オンリーで育った子より感性が小年誌の影響をうけているんです。

カテゴリー : その他 スレッド: 最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間

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元記事:キャラクターが先?ストーリーが先?

最近、面白そうだと思って長編の小説を構想し始めた創作初心者ですがストーリーを考え進めるのが先か、キャラクターを考え進めるのが先かで困惑しています。
ストーリーを考えようとするとどうしても行き詰まり、キャラクターを考えようとすると無駄にたくさん増えてしまいます。
結果、現在構想中の小説はどちらも中途半端な感じで止まっています。
まず初心者なのに長編を書こうとしているのが間違いなのかもしれませんが、指導お願いします。

上記の回答(キャラクターが先?ストーリーが先?の返信)

投稿者 t : 1

創作初心者さんなら難しいことは考えずに気楽に書く方がいいと思います。長編書いたら新人賞に記念応募してみるくらいで……。

どちらも中途半端な感じで止まっています。
なぜ中途半端に感じるのかをもっと明らかにしてください。ストーリーを考え進めるのが先か、キャラクターを考え進めるのが先かについて、私はこれまで考えたことがありません……。
どちらからでもゴールにたどり着けるなら、どちらか片方に決める必要ないじゃないですか。
両方からゴールを目指そうでいいんです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: キャラクターが先?ストーリーが先?

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投稿日時:

元記事:小説が書けません続

プロになりたいわけではありません。好きなものをなかなか見たことがないもどかしさにより、自分で生み出したいので小説を執筆したいのです。
しかし本編を一文字も書けず、設定もふわっとしたものだけ。
私は小説をろくに読まないのですが、小説を読めばいつかは改善できるでしょうか?活字が苦手で読んでません。
質問になっていなかったらすみません(二回目)。とても深刻に悩んでいます。

上記の回答(小説が書けません続の返信)

投稿者 karigari : 1

参考になるかどうかわからんが、自分が同じ感じで悩んでた時の話をする。
しかしまず結論から言えば、字面は大事だ。

具体的にこれから自分の過去の話をするけど、俺も一文字も書けねぇって悩んでた時、適当に「うんこ」とかキーボードで打ってみたりする(開けっぴろげにこういうこと言う人は普通いないけど、けっこうこういう体験がある人は多いんじゃないかと思う)。
でもそれでなんもならなくて虚無感に襲われたりするが、大事なのはこうやってなんとなく書いてみることだと思う。
簡単な話、ちゃんとかっこいい主人公の名前考えて、それをキーボードで打ってみると、なんとなく見えてくる。重要なのは、名前だけじゃなくて、勇気出してもうちょっと書いてみることだ。
例えば「ウィルスミス」と書いてあきらめるんじゃなくて、「ウィルスミスは銃を手にとった」まで書いたらなんとなくクルものがある。でもそれだけじゃ受け手がまだわからないから、自分の連想に従ってちゃんとした舞台の名前を書く。今回は固有名ではないが、

近未来を想定した場合、
2035年アメリカ。ウィルスミスが、銃を手にとった。

現代なら
マイアミ某所、ウィルスミスが、銃を手にとった。

前者なら映画アイロボット、後者ならバッドボーイズ的な世界が作れる感じがくる。(まだまだ膨らませないとだめだが)
映画ならビジュアルで表現するだろうが、小説は言葉の世界だから、しっかりいい感じの言葉を考えたり作ったりして、それを書いてそっから連想を広げていくのが大事だ。
頭の中のイメージだけでは小説を書くのは辛い。ちゃんと現実に即して「ワード」を刻んでいくことが大事だ。なぜなら小説は言語による表現だからだ。

慣れると意外と簡単な感じだが、やっぱり世界観ごとに語彙が必要になるし、大変なことも多いかもしれない。
しかし、続ければ経験値が溜まってくるし、そうなったら結構ハマれる。

という自分の経験談だが、最後まで読んでくれてありがとう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説が書けません続

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投稿日時:

元記事:意外性とテンプレのどちらを取るか

拙作の一番最初のエピソードで検討している展開の、ラノベという媒体的な面での是非について悩んでいます。

この第一話においては「普通の男子高校生」の一人称視点から始まり、謎の転校生と、その前後彼の学校で起きている連続殺人、及びその犯人である怪人の目撃情報について触れます。

オチに関しましては、端的に言えばこの現主人公は所謂「信頼できない語り手」であり、犯人である怪人の正体は彼でした。
メタ的にも正体が発覚した後は、真の主役である件の転校生にあっさり退治され、視点もそれからは転校生の方になります。
どうでもいい話ですがこの旧主役の変貌する怪人は「蜘蛛みたい」と描写し、スパイダーマンと見せかけてショッカーの蜘蛛男という意味合いも込めた物です。

近々アニメ化される某漫画作品で見た手法を拙作にも取り入れてみたいという考えから採用した一方、一度読者に自分と同一視してもらった主役を突然突き放して退場させる事は、漫画でするのとは訳が違うのではないかと思った所です。
読者が離れてしまわないか心配です。

上記の回答(意外性とテンプレのどちらを取るかの返信)

投稿者 s.s : 1

質問は展開について。視点主が犯人だった展開と、その他、普通のミステリー的展開のどちらにするかで悩んでいる。でよろしいでしょうか?
恐縮ながら、私見を述べさせていただきます。
まず、視点主が犯人だった展開は、とても意外性に富んだものですが、その意外性は読者にとっては、いい裏切りか、はたまた、ただの裏切りになるかは分かりません。
と言うのも、いい裏切りになるかどうかは、伏線を張り巡らせたり、秘密(視点主が犯人だった)が明かされるまでの物語の没入感などが起因すると思われます。
故に、展開自体は問題ないと思いますが、その展開が読者にとって納得のいくいい裏切りになるかは、地の文やら構成やらで決まるので、この質問について絶対的な答えはありません。まぁ、前者の普通にミステリーする方が無難で良いかと私は思います。そちらの方が簡単ですし。
また、物語が長編なら前者、物語が短編か、掌握なら意外性の後者を取るべきだと私は思います。
おっしゃられたとおり、主人公だと思っていた人物は実は噛ませ役で、死亡するというのは、読者にとって離れてしまう要因の一つになり得るかもしれないので、もし、どうしても叙述トリック的、視点主犯人だった展開をしたいのなら、読者がスッキリするよう、相当な手腕が必要とされます。
また、ラノベの観点から見ても、主人公はただの一般人だと信じていたピュアな読者が悪い意味で裏切られたと感じ取り、憤って読むのをやめてしまう、なんて可能性もなきにしもあらずであるかもなので、まぁ、冒険はせずに定石通りやるべきだと私は思いました。
それと、どうでもいい話の件なのですが、正直意味が分かりません、スパイダーマン的なヒーローと思わせておいて、実は悪の怪人だったと言うことでしょうか?でも、どっちにしろ人殺しなんですから、そこで印象操作しても、無意味だと思います。
 こういうことでしょうか?視点主は連続殺人犯であり、なおかつ、自分のことをアメコミヒーローだと思っている精神異常者だと言うことの暗喩。
というか、犯人である視点主はどうやって、己を俯瞰したのでしょうか?鏡に写ったのでしょうか?
話が大いにズレましたが、まとめますと、自分の力量に自信があるなら、視点主が犯人だった展開でもいいかと思いますが、私的には普通に書いた方が簡単で面白いと思います。
深夜テンションで失礼しました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 意外性とテンプレのどちらを取るか

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