小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:特殊能力を使う物語の能力名についての返信

結論から申せば、文章作品では作中の特徴的な能力や技には技名を付けておくべきです。付けない場合を考えてみると分かりやすいかもしれません。例えば、

「俺は両手を握って肩の高さに構え、左足を半歩踏み出しつつ、右腕を伸ばして相手の顎に拳を叩きつけた。」

というのは、右ストレート(パンチ)ですよね。あるいは、空手の右上段正拳突き。技名がなかったら、いちいち動作を説明しないといけなくなります。読者としたら、無駄に長く読まされることになるし、右ストレートかどうか、注意深く読む必要も出てしまいます。

1.既知のものには名前はついているもの

特殊能力といっても、複数種類あって、その世界で知られていれば、必ず分類されるものです。当然、命名もされます。現実にはあるかどうか疑わしい能力も名前は付いてますよね。念動力、ESP、透視、千里眼等々です。

修行が伴うものだと、修行する人に必要になるので名前が付きます。密教では、毘盧遮那仏の真言は特に光明真言と呼ばれたりする。頭を良くする一連の修行手順には求聞持(聡明)法という名前があります。

武道でも、機能的な分類と命名が為されていますよね。空手なら攻撃場所の上段・中段・下段と攻撃方法の突き、前蹴り、回し蹴り等々を組み合わせ、例えば「中段回し蹴り」でどういう攻撃か分かります。

もっとも、空手の試合の攻防で、いちいち技名は言いません。言うとしたら実況中継くらいでしょうか。それに準じたものとしては、観戦者同士で話しているときとか。しかし、対戦者同士で技名を叫ぶことは決してない(剣道は例外かもしれないけれど、真剣の実戦では言わない)。

2.現実での技名/能力名の用法

ですので、現実においては、

・既知の技(能力)に名はある(分類、理解のため)。
・技(能力)行使時に技名(能力名)は言わない。

となるように思います。これがフィクションではどう表現されるかですね。現実でありながらフィクションに近い状況はTVでのスポーツ観戦でしょうか。アナウンサーが実況中継し、解説者が補足します。彼らから技名を含めた言葉で状況が説明されます。そうしないと、詳しくない視聴者は状況が分かりませんから。

3.フィクションの場合

純然たるフィクションですと、作中のキャラが使うのが現実にある有名格闘技などでない限り、読者には分かりません。作者が考え出したものは、作者しか知らないわけですんで。それでも、例えば「北斗の拳」ですと、主人公ケンシロウのパンチ→敵が破裂、みたいな流れを絵で見せますんで、1シーンだけで考えると、技名は必ずしも必要とは限りません。

ですが、同じ技が繰り返し使われる可能性があるわけですよね。あるいは、似ているが別の技も出てくる。そうなると、読者(視聴者)にどの動作が何の技か、知らせておく必要が出てきます。何の技か言わない場合は、単に殴ったりけったりしただけで、北斗神拳の効果はないと分かったりもします。

ですので、フィクションにおいては、

・作中の技(能力)には、現実で行われているように、名を付ける。
・技(能力)の行使では、その技名(能力名)で読者に知らせる。

となるように思います。

4.文章作品の場合

特に絵を見せられない文章作品では大事になってきます。もし技名/能力名を言わないとしたら、上記の右ストレートの例のように、動作や状況の描写でキャラが何をしたかを読者に知らせるしかありません。

繰り返しますが、それを絵で見せられない。言葉の説明でイメージしてもらうしかない。一度目は技名/能力名があっても、動作や状況の描写は必要です。しかし二度目以降であれば、名前を出すことで大幅に文章量を減らせます。

これにより、読者の負担は下がります。言葉は記号でしかありません。その記号を手掛かりに、絵や音、動き等をイメージ再生するのは読者です。作者は既知のものは既知のものとして簡潔に表現し、読者に既知か未知かを長文で追わせて判別させてはなりません。

しかも、例えば異なる名前なら実体も異なると即座に理解してもらえます。似ている名前なら、異なるが同系統と思ってももらえます。裏を返せば、そうなるように名前を工夫するということになります。

たとえ「現実的にはいちいち技名/能力名言うのは不自然だろ」と思えても、言葉で伝える以上、名前という記号は読者の利便のため、有効に使うべきです。

5.例外もある

もちろんですが、技/能力に名前を付けなくても、すらすら読めてすらすら分かるように書けるのでしたら、名前なしでも構わないでしょう。さらに、名前がないほうが分かりやすいように書けるなら、積極的に名前を排すべきでしょう。

技/能力がシンプルな場合も、特別な名はなくていいでしょう。例えば、口から火を吐くだけに終始する場合、特に特徴的な命名が必要とは思えません。単に殴ったり蹴ったりする動作も同様です。広く知られている技も似ていまして、回し蹴りにわざわざ別名を付ける必要性はなく、例えば「スピニング鉈斬り」なんて命名したら理解を妨げます。

言い換えれば、作品独自の特徴的な能力/技についてのみ、分かりやすい命名が必要とされるだけであって、他は要らないわけです。オリジナルな名前てんこ盛りみたいなことになりますと、読者の負担となり、覚えられず、そのため分かりにくくもなってしまいます。

上記の回答(特殊能力を使う物語の能力名についての返信の返信)

スレ主 メイズマン : 0 投稿日時:

アドバイスいただき、誠にありがとうございます。
小説の設定の参考とさせていただきます。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 特殊能力を使う物語の能力名について

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元記事:特殊能力を使う物語の能力名について

 私は今、怪物と特殊な能力で戦う話を書こうとしています。
しかし特殊能力を使う登場人物の全員の特殊能力に名前があるしっくりくる理由が思いつきません。
元々、そういう特殊能力に名前があるとかは避けたいと考えています。
(例:スタータスで見たら名前ついてるとか)
こんな私にどなたかアドバイスを下さいませんでしょうか?
何卒よろしくお願い申し上げます。

上記の回答(特殊能力を使う物語の能力名についての返信)

投稿者 たまねぎくん : 0 投稿日時:

チェスで人間がAIに敗北しました。
AIという言葉すら一般的でなかった時代ですが、
コンピュータ独特の「手」というのがありました。違和感が非常に大きいけど、(先を)読むとそんなに悪くない手ですね。
(ただし、今のコンピュータのように手が100点満点なのではなく、常識がないので変な動かし方をするという意味です。)
それには「コンピュータームーブ」という名前が付けられました。
日本人なら「神の手」なんて名前にしたかもしれませんね。

名前というのは自然につくものだと思います。
なので、技の特徴を捉えた名前にすればいいと思います。

あるいは「必ず何かの名前を使う」という決まりがいつからかできているとか。

山手線 近鉄 阪急 ゆりかもめ とかですか?

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 特殊能力を使う物語の能力名について

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元記事:現代日本での長編の書き方

創作掲示板ではお久しぶりです。如月千怜と申します。
長らくこの掲示板では書き込みをしていませんでしたが、今回は久しぶりに今まで掲載したスレッドとは全く関連性がないスレッドを立てさせていただきます。

最近短編を多くこなす中で思い始めたことなのですが、私は現代日本を舞台にした作品を作るのが苦手です。
厳密に言うとプロットを組み上げるのが苦手です。一応一度プロットを作れば書き上げることができます。
ただ、そのスト―リーがどうやっても思いつかないのですよね……特に長編規模を前提にすると面白い話を書くことができません。
それでも長編を作ろうと思って頑張ってプロット案を考えてみたのですがミリタリーものか現代ホラーしか思いつかなかったです……
ちなみにこれは私が見ている商業作品が偏っているのが原因です。
私の好きな作品にも現代日本を舞台にした作品は多くあるのですが、そのどれもが現代日本の原型を破壊したSFものばかりです。
例を出すとフルメタルパニック、ガールズアンドパンツァー、エルフェンリート、極黒のブリュンヒルデ……真似しようと思ったらどれも世界観設定の横着ができない作品ばかりです(そもそもプロの作品を真似することを前提にしているのもどうかと思いますが……)日常ものの資料は極めて希少になっています。
もし現代日本を舞台にした長編を書いている方がいれば、アドバイスをして下さらないでしょうか……

追記

ちなみに私が無理矢理苦手科目に挑戦しようとしている理由は、先日立てたスレッドで「あんたは異世界ファンタジーに向いてない」と言外に言われたからです。
それで何が向いているのかを試行錯誤しているのですが、見事に詰まっています……

上記の回答(現代日本での長編の書き方の返信)

投稿者 たまねぎくん : 0 投稿日時:

何が一番書きたいかですよね。

私が書いた長編は、マージャンの話です。
まず主人公がそそのかされてマージャンに触れる
→学校に合格して通い始める
→読書をして社会文化を勉強する「社会文化研究部」に入る
→実は日本中から賭け事で儲けを巻き上げるとんでもない部活であった
→しかもそれも手段に過ぎない。マージャンの強い人間を日本中から集めた部活である
→役満連発は当たり前
→主人公、勝つ

という話ですが、書きたいのは「役満連発は当たり前」の箇所だけでした。
そこまでの話は前フリです。

何が書きたいか、まず考えるべきですね。

例えばこういう話もありえますね。
主人公、誰かにモテたい(男)
→会社で頑張る
→インフルエンザで死にそうになる
→ありとあらゆる厄介事が降りかかるが、「彼女」のために我慢する
→意中の誰か、すでに彼氏がいる
→主人公、振られる

これなら「ありとあらゆる厄介事が降りかかるが、「彼女」のために我慢する」
の部分が面白いのは明白です。結論は彼女に好かれても振られてもどちらでも良いのです。代りの誰かが登場して続編にいってもいいですし、呪われていることにしてもいいですね。なんでも成立します。

何かしらの物語の核がないと、物語は成立しません。
考えさせる内容、とにかく馬鹿な内容、何でもいいのです。

そんなに気負う必要はないですよ。考えて思いついてから書きましょう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 現代日本での長編の書き方

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元記事:主人公と敬語

主人公の言葉遣いについてお聞きします。
現実にはあまり親しくない相手に対して、相手が小さい子供でもない限り敬語で話しかけるのが普通だと思います。しかし、主人公(年齢は十代半ば、男)が異世界にトリップする話を書いていて、どうも主人公にトリップした先の世界で出会った人物ほぼ全員に敬語を使わせると何か違うような気がしてしまいました。
「一見大人しそうだが皮肉屋で毒舌な一面がある主人公のキャラにしっくりこないため」「主要な登場人物とのやり取りをよそよそしい雰囲気にしたくないため」といった理由かもしれません。
そこで
・その世界で最初に出会って友人になった人物とほぼ同格と思われる相手に対してはタメ口、呼び捨て
・ただしその人物より明らかに格上の相手には丁寧な言葉遣い、強面で威圧感のある相手に気圧された時も若干言葉遣いが丁寧になる
・全く無作法なわけではなく、初対面の相手への挨拶、自己紹介はきちんとする
そういう主人公だということにしました。
しかしそれはそれで、同世代ならともかく明らかに大人のキャラクター相手にタメ口で名前も呼び捨てにするのはおかしいだろう、とモヤモヤします。敬語が使えないラノベの主人公はおかしい、いや、口調もキャラクターを表す記号のうちだから言葉遣いを変えるとキャラがブレる、というネット上の議論も見かけ、迷っています。
主人公の言葉遣い、皆さんはどうされているでしょうか?

上記の回答(主人公と敬語の返信)

投稿者 たまねぎくん : 0 投稿日時:

敬語って日本人が特にうるさいですけど、外国人は気にしないですよね。
例えば私が現実で経験した話ですが、帰ろうとした人に
「お帰りになりますか?」
と訊いたら、
「お帰りになります!」
(帰ります、か、帰宅いたします、でないといけない)
と言って全く気がついていない人もいました。

なので、無理に敬語を使わせるのはアメリカでは
"lame"(ダサい)
ことになりかねません。この概念は日本人には難しく、
How are you? はダサくて
What's up? はダサくないなど、細かい決まりがあります。
なので、初めだけ敬語、後はタメ口で十分です。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公と敬語

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元記事:主人公と敬語

主人公の言葉遣いについてお聞きします。
現実にはあまり親しくない相手に対して、相手が小さい子供でもない限り敬語で話しかけるのが普通だと思います。しかし、主人公(年齢は十代半ば、男)が異世界にトリップする話を書いていて、どうも主人公にトリップした先の世界で出会った人物ほぼ全員に敬語を使わせると何か違うような気がしてしまいました。
「一見大人しそうだが皮肉屋で毒舌な一面がある主人公のキャラにしっくりこないため」「主要な登場人物とのやり取りをよそよそしい雰囲気にしたくないため」といった理由かもしれません。
そこで
・その世界で最初に出会って友人になった人物とほぼ同格と思われる相手に対してはタメ口、呼び捨て
・ただしその人物より明らかに格上の相手には丁寧な言葉遣い、強面で威圧感のある相手に気圧された時も若干言葉遣いが丁寧になる
・全く無作法なわけではなく、初対面の相手への挨拶、自己紹介はきちんとする
そういう主人公だということにしました。
しかしそれはそれで、同世代ならともかく明らかに大人のキャラクター相手にタメ口で名前も呼び捨てにするのはおかしいだろう、とモヤモヤします。敬語が使えないラノベの主人公はおかしい、いや、口調もキャラクターを表す記号のうちだから言葉遣いを変えるとキャラがブレる、というネット上の議論も見かけ、迷っています。
主人公の言葉遣い、皆さんはどうされているでしょうか?

上記の回答(主人公と敬語の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

>しかしそれはそれで、同世代ならともかく明らかに大人のキャラクター相手にタメ口で名前も呼び捨てにするのはおかしいだろう、とモヤモヤします。

そうでしょうか?

例えば麦わらのルフィが異世界に飛び込んだとして、出会った相手が年上だろうと強そうだろうと、どこかの王様だろうと敬語を使っている様子をイメージできますか?
たぶんできないと思います。それが「キャラクター」というものです。

逆に。
コメディ・タッチのアニメとかを観ていると、たまに妙に堅苦しくて出会った全員に敬語を使うようなキャラとか見かけますよね? 別に強い者に媚びるような性格ではなく、育ちがよくて世間ずれしてないお坊ちゃんかなんかで、大袈裟な感じに敬語を使ったりするとか。それが滑稽だと自分で気がついていない様子が笑えたりします。
そういうのも「キャラクター」です。

リアルでは年下や初対面の人間がタメ口で話しかけると怒る人もいますから、無用なトラブルを避けるために距離感を測れない相手には敬語を使っておいた方が無難です。しかし、現実の世の中のそんな常識を創作の中にまで持ち込む必要はありません。
むしろ多少行儀が悪くて周囲から顰蹙をかうくらいのキャラの方が面白いじゃないですか。そういうキャラでも悪意がなくてカラッとしていることが伝われば、読者はそんなに嫌いにならないものです。

>・ただしその人物より明らかに格上の相手には丁寧な言葉遣い、強面で威圧感のある相手に気圧された時も若干言葉遣いが丁寧になる
>・全く無作法なわけではなく、初対面の相手への挨拶、自己紹介はきちんとする
そういう主人公だということにしました。

そいういう主人公にしたのなら、そのように振舞わせればいいだけです。
あるいは主人公を無作法な性格にしたければ、それでも一向にかまわないわけで。しかし、無作法な主人公と決めたのに無作法に振舞わなかったら、そっちの方がよっぽどまずいでしょう?

一旦キャラの性格を決めたら、「こいつは、こういう場面ではどんな行動をとるだろう?」「こんな相手にはどんな喋り方をするだろう?」と考えて、それだけを基準に行動させないといけません。
そういうところに「年上にタメ口を使ったらまずいだろ?」というような作者自身の現実世界への遠慮をまぜてしまったら、間違いなくストーリーがおかしなことになってしまいますよ。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公と敬語

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元記事:「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?

前に他の作家さんの文章力が高すぎて嫉妬する、
という相談をネット上(ここではなく)でしたところ、
「気にしなくていいよ、別に物書きの道は競争じゃないんだから」
と言われたことがあるんですけど、
競争ですよね?物書きの道って。

「物書きの道は競争じゃない」が真実だったら
新人賞でデビューをかけて何千人も応募して審査されて競ったりしないはずだし、
デビューしてからも生き残りをかけて売り上げを競ったりしないじゃないですか。
そもそもアマチュア作家の集まる小説投稿サイトからして、
作家たちはランキングで競争してますし。

それなりに実績のあるライターさんの発言だったので、
理解の足りない素人の発言として見過ごすこともできなかったのですが、
結局「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんでしょうか?
純度100%の真実ではないことは確実だと思いますが。

あと「プロの作家も最初は下手だった」も純度100%真実、ではないですよね?
本当にそうならなんでデビュー作でいきなりアニメ化する作家がいるんだという話ですし。
最初から上手いじゃないですかあの人たち

上記の回答(「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?の返信)

投稿者 あざらし : 2

そもそも”競争”というのは、他者と優劣を競うことです。
この一点に関して創作は競争ではないというのは、業種が違うので80%ぐらいとしますが真実です。
クリエイティブ系の職種に競争とか優劣って、あんまり関係ありません。強いていえば血気盛んな若輩時代に多少あるぐらいでしょうか。

人間は個々人が『興味のフィルター』を持っていると考えてみてください。
本が大好きで好奇心旺盛な人ほど”目の細かいフィルター”を持っていて、様々なジャンルの本をフィルターで引っかけます。
一方で全く本を読まない人は、フィルターと言うよりザル。流れてくる情報は引っかからずにどんどん素通りしていきます。

世が出版不況と呼ばれて久しいですが、これをフィルターに例えると『一般的にフィルターの目が粗くなっている』ということです。
米粒大じゃあフィルターに引っかからずに流されていくけれども、小豆大なら引っかかる人もいる、ということです。

米粒がいくら優劣を競ったところで意味はありません。
どうしたって米粒はフィルターに引っかからずに流れていくわけで、つまりは『読まれない』という事実です。
おまけに読者によってフィルターの目が違いますから、小豆大よりずっと大きくジャガイモサイズになる方がより多数に読まれるという意味で良いわけです。

はい。
米粒大の存在がジャガイモサイズになるか否か、これは本人次第です。
冒頭で書きました80%ぐらいの、残り20%がこれ。
大きくなるため、昨日の自分との競い合いです。
他者が介在する余地なんてなく、そんなヒマなことやってる場合じゃありません。

新人賞というのも同じ。
一次選考という目の細かいフィルターが、二次・三次と進むにつれてフィルターの目が荒くなっていく。要するに”世間のフィルター”に近づいていきます。
ラノベはあんまり聞きませんが、一般文芸だと『該当作なし』というのも珍しくありませんよね。
該当作なしというのは「残念! 今回はジャガイモがいなかった。どいつもこいつも小豆ばっか」ということです。

同時に、賞レースに引っかからずともフィルターに引っかかるというのもありますね。
『なんかコイツ、小ぶりだけどフィルターに引っかかる』パターン。
小さくつるんと丸くまとまっているのではなく、小ぶりでもウニみたいにトゲが引っかかって、すんなりとフィルターを通り抜けない。
ウニに限らず、ナマコでも、イカでも良いんですが、とにかく他者とは明確に異なる形状、個性を持っているとジャガイモほどのサイズがなくとも目にとまるものです。

これと似ていますが【プロの作家も最初は下手だった】というのは、下手は下手なりに『いずれ世に出る』という可能性でしょう。
最も大きく左右されるのはセンス。
センスについては、当人の職種とは異なる部分で磨かれていくものです。
デザイナーが他人のやったデザインでセンスを磨くなんてことをやっているうちは、間違いなく三流の作品しか作れません。
まったく違う業種に親しみ磨くのがセンスです。

出版社からすれば、デビューさせる時点で最低限「読むことができる」というレベルに持って行く必要があるでしょうし、そのレベルに達していないうちは書き直しがあるでしょう。
技術的なことは回数をこなせば誰だって身につきますから、その時点で著者本人にすれば『全くの最初』ではないはず。
デビュー作=全く最初の作品、というのは読者の錯誤だと思いますよ。

最後になりますが、ここからは全くの余談。
ちょっと関係する話ですのであえて書きますが、クリエイターが同業種他者の素晴らしい作品を観て『悔しい!』って思うのは普通です。
これが競争でないというのは、悔しいと思う全て自分の内側に向かってくるからです。他者との比較じゃないんですね。

こういう職種は、たぶん結構あると思いますよ。
例えば、飲食店だって『よその店と比較して、うちの店はどうか?』なんて熱心に追求しても仕方ないでしょ?
少なくとも私はそんな店より、他店との比較ではなく、自店が提供できる料理を美味しくすることを熱心に追求する店を信用しますし、行きたいです。

競争、比較というものに思考が向いてしまうのは、有り体にいえば学校教育の副作用かと思います。
高校までの学校教育、教育機関によっては大学も含めて、優れたプロレタリアートを作り上げるシステムにもなっていますから仕方ありません。
これは決して悪いことじゃありません。
多くの親御さんの人生での価値観が、安定した大きな会社という、俗にいう一流企業で賃金労働者階級になること、あわよくば役員になってくれればですから、教育システムもそれに併せられています。
枝葉を除いてひとことでいえば”競争社会”ですから、大義名分として『みんな平等』という価値観が加えられていますが、実質は学校教育そのものが競争です。
代表格が100点満点から減点方式での評価という、実にプロレタリアート的な手法ですね。

一方でクリエイティブ系の評価の本質は、0点からの加点方式です。
要するに200点でも300点でもありえるが、しかしマイナス加点もありえます。
プロレタリアートにとって下手すれば邪魔になりかねない、他者とは異なる唯一無二の売りどころこそが生き残る手段です。
学校教育で培った思考のベクトルからして変化させるほうが、余計な雑音が減り、真摯に向き合えるのではないかと思います。
ではでは執筆頑張ってください。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 「創作は競争ではない」はどこまでが真実でどこからが嘘なんですか?

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投稿日時:

元記事:メインヒロインの許容範囲についての補足4

唐突に思いついたんですけど、またまたすみません。
メインヒロインが周りをクズ扱いするのをやめさせることは可能でした。
しかし、周りを見下している感は拭えませんが。
それでもいいでしょうかね?

上記の回答(メインヒロインの許容範囲についての補足4の返信)

投稿者 黒鐘 黒ぅ : 1

>「ヒロイン自身が望んでかけた術式じゃない」
というのは、たとえばどういったようなモノでしょうか?

基本的に「悲劇的な状況」とは、「悲劇→解決→カタルシス」というように、読者に快感を与える為にに使われます。
質問にあった術式を、その悲劇的な状況にするという案です。
何らかの原因でヒロインにその術式がかかり、本人がそれを苦しんでいるとします。これが大きな「悲劇 」となり、「解決」する事で「快感」に変わるという方法ですね。
第三者には詳しい展開などの案を出すことができませんので、「悲劇→解決→カタルシス」の形だけ覚えていただければいいかと。

ヤンデレについては、やめておいたほうがいいでしょう。
ヤンデレという属性が、読者に求められていないからです。
先日述べた通り、賞の選考段階では読者の目にふれなくとも、読者にとってマイナスな要素は賞でもマイナスになりやすいのです。

今回の補足では、「クズ扱いをやめさせることができる」とのことですが、そうする事をお勧めします。
他人を見下してる感じはあっても大丈夫だと思いますよ。
また、その「見下してる感じ」から、「改善」→「快感」と繋げる事ができます。
この場合ヒロインの価値観が改善されているので、言わばキャラの成長ですね。キャラの成長というものは、ストーリーの流れを強めることができます。
賞においては、こちらのほうがいいかもしれません。

基本的に「マイナス要素」は解決するためにあるも同然なので、「快感を得られる方向に改善させる」というのが、ストーリーにおけるマイナス要素の使い方ではないかと思います。
ヤンデレは「解決」とあまり関係ないマイナス要素ですので、使うとしても、最後まで一貫されるものと捉えておきましょう。最初から使わないのが無難ですがね。

カテゴリー : キャラクター スレッド: メインヒロインの許容範囲についての補足4

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投稿日時:

元記事:創作における聖典の引用について

 タイトルに関することで3つほど、有識者の方にお聞きしたいことがあって参りました。
 カテゴリー選択は著作権・オリジナリティにいたしましたが、キャラクターについてのものにもなると思います。

1・創作における聖書など、いわゆる聖典の引用は可能なのでしょうか。

2・犯罪者、それもいわゆる愉快犯にあたるキャラに聖典の一節を唱えさせることは問題になるでしょうか。

3・実際に聖典の一節を引用している作品はあるのでしょうか。また、それらが問題となった事例はありますでしょうか。

  なお、2つ目の質問において最もお聞きしたいケースは、「罪を悔いるなどの意図ではない」、「聖典の内容を曲解している(=犯行の免罪符として扱っている)」など、無知でも問題になるかもしれない、という考えに行き着くようなものとなっております。

 問題になるような創作をしなければ解決することであるとわかってはおりますが、ファンタジーではない世界観で、清廉なイメージの強く与える宗教家でありながら、アウトローでもある、というギャップを持つキャラクターを作りたいという欲求が強く、創作する、しない、どちらを選ぶにしろ、納得する理由が欲しいという思いでこの場を借りて質問させていただきました。

 回答のほど、なにとぞよろしくお願い申しあげます。

上記の回答(創作における聖典の引用についての返信)

投稿者 大野知人 : 1

 多分だけど、法的に著作権法はセーフです。法外の事でも、よほど教理と照らし合わせてそぐわない解釈・行動をする人物のセリフでなければいいかと。
 また、『そもそもあまり理解せずにそれっぽく言ってる』みたいなキャラなら、正確な内容を長文で乗せなければ問題ないかと。

 実例については、キリスト教以外の例しか俺は知らんけど、occultic nineではバサラ真言とか使ってたし、それこそ信長をネタにした大河小説とかだと『胡散臭い外国人のキリスト教徒』や『気に食わない仏教徒』みたいなのは出てくるし、あえて聖典・お経を引用して馬鹿にするような発言のあるシーンもある。
 
 あ、ちなみに言うと大河ドラマで武士が『南無三』というのを嫌がるお坊さんもいますし、逆に言うとそうだとしても問題になってません。

 読むせんさんも言ってるけど、『聖典・教文』を出す理由があるなら、別に使ってもいいと思いますよ。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 創作における聖典の引用について

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