何度もありがとうございますの返信の返信
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何度もありがとうございますの返信(元記事)
>>今すぐにやるのではなく、たまにノートを見返したときでもいいから、思いついたら書くといったように。
ちょうど読み終わった小説がそんな感じやねん。
そうやって本文→ノートの文章→ノートの文をさらに変換→ってオリジナルからどんどん乖離していって、オリジナルに描かれていた本質とは、まったくの別物に成り果ててしまったいたりする。みたいな。
それを【連想ゲーム】として楽しむのはいいんですが『私が書いたノートの内容こそが正解で、オリジナルは偽物』みたいなゲシュタルト崩壊?に繋がることがあるよ。勉強なんかだと、そういう誤差がかなり少なくなるの
曲解せず、ちゃんと変容させずに見つめるノート術が勉強だと私は考えています。
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>>例えば私の好きな作品で、紅茶は~
そこらへん、私は丸写しですね!!
最近書いたやつは【干七の乱では麻を刈るように人が殺された】とか【蝸牛のような、ちっぽけな家】。
あとは【地中から上ってきた獣め!】とか【何と美しいのだろう、あなたは何と美しいのだろう】
なんか好きだなとか美しいなと感じたら注釈とか抜きで、ただただ丸写し。何から抜粋かはメモっていますが何ページからはメモっていません(笑)昔は抜粋先も書いていなかったので原本探しが無理なメモも多いです。
しかし、紅茶は~の言葉自体は初耳。私は読んだことない本ですね。
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>>今日久々になろう系のものがふと浮かんだので書いてみたい!ってなったんですが、どこから手を付けていいのかわからないんですよね…。
キーワードをメモるだけでも違いますよ。書き方を覚えたころにキーワードを拾い上げて再構築できるように、できますから。
何度もありがとうございますの返信の返信
スレ主 わさび 投稿日時: : 0
何が正しいのかわからなくなってきました。よく考えさせられましたね。
私は自分がドンピシャ気に入ったやり方でないと続けられないというか…。
だけど自分が楽しむものか他人が楽しむものか、アイデアに辿り着いて終わるのではなくプロットまでいきついたほうがいいかとか、皆さんのご回答によって私の書こうとする分析(とやら)は穴だらけなのがわかりました。つまり私がやろうとしているのは凄く非効率的。
けれどですね、本当やりたいのしかやれないんですよね。
紅茶のくだりは絶対おかしいと我ながら思ってたので、ツッコミが入りそうだと身構えてました。私も真似て丸写しにします。
なろう系についてもアドバイスありがとうございましたm(_ _)m
カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 小説の分析って意味がありますか?