小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

【本人から削除依頼】さんの返信一覧。最新の投稿順3ページ目

元記事:世界観構築の共通点について

人気作品は現実に起こる「かもしれない」と思える設定が多い気がします。例えば「リゼロ」や「このすば」あるいは「空の境界」では主人公が交通事故にあっていますよね。そして事故を通して異世界へ行けたり、あるいは能力に目覚めたり。交通事故という誰にでも起こりうる事柄を通す事でキャラへの親近感を高めていると言うか。他にも「SAO」や「禁書目録」も科学が発展すれば「もしかすると自分達にも起こりうるのでは?」と思えますし。
ここで、皆さんのご意見を聞かせてください。
物語の世界観を構築するにあたって、「現実でも起きるかもしれない」という物は必ず必要だと思いますか?

上記の回答(世界観構築の共通点についての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

「「驚き」を作り出すときは、「信じられないけれども可能である」ことがらよりも、「ありそうでありながら実際には不可能である」ことがらのほうを選ぶべきである。(アリストテレス)」

なんて格言があったりしまして、古代ギリシアで既にコツを発見していたようです。

 上記では「驚き」とありますが、説得力あるツカミと言い換えてよさそうです。「そんなバカな」と思わせておいて、いや実際にあり得ることなんです、とやれば、「へーなるほど」となります。しかしフィクションと割り切れば、「うわー自分にも起こりそう」と思わせたほうがいい、後で「いや、あれはあり得ないな」となっても構わない、ということだと思います。

 他にも方針はあるかもしれませんが、とりあえずアリストテレス以来の路線を採用するとします。すると当然、実はあり得ないけど、起こりそうだと思わせる必要があります。難しいですね。流行りの異世界で考えると、実はあり得ません。事故に遭えばほいほい異世界に行けるのなら、その異世界で事故に遭った人だって、こっちの世界に来るはず。でもそんな異世界人はいない。だから異世界はない。少なくともほいほい行けるようなものはない。

 でも異世界ものは、少なくとも今までのところは隆盛を極めています。ニシンさんもいろいろと実例をご存じで、「あり得そう」感があるわけですよね。じゃあ、なんであり得そうもないものがあり得そうと感じられるのか。

 ちょっとダイエット広告に寄り道してみます。ネットで怪しげなのが膨大にあります。曰く「寝ている間にみるみる体重が減る」「たらふく食っても痩せていく」「我慢なし、運動なしで体脂肪激減」とかとか(実際は巧妙に言質を取られない文章テクが駆使されているが、消費者が感じるものに意訳)。全くあり得ない。だけど信じて買う人がいるんです。「そんなのあり得ない、怪しい」と助言しても聞き入れません。そういう人には共通の特徴があります。「痩せたいと切実に思っている」です。

 自分が欲しいものは、欲しくない人から見れば怪しげでも、割と素直に信じてしまうんですね。ですので、不可能だけどあり得そうと思わせるコツは、異世界であれば「欲しいものを異世界に置け」です。魔法などの異能はかなり普遍的に使われてますね。願っただけで思い通りのことが起きるって、現実世界でも「そんなもんがあればなあ」と誰でも何度も思ったことがあるはず。それを「この異世界にはありますよ」としてやれば、フィクションと知りつつも、つい引き込まれてしまうわけです。

 しかし、異世界に行きました、欲しいものが手に入りました、では盛り上がりませんね。話としてもすぐ終わってしまう。

 ですので、一つあります。欲しいものと対極的なものです。怖いものです。ホラーなどは特にそうですね。容易く人を取り殺せる亡霊とか、常套手段になっています。上記の現実のダイエット広告事例でいえば、「〇〇すると太ってしまうよ!」(骨盤の歪みとか、糖質とか、いろいろパターンがある)みたいな脅しですね。これも、痩せたいと思う人(自分が太っていると思い込んでいる)からすると、「そうか、それが自分が太った原因(≒敵)か、それさえ排せば(≒倒せば)」と信じたくなるわけです。

 異世界ものでいえば、例えばドラゴン。非常に強力で、太刀打ちが難しい敵として登場したりします。魔法も、悪の大魔導士がラスボスだったり。そういう敵がいるから、主人公(≒読者)が欲しいものがすぐそこにあるのに、目に見えるほど近いのに、手に入らない。その敵というのは「主人公(≒読者)が欲しいものを、先に手に入れている者」であるわけですね。魔力とか強さとか。そういう難敵が山場を作ります。

 具体的に説明するため、あくまでも一例という程度ですが、まとめてみますと、

1.不可能だけどあり得そうに思わせる。
2.それには読者が欲しいものを用意する。
3.しかし入手を困難にする。
4.邪魔するのは欲しいものを既に持っている敵。

という感じになります。ものすごくよくあるパターンです。お好きな作品がどうして面白いのかを分析してみると、さらにいろいろ見つかるのではないかと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 世界観構築の共通点について

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元記事:段落について

こんばんは、アーニャです。
前から気になっていたことなのですが、小説の段落というものはどれくらいの頻度で変えるべきなのでしょうか?
私は文章を書く時、ほぼ読点の度に段落を変えてしまい、読みにくいとよく言われます。しかし、あまりに変えないままでも文章が長くなり過ぎて読みにくいと思うのですが

上記の回答(段落についての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

 段落を頻度で考える前に、段落とは何かを再確認してもいいような気がします。大辞林(第三版)では以下のように説明しています。

> 長い文章の中の、一つの主題をもってまとまった部分。

 デジタル大辞泉だと、「形式的に、1字下げて書きはじめる一区切りをいうこともある」という記載もあります。

 一つのシーンの描写で考えてみると、改行して字下げするとシーンが切り替わったかもしれないと思って読むことになります。しかし短いシーンであればいいですが、ちょっと長いと延々と改行なしで続くことになります。ちょっと読みづらい。

 シーンを分解してみると、状況描写とアクション描写に大別できると思います。だとすると、状況で段落、アクションで段落となりそうです。しかし、アクションは状況に即するわけで、そう単純に切り分けられない。

 そこで、アクションとそれに直接付随する状況で段落、という方法も使うことになります。情報や意味内容で一塊となるものを段落(連続した文)にすると、一般化してもいいかと思います。キャラの心情表現でも、例えば自問自答しているとすると、長い自問と長い自答は別の段落にする。

 もっとも、自問自答が短ければセットで段落となりますね(『今は自分だけ逃げるべきか……いや仲間を見捨ててどうする!』みたいな)。長さも重要で、そこが気にされている頻度ということになるかと思います。情報的には一塊だけど、あまりに長いなら分割しないと読みにくい。どう分割するかは、書きたい情報次第ですし、どこに切れ目を入れるかは作者の腕前、としか言えない感じです。

 これに加えて(デジタル大辞泉が言うような)形式的な問題があります。段落といえば、改行と字下げ。伝統的な書き方ではそうでしょう。だけど、ラノベであれば文単位で改行と字下げも珍しくはない。あかほりさとる流ですね。短文で必ず改行、そのため下半分(左半分)が白い。読みやすいからよく使われている(視線を走らせる距離が短いなどの理由がちゃんとある)。

 では、あかほり流には段落はないのか。そんなことはないですね。ちゃんと段落はある。空行です。段落、すなわち一塊となるべき情報の切れ目には空行が入れてある。もし、句点(「。」)のたびに改行があって読みにくいと言われたら、空行が適切に用いられているかどうか、考えてみる必要があるように思います。

 ご質問文を例にしてみます。文ごとに改行し、番号を振り、各文の機能を考えてみます。

01> こんばんは、アーニャです。
→挨拶であり、簡単な自己紹介を兼ねてもいます。02には直接の関係はなく、01だけで段落であるべきでしょう。

02> 前から気になっていたことなのですが、小説の段落というものはどれくらいの頻度で変えるべきなのでしょうか?
→情報が2つあります。アーニャさんご自身が気になることがある、段落の頻度についての質問、ですね。2つは関連性がありますので、たとえ2文に分けても1つの段落であるべきでしょう。

03> 私は文章を書く時、ほぼ読点の度に段落を変えてしまい、読みにくいとよく言われます。
→アーニャさんの書き方の特徴と、読者の反応。これも2つの情報ですが、関連性があり、1段落にまとめるべきでしょう。

04> しかし、あまりに変えないままでも文章が長くなり過ぎて読みにくいと思うのですが。
→03からの段落内ですが、逆接でつないでの自問自問自答の自答で、反論になっています。03に対する反論ですので1段落内でもいいし、別の段落にしてもいいと思います。
→もしこの04のほうが説得力があると思うのであれば、別段落にすると強調する感じが出せそうです。
→なお、文章が長くなりすぎ、読みにくい、は関連性のある2つの情報と考えることも可能だと思います。

 02や03を情報ごとに句点で区切り、04を段落化し、改行+字下げで書き換えてみます。接続詞などにも注意してみます。

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 こんばんは、アーニャです。
 前から気になっていたことがあります。小説の段落というものはどれくらいの頻度で変えるべきなのでしょうか?
 私は文章を書く時、ほぼ読点の度に段落を変えてしまいます。それが読みにくいとよく言われます。
 しかし、あまりに変えないままでも文章が長くなり過ぎます。それでは読みにくいと思うのですが。
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 これを単純に句点ごとに改行すると、以下のようになります。情報的な切れ目が分かりにくいせいか、とても読みにくいものになってしまうようです。

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 こんばんは、アーニャです。
 前から気になっていたことがあります。
 小説の段落というものはどれくらいの頻度で変えるべきなのでしょうか?
 私は文章を書く時、ほぼ読点の度に段落を変えてしまいます。
 それが読みにくいとよく言われます。
 しかし、あまりに変えないままでも文章が長くなり過ぎます。
 それでは読みにくいと思うのですが。
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 これを、空行により段落を表すと以下のようにできます。

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 こんばんは、アーニャです。

 前から気になっていたことがあります。
 小説の段落というものはどれくらいの頻度で変えるべきなのでしょうか?

 私は文章を書く時、ほぼ読点の度に段落を変えてしまいます。
 それが読みにくいとよく言われます。

 しかし、あまりに変えないままでも文章が長くなり過ぎます。
 それでは読みにくいと思うのですが。
--------------

 横書きだと、空行で段落を示すやり方も意外に読みやすいような気がします。一方、おそらくですが、縦書きで行間が離れている場合だと、改行と字下げによる段落分けが読みやすくなるようにも思います。

 ですので、小説を発表する媒体により、読みやすい方法を選べばいいんじゃないかと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 段落について

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元記事:「ですわ」なお嬢様言葉の使い方。

ヒロインの口調について悩んでいます。
「ですわ」口調です。
一般では「ですわ」口調はこんな風に使われるのではないでしょうか。

「会心の出来ではありませんの」

「そうですわよ。宇宙人が幽霊な訳がございませんでしょう?」

とかだと思います。しかし、私が今回ヒロインに使わせたい口調はこうなんです。

「会心の出来ではありませぬの」

「そうですわよ。宇宙人が幽霊な訳がございませぬでしょう?」

それと「くださいな」ともよく使います。

……変ではないでしょうか?
「ん」を出来るだけ使いたくなくてこんな風になっているのですが、かえって読みにくくなっているとかなり不安です。

これについてご意見をくだされば。
会話文は思い付きです。
お待ちしております。

上記の回答(「ですわ」なお嬢様言葉の使い方。の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 4 人気回答! 投稿日時:

 よしはむさんが、実はどなたであるかを考えると、果たして私如きが回答を試みていいものかどうか迷いましたが、思い切ってやってみます。

 しかし、のっけから偉そうに申し上げてしまいますが、「台詞を切り出して眺めて考えても仕方ないのではないか」と思います。

 もしヒロイン一人称なら、地の文も同様となります。そうでなく、男性主人公の一人称か、男性主人公視点の三人称だとしますと、ヒロインの独特の口調は台詞のみとなります。たぶん、男性主人公の一人称か三人称だと思いますので、そういう前提で続けてみます。

 独特の口調がヒロインだけのものだとしますと、少なくとも台詞があるだけで、ヒロインの台詞だと分かります。その点はメリットになります。問題は、読者がいかに慣れるかになるかと思います。早めに慣れてもらうには、

1.ヒロインの台詞が多いこと
2.話している内容が非常に分かりやすこと

が必要になると思います。2は例えば、ヒロインが猫を見て、「尻尾が短こうござりますわね」と言う、みたいなことです。見えたままのことを言えば、読者にも紛れがないような描写にできるはずです。

 加えて、台詞に揺らぎがないことも必要になってくると思います。

> 「そうですわよ。宇宙人が幽霊な訳がござ『い』ませぬでしょう?」

 こう言うとしたら、このレベルで揺らがせない。特徴としては時代劇風の喋り方ですよね。現代ではかしこまったような硬い言い方ですが、もっと硬くもなります。

> 「そうですわよ。宇宙人が幽霊な訳がござ『り』ませぬでしょう?」

(さらにかしこまると、「さようですわよ。宇宙人が幽霊な訳がござりませぬでしょう?」とも)。

 時代劇で、特に目下が目上に言うとき、「ございます」をさらに古風にする感じで「ござります」とも言います。「ある・いる」―(敬語化)→「御座る」―(さらに敬語化)→「御座ります」―(音変化)→「御座います」だからですね。「ません」を「ませぬ」とするのなら、それに合わせて「ござい」も「ござり」とするかどうか。

(さらに考えると、例えば自称も「わたし」「わたくし」「妾(読み「わらわ」だが「わた(く)し」と当てても可)」などの選択が思いつきますが、割愛します。)

 合わせないといけないわけではありません。時代劇でも「ございませぬ」は聞くように思います。問題は、敬意の程度や状況がほぼ同じなのに、あるときは「ございませぬ」、別のときは「ござりませぬ」と揺らいでは、キャラがブレてくる可能性があるということです。逆にくだける程度が違う場合は、「ござりませぬ」と「ございませぬ」を使い分ける必要も生じるかもしれません。

 ですので、ヒロインの口調の文法をTPOに応じてきちんと定めておく必要があると思います。文法というと大げさかもしれませんが、要は口調の古風さの基準ですね。私はちょっと国語の古典は苦手でどう統一するか説明できませんが、浄瑠璃、歌舞伎、狂言などの台詞主体の古典で下調べして例文的に参照するといったことになるでしょうか。目上、目下、同輩に対する言葉遣いがいろいろあるはずですので。

 そう言っておいてなんですが、全く違いやり方もあると思います。積極的に揺らがせてしまうというものです。作者としては、意図的にいい加減に台詞を書くことになります。古風そうに喋ろうとしてはいるけど、実は聞きかじり、見様見真似の域を出ず、奥ゆかしくなり損ねた喋りの変なキャラにしてしまうわけですね。ヒロインのキャラ設定次第では可能だと思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 「ですわ」なお嬢様言葉の使い方。

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元記事:「ですわ」なお嬢様言葉の使い方。の返信の返信

>ブルースクリーンの言うように古語のような印象になります。
コピペしたら敬称つけわすれたorz
申し訳ありません、ブルース・クリーンさん。

上記の回答(「ですわ」なお嬢様言葉の使い方。の返信の返信の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

(サタンさんへの返信です:No.3,4)

 訂正のできない掲示板での単なる誤記とすぐ分かりますのに、ご訂正とお詫びを頂きまして、大変恐縮です。

 実はいつもサタンさんのご回答を参考にさせて頂いておりまして、今回ですと女性語(てよだわ言葉)から少し調べて、役割語というものがあると知り、今まで自分が書いてきたことが頭の中で整理され、大変助かりました。

 ついでですのでちょっと長話いたしますと、台詞を書いていて「こういう言い方、あまり聞かないような気がするけど、こう書いとくと楽なんだよなあ」と思うことがしばしばありました。

 それが何だろうとは思っていたんですが、役割語に行きつき、「なるほど、口調で性別、年齢などなどを表す手法だったのか」と理解しました。

 分かってみると使いどころや使い方をよりうまくできそうです。こういうことが(他の掲示板でもですが)よくあり、今までも大変助かっております。

 この機会と場をお借りしまして、お礼を申し上げます。大変ありがとうございます。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 「ですわ」なお嬢様言葉の使い方。

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元記事:バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか?

こんにちは。
竹牟礼と申します。
アニメを見ていていつも思うのですが、 どこのアニメはなぜ「戦闘にリアリティを追求しないんだろう?……、なんか違う」 と違和感を禁じ得ませんでした。
その違和感をヒントに 自分の作品に落とし込んでみたのですが、戦闘について想像以上に執筆は困難を極めました。
僕が現在書いている小説に、重力魔法を使える古流空手家の少年が登場しているのですが、 リアリティを追求しすぎた結果、 見栄えが悪くなってしまったのです。
本来空手というのはちゃんと描写すればそのままでもカッコ良いものだと思うのです。
想像してみてください。
迫り来る人型魔物たちの攻撃を次々に夫婦手(めおとーでぃ)、つまり 引手を使わず両手でスパパァーン!!と捌きまくり、『崩し』を使って薙ぎ倒す姿を。
あらましを語るのは簡単ですが 描写するのは難しいです 。
これもひとえに僕の空手の経験不足による
ボキャブラリー不足 が原因だと思うのですが、どうすれば補えると思いますか?
またアニメを見て「この戦闘シーンはいくらなんでも荒唐無稽すぎるだろ……」と 思った方は 是非ともご意見をお聞かせください。
何卒よろしくお願いします。

上記の回答(バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか?の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

 以下、いわゆる「個人研究」です。一般に言われていることと相違があるとは思いますが、「自分なこんな風な考えです」で回答しているもので、予めお詫びしてご了解をお願いします。

1.フィクションにおける嘘

 フィクションについては、リアルとリアリティは(英語の)原義とは異なる意味で用いられることが多いようです。原義だと形容詞リアルの名詞がリアリティですので、本来は意味が大きく異なるはずはない。

 だけど、フィクションについては対立的な概念となっています。不正確になるのは承知で、短く、単純化してみます。以下のような違いがあります。

 リアル:現実
 リアリティ:迫真

 リアルは現実にあるものをそのまま描けばいい。問題はリアリティです。迫真、すなわち「真に迫る」。真=現実と考えてよく、ではなぜ現実に迫る必要があるのか。嘘だからです。嘘を本当にあるかのように思わせることがリアリティとなります。

 嘘については格言的なものをいろいろ目にします。

> 「大きな嘘はついてもいいが、小さな嘘はつくな」が脚本の鉄則。(三宅直子)

> 「驚き」を作り出すときは、「信じられないけれども可能である」ことがらよりも、「ありそうでありながら実際には不可能である」ことがらのほうを選ぶべきである。(アリストテレス)

> 出来すぎだとか嘘だとかそんなバカな話があるわけないだろうと言われるところを、いや、あるんだよ、と見せる手立てが「リアリズム」なんだよ。(笠原和夫)
(この「リアリズム」は、リアリティ(迫真)を成立させる手法、の意味だと思う。)

> 小説は事実ばかりで書くのではなく、嘘を混ぜたほうが、より真実に近いのではないか、と考えます。事実と真実は別のものです。真実の中には半分嘘が混じっているのです。(車谷長吉)

 フィクションでは、信じ難い大嘘をついてしまえ(しかし、つじつま合わせの嘘は見破られるからダメ)、その大嘘をもっともらしく見せろ、だって嘘を交えないと真実と感じられないから。といった感じです。なんと申しますか、フィクションでは大嘘で騙すのが正義、みたいな感じですね。

2.竹牟礼さんが抱いておいでの違和感

 とはいえ、アニメなどでリアリティを感じないことが多くなられたわけですね。私ですと、今時点で放映中のだと「牙狼〈GARO〉 -VANISHING LINE-」は、バトルに凝って作った回限定ですが、大いに満足できる戦闘描写があります。でも、あの戦闘は実際にはあり得ないことも分かります。そう承知していながら、面白がれます(実写の牙狼シリーズも同様)。

 ご質問からしますと、沖縄空手に魅力を感じてお出でのようですね。夫婦手という技(各種技法の複合技にして精髄でもある?)について、仰る内容からどういうアクションかは分からないものの、魅力を感じておられることは伝わってきます。
(余談ですが、よく分からない複合技といえば、以前に「八極拳に伝わるとされる『猛虎硬爬山』ってどんな技?」と思って調べようとしたら、いくつも違う説明があって、結局分からなかったことも。)

 荒唐無稽(大嘘)が真に迫って感じられない理由は、非常に現実的な動きでの格闘技をよくご存じで、良いと感じており、大好きであるから、ではないでしょうか。ですので、格闘戦について、リアルなものが観たいと感じているのかもしれませんね。リアリティ(迫真)の対極のリアル(現実)ですから、アニメなどのリアリティに魅力を感じない、違和感があるのも無理からぬことかもしれません。参考にもならないでしょう。

 しかし、フィクションを作るにあたっては沖縄空手そのものでは相対的に見栄えがしない(他のフィクションでは派手だし、格ゲーでも同様)。そこで、異能をプラスしようとされたのでしょうか。対する敵もリアリティのバランスを取って魔物(人型であるのは格闘戦を成立させるのに必要)。

 ご自身がバトルでお求めなのは、「大嘘からのリアリティ(迫真)ではなく、リアル(現実)がベースである」ことを、きちんと認識するところが出発点になるような気がします。そこに加味する異能と魔物敵については、リアリティを適用するという段取りになりそうです。

 リアルから発想した作品では、かなり古く、中国拳法コミックですが「拳児」(原作:松田隆智、作画:藤原芳秀)があります。全て現実の格闘技法に基づいており、あり得ない技や体術は出て来ません。ボクシングの「はじめの一歩」(森川ジョージ)もリアルベースらしいのですが、未読でよく分かりません。格闘描写がリアルでも、人気が取れる作品はあるわけですね。

 なお、同じボクシングでもさらに古典な名作「あしたのジョー」(原作:梶原一騎、原作、作画:ちばてつや)だと、現実にはあり得ない必殺技が多用され、「リングにかけろ」(車田正美)だともう、人類の戦いじゃない(だからいい、でもある)。夢を見るなら大嘘がやりやすい、ということ以外に、「子供がうっかり真似できない」というメリットもありそうな気がします。すみません、脱線しました。

3.アニメ、コミック、文章で描写できることの違い

・アニメ(実写も同様):アクションをそのものずばりの動きで見せる。
・コミック:アクションの極め部分を止めて見せ、読者がその前後を補完する。
・文章:アクションを説明し、読者が脳内で映像イメージ化する。

 こうなってしまうのは、「絵」の情報量の多さに比べ、文章は圧倒的に情報量が少ないからですね。単語は記号でしかありません。だもんで、言葉から記憶をたどってイメージ化するしかない。かつ、必然的に読者側に知識がないとわけが分からない描写になってしまう。「夫婦手」と書かれても、(夫婦+手、という単語分解からの連想は利かないため)知らなかったら何のイメージも想起できない。

 などと書いていて思い出したのが、「とある魔術の」アニメです。一部の批評では「バトルが舌戦主体、アクション少なめ」でした。確かにそういう面があったかも、と思います。おそらく、原作が文章作品だからなんでしょうね。相手に勝てる理由を説明→その通りになる(順序が逆のこともある)、という流れなわけで、論理と心情を表すのが得意の文章ならではのことだったんだと思います。しかし、絵にしたら、絵が原作で動きの激しい、例えばドラゴンボール等の迫力は出しにくかった。

 まず間違いなく、文章で絵的な見栄えを際立たせようとしても、結局はアニメ、コミックに太刀打ちできないと思います。下手すると、読者視点からは「絵が描けないから、仕方なく文章でやっている」になりかねません。絵的なことは譲歩し、読むのが楽なようにアクションはシンプルに、その代り、戦う/勝つ仕組みと気持ちを織り込んだ描写にする、みたいな方針が必要になると思います。

 しかし、やはり決め技はきちっと描きたい。シンプルな、例えば「正拳中段突き」では物足りない。見栄えする必殺技が欲しい(現実にある、夫婦手でもいい)。特にラストの決着などですね。その場合は、いろいろ方法があると思いますが、例えば「必殺技を習得する過程を描く」があると思います。修行シーンですね。

 技を会得していく描写ですから、自然と技の説明になります。コミックですが、上述の「拳児」でも、そのことがうまく用いられていたように思います(中国拳法を紹介する意図もある作品だからではあるけど)。

 敵に負ける→こういう技があれば勝てるかも→その技はこういうもの→こう修行する、となるわけです。必殺技が強力であることも、自然と描けますね。非常に苦労して習得する描写が入るわけですから。

カテゴリー : ストーリー スレッド: バトルのリアリティと見た目の良さを両立するにはどうしたらいいでしょうか?

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元記事:リアル志向の抑え方

立春の候失礼いたします。
 当方どうもリアリティ?にこだわり過ぎるようで、話も設定もどうにも進まないし、湧いたアイデアもつぶしてばかりです。
 読者だったときは現実性などほとんど気にならなかったのですが、自分で執筆するとなると細かいところまで「これ現実的じゃないな」とどうにも気になってしまいます。
 例えば
・女子供しか動かせない兵器
 訓練や個人の適正によらず、性別や年齢によって一律に操作に制限がかかる、または性能ががらりと変わるなんて兵器としては欠陥品。そもそも年齢・性別の区切りは個体差が大きく厳密な区分は無理
・部活動や授業に近い感覚で学生が実戦参加
 現実の少年兵のように使い捨て前提ならともかく、訓練も終わってない生徒を動員するのは本当に危機的な状況時以外ありえない
・改造人間
 実は脳改造の方が技術的にずっと先行しており(ほぼ実用段階と言っていい)、身体強化の方が現実味がない
・因果応報、理由付け
 あった方が物語としてすわりがいいのはよくわかるけれど、実際には何かが起こってもほぼ偶然の産物でさしたる原因はないと言っていい(人間の脳には勝手に因果関係を作ろうとする性質があるため、実際にはありもしない原因を見つけ出そうとする) 
・軍事関係
 各国の技術水準や工業力、戦争方針などを考えると超兵器の類は作れないし、現実から多少流れを変えることはできても結末は変えられそうにない。また指揮や兵站などを現実に即させようとすると表現が複雑になり読みづらくなる

 このような正直創作の邪魔になるリアル志向はどうやって抑えたらいいでしょう?

上記の回答(リアル志向の抑え方の返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

看護師や医師が自分の本業である医療系のドラマを観れないと聞いたことがありますが、そんな感じで専門分野に詳しすぎて、その分野のエンタメ性のドラマを作りづらくなっている可能性はありませんか?
その場合、自分以外の素人に近い人の感覚や認識を調査するといいかもしれませんね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: リアル志向の抑え方

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投稿日時:

元記事:小説家になろうを引退しようか考えている

※解答に困るかもしれませんが、売名行為にならないよう&初質問で自信が無いので、作者名は差し替えて、作品名は伏せます。申し訳ございません。
 
 はじめまして、風呂桶と申します。

 私は4年間なろうに5作品ほど投稿しているのですが、どれもこれもpvが伸びませんでした。
 普通の更新で50から100の間、完結ブーストで最高600くらいです。ポイントも2桁以内、感想も書かれないのがザラです。

 これまで、他作品を参考にしたり、文章術の本を読んだり、流行のテンプレに乗っかったりしました。
 ですがそれでも自信が持てる作品が書けず、状況は変わりませんでした。

 書きたい事はかなりありますが、これだけ伸び悩むと身が堪えて、やる気が無くなりました。

 こういった場合、私は引退した方がいいのでしょうか?

上記の回答(小説家になろうを引退しようか考えているの返信)

投稿者 ごたんだ : 0

ヘビィノベルはともかく、文芸は「伊賀に属性を詰め込めれるか…??」どうかです。

例えば、「ドジっ雄」やタイプの違うというだけの「トゲピー」オンリーというのは、少なくとも読者には簡単にバレエににてはイケません!!!!

ここの住民はよく理解されてますが、他の達人はそこのところをイマイチ理解してないと思われます。
みっともないですね。

例えば、あなたに仮に編集という仕事のパートが付いたとして、自分と同じ様なタイプか、真逆なタイプに振り回されるでしょう…!

その事の意味は、ありません!!!

上昇の脇役がいたとして、転じて負けたり苦戦して結果がどうあれ終わります。
2巻では、負けたジェナスが立ち上がり様子が掌編になります。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説家になろうを引退しようか考えている

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投稿日時:

元記事:変身シーンについて

変身シーンをいれたいのですが、どうやって書いたら良いのかわかりません。
漫画やイラストなどは絵で表現できますが、ラノベとなるとどうやって書いたら魅力的になるのか全くわかりません
その場Iどうしたら良いのでしょうか?

上記の回答(変身シーンについての返信)

投稿者 のん : 1

 こんにちは、のんです。

 変身と言いますと、魔法少女やヒーローモノでしょうか? それとも人外やロボットでしょうか?
 どれも違うかもしれませんが、同じ変身である以上は似た描写になるかと思います。ですから、問題は一人称であるか三人称であるかですね。

 変身ですから、当然見た目が変わると思います。その際、三人称は第三者が語り手ですので、主人公の見た目を描写することは容易です。
 どこがどう変わったのか、他と同じように説明すればいいでしょう。変身後の姿が何かを模しているのなら、その描写はさらに容易となります。

▼以下、稚拙な例です。

 敵を鋭く睨み付けた田中は、腰を落とし全身に力を込め始める。限界まで鍛え上げられた筋肉に、幾重もの筋が浮かび上がった。
「へん、しん......」
 酷く圧し殺された呟き。それが敵の耳へ届いたころには、田中は変貌をとげていた。
 筋肉は肥大化し、皮膚は毛に被われ、薄く開いた口からは鋭く伸びた犬歯が覗く。その姿はまさに熊。
 森林の王者と化した田中が、リーリガイの森に君臨した。

 対する一人称では、語り手が自身の見た目を説明することは容易ではありません。セリフを使って第三者に説明させるのが一般的でしょうか?
 他のキャラも同じように変身するのであれば、先に変身させ、主人公がそれを見て何かを思い、続いて変身。という流れも良いかもしれません。

▼以下、またしても稚拙な例です。

「変身!」
 ダサいポーズを決め健治は叫ぶ。これで何も起きなければ笑えると言うのに、バカの全身を白い光が包み込んだ。
 外からは分からないが、あの光の中で健治が着替えていることを俺は知っている。これから俺も、同じことをするのだから......。
「へんしん」
 白く塗りつぶされた視界と、現れたコスチューム。
 飾り気のない全身タイツとマスクに、俺は深いため息を吐いた。

 初めて変身モノを考えてみたのですが、慣れないことはするものじゃ有りませんね。恥ずかしい限りです。参考になりましたら、幸いです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 変身シーンについて

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