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飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。 (No: 1)

スレ主 大野知人 投稿日時:

お久しぶりです。大野です。
前から連載していた作品が、ある程度軌道に乗ってきて新作品のアイデアを練っていたのですが……。
練っていたところで、タイトル通りの疑問にぶち当たりました。

作品の完成予想図。
大学受験中に親が原因で鬱になった主人公が、妹(or従妹)の高校進学が少し遠くに進学するのをいいことに妹共々家を出て二人暮らしをすることになり、その先で家事をしたり、今まで言ったことのない店で外食してみたり、バイトしたり、高校時代に同じ部活だった仲間とふざけたりする。感じの作品です。

鬱の原因について親も納得しており、かつ親自身の性格である故に理解できても親にはどうしようもなかったこと。妹(or従妹)は妹で鬱になるほどではなくとも兄の苦労を理解していたこと。兄妹がシスコン・ブラコン気味であること。
この三点を抑えて置いたうえで、なんですが。

『精神的に疲れてる主人公』がうまい飯を食って元気を出すシーンで、料理の外見及び味そのものの描写について。どれくらいの文量が相応でしょうか? 
個人的には文庫本サイズで考えて八行くらいかな、と思うんですが。どうでしょう?

カテゴリー: 流行分析(なろう研究)

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飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 2)

投稿者 玄翁 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

飯テロ・・・になるかは微妙ですが、クレイジーキッチンと言うのがあります。

知ってる人は知ってますが掲示板AAが元ネタです。って言うか、ぶっちゃけ作者が自身のAAを元に小説にしたものです。

主人公が鬱・・・ではなくてそこそこヘビーな過去を経てる割には今は頭のネジが飛んだ料理人になっているとか、妹がいるけどその妹も結構アレだったりだとか、直接のアドバイスには程遠いですが、一応料理を扱っているのでこんなものもあると参考程度になれば、と。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 3)

投稿者 サタン : 2 No: 1の返信

投稿日時:

似たような話題が最近ありましたが、そもそも小説において「外見」を書くことはそれほど意味のないことです。
漫画の絵とは違って、「ソレ」は読者のイメージで完結するため作者としてはそのイメージを誘導してやることしか出来ず、あまり外見について書きすぎるとイメージを強要しているだけになり逆効果でしょう。
だからある程度「言葉を飾る」くらいの事が作者に出来ること。

でも、小説は文章だから外見について絵ほど書けないと言うのであれば、じゃあ漫画だって「味」については描けないだろう、と思う。
これはつまり、その「味」を漫画では絵で表現している。セリフで表現している。料理の絵だけでなく漫画的表現で演出している。

これと同じことだよ、と言いたかったのだけど、わかりにくいな、コレ。

うーんと……偉そうに言えば、出来れば自分で気がつてほしいことなので遠回しに書いているのだけど、説明しにくいので結論を書いてしまいます。

ようするに、外見も味も「文章では表現しない」ということだと思うんです。
例えば
>兄妹がシスコン・ブラコン気味であること。
と仲良し設定があるので、例として「昔喧嘩したときに、仲直りにケーキを焼いてくれた。それがとても美味しかった」というエピソードを作っとく。
そして、本編でケーキを食べたときに、「なぜだかあのときの懐かしい味を思い出した」って感じの事を書く。
すると、「子供の頃に喧嘩して仲直りに作ったケーキと同じような味」なので、あんまクォリティは高くなくスポンジはボソボソしてるしクリームもベチャッとしてる。けど思い出の味ですごく良い印象を与えてくれる味だ、とわかる。
ここで外見や味の説明は、
「スポンジはボソボソ、クリームもベチャっとしてて……」と実際に書くわけではなく、「お世辞にも出来が良いとは言えない失敗したケーキ」と曖昧に書いておくくらいで丁度いい。
なぜなら、それは先の喧嘩の仲直りエピソードで描写しているから。

今回はあえて飯テロ=美味しさの表現ではないものを例としたけど、基本的には「文章で見た目を書く」というのは小説には向かないから、漫画が「味」を絵やセリフで表現しているように、小説も「小説が得意なもので表現する」というのがベストだと思う。
その一例として「エピソードを利用する」という回答です。
例えば強面な男が「貧乏な田舎から苦労してやってきて頑張って働いてる」というエピソードを作れば、そんな彼が「ふと優しい目で「母ちゃん、元気かな……」」とか言えば、それだけでおふくろの味がなんとなく伝わってくる。
そもそも描写ってそういう事じゃないかなって思う。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 4)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

なるほど。お二人とも意見ありがとうございます。俺としても『食べるもの』自体より『食べる雰囲気』を楽しむ作品の方が面白いんだろうなァ、という考えはあって。
それを確かめたい意図もあっての質問だったので、なんとなく『しっくりきた』感じです。自分の中で言葉にできてなかったものをまとめてもらえた感じと言うか。

数日中に批評依頼の方に短編をあげたいと考えているので、良かったら添削してやってください。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 5)

投稿者 手塚満 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

飯の描写に客観的な文章量基準はないと思われます。面白く読める、というのが大原則で、料理自体が大事でないとか、描写しても目を引かないようなら減らしたり、削ったりです。逆に作中キャラが料理に夢中になることで面白くできそうなら(例えば、レストランで自分の料理が来るのを待つ間、他の客の美味しそうに食う様子に目を奪われるとか)、きちんと文章量を取って描くことになります。

その料理自体の描写では、料理人やエピソードで食べ物の周辺を表現するといい、等々の良回答がありますんで、料理そのものにアプローチできるかどうか、少し考えてみます。

某コミックで、ラーメンを題材にしてだったと思いますが、「客はラーメンではなく、情報を食っている」と断言しているのが話題になっていました。これは直接的には、味や香りが分からず、評判や雰囲気で流される愚を指摘したものですね。美味しいと思い込んでいるから美味しく感じるだけだと。

しかし、味や香りを伝えられない文章作品では使えそうな手とも思えます。例えば、コミック「美味しんぼ」では、作中キャラ多数が「美味い」と言う、食通とされるキャラターの料理に対する反応を見せる等々の手法が頻繁に用いられてます。

やはりコミックですが「クッキングパパ」では、レシピ、調理過程を見せるのが主体です。こう作ったんだから美味しいはずだ、という演出です。全く調理知識・経験がなかったら、伝わりにくいかもしれません。が、家庭や厨房の見える食堂で、空腹をこらえながら調理を眺めて、わくわくしたり焦れたりしながら待った経験のある人は多そうです。

古いTV短編のものでは「味の招待席」(1980~1992年)というのがありました。調理過程のみをナレーション付きで見せ、食べるシーンはなしです。ナレーションが米朝師匠であったため、その喋りで料理の魅力を出していました。調理中の音も重要で、「ジュー」と焼ける音などが効果的に使われています(コミックや文章作品なら擬音が使える)。

コミック・アニメの「空挺ドラゴン」ですと、架空の食材(ドラゴン)を使いますが、あり得そうなレシピ、現実的な調理で見せる工夫がありました。調理が済むと作中キャラ多数が美味そうに食うわけですが、おそらく調理シーン段階で「料理の美味しさ」の8割くらいが決していたような印象があります。「味の招待席」と同じ方向性の工夫です。

これは不味さの強調にも使えます。例えば「フルメタふもっふ」で、武骨な軍人がボルシチを調理するシーンがあります。ボルシチは妻がよく作ってくれたもので、味を再現したいんだとその軍人は言う。加熱調理するのに、デジタル温度計、タイマーやストップウォッチ等々を駆使し、トドメに「ココアパウダーと味噌ペーストが決め手だ」と言う。それを食わされた他のキャラの反応は言わずもがなです。

これらは映像作品であるわけですが、文章作品にも応用できると思います。調理過程は論理的な面が強く、映像で見せる作品でも(視聴者に理解してもらうには)解説は必須となります。文章作品なら言葉で説明入れるのは必然ですから、「バターでこんがりするまで炒めたら、仕上げにブランデーでさっとフランベして」とか書くのは自然です。コミック同様、擬音も使えます。

もっとも、主人公の料理に対する実感、感想、感動のほうが描写効果が大きいのは確かです。読者が感情移入しているのは主人公ですから、主人公が感じ取るものが最も伝わる。もし食材や調理過程を描くとしても、主人公の実感に説得力を与える等の、補助的なものと考えるほうが無難でしょう。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 6)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

手塚さん、ご意見ありがとうございます。
自分で質問しておいてなんですが、色々こんがらがって来たので、一回書いてみることにします。
ただ、挙げていただいたそれぞれの作品での表現の仕方はとても参考になりました。ありがとうございます。

俺個人がやりたいものとして言うと、孤独のグルメとかが近い気もします。
基本的に食べるオンリーで、ほどほどに料理そのものの描写と店の描写を入れたい感じ。大雑把なイメージをまとめるうえで、皆さんの意見がとても参考になりました。
ありがとうございました。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 7)

投稿者 読むせん : 0 No: 1の返信

投稿日時:

わかんない。

そもそも鬱になると、プロテイン流し込んで過ごすタイプなもので・・・・(;´∀`)咀嚼はもちろん消化すらツラくなる。むかし料理エッセイでそういうタイプのプチ鬱がある(女に多い)ってのは読んだことがありましたけど、自分がそうとは思わなかったし・・・・。

・・・共感を求めるなら描写おおめ。食事の楽しさを求めるなら少な目のほうがいいかも?
「みおつくし料理帳」と和田はつ子作品とか、女性作家の作品を見ていると、「自分で食べる」のではなく自分が作って「人に食べてもらう」前提の料理です。
【仕上げにパラりと降った、ネギの青みが目に鮮やかだ】くらい。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 8)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

読むせんさん、ありがとうございます。
個人的には『鬱だからいっそ人生休むか!』っていう方向に吹っ切れた主人公を想定していたのですが(知り合いにそういう人がいるのです)、『鬱だと何も食べられない』って人も多いですよね。
色々調節してみます。設定の出し方とかも考え直さなきゃですね。

ありがとうございました。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信の返信 (No: 9)

投稿者 読むせん : 0 No: 8の返信

投稿日時:

どういうタイプの人や、男女どちらか等「具体的に提供したい人は誰か」は重要だと思う。

 気に入っている映画に【かたつむり食堂】っていうのがあるんですが、ライムスター宇多丸さんが死ぬほどこき下ろしていて・・・・・・ 大 爆 笑 しました。
宇多丸さんが批判し【きらい!!気持ち悪い!!キッショイ!!なんか嫌!!( 川Д)うげぇぇぇえ】と言ったポイント全てが好き(笑)
私的には「えー、そこがいいんじゃないのさwwwでも、そうかー無理なのかー合わないかーwwwそりゃ仕方ないわな!!ぶははははっ!!」って感じで。

共感できない事も「共感できない事を楽しむ物」として構えていれば楽しめる物もある。逆に「感性合わない奴は死ね」系もあったりする。
そこら辺を中途半端にせず、スカッとどちらかに割り切っていく方が良いかもしれません。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 10)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

読むせんさん、ありがとうございます。
明日当たり書き上げて、批評依頼の方に回しますんで、そちらにも意見をもらえると嬉しいです。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 11)

投稿者 あまくさ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

カレーを素材にした短編、拝見させていただきました。
向こうに感想を書いた方がいいのかなとも思いましたが、こちらのご相談もこみということで。

料理の外見と味の描写の適正量というご質問ですが、私見では量の問題ではないんじゃないかなと。とくに文章だけで勝負する小説の場合、そういうことはシチュエーションと切り離せないように思います。

例としてあげていらっしゃる『孤独のグルメ』で考えてみますね。
あれはマンガ版とドラマ版がありますが、料理の美味しさを直接的に感じさせて食欲をそそる(飯テロ)という点では、ドラマ版に圧倒的なアドバンテージがあると感じます。
どちらも視覚のあるメディアですが、マンガは無彩色。ドラマ版は素材の質感や鮮度を色で伝え、油の焼けるジュウッという音なども伝えます。この違いがどれほど大きいかは、見比べれば一目瞭然です。
ハッキリ言ってマンガ版の『孤独のグルメ』でも有名な『お美味しんぼ』でも、マンガ絵だけで料理を美味しそうと感じさせるものにはなっていないのではないでしょうか?

料理写真というのは美味しそうに撮る方法が確立しているそうで、「飯テロ」が目的なら映像メディアと他の方法では勝負になりません。
ただ、にもかかわらず小説やマンガには昔から料理物の名作が多いんですね。それらは、単に美味しさを伝えるということとは違うアプローチをしているように思うんですよ。

カレーを素材にした漫画の名作を二つ知っています。
一つは『包丁人味平』。「カレー戦争編」にブラックカレーというのが出てきます。見た目はドス黒くて美味しそうには見えないのですが、一口食べると病みつきになってしまうという究極のカレー。ところが、調合されたスパイスに麻薬に近いものが含まれていたことが発覚します。作り上げた料理人に悪意はなく、本来スパイスと麻薬は境界線がはっきりしないものなのだとか。長年それの研究に打ち込んだ料理人自身がスパイスの中毒で精神に異常をきたしてしまいます。

もう一つは、『美味しんぼ』の「カレー勝負」。こちらは単行本1巻分をついやして、カレーの起源と実像をリアルに追及しています。
序盤でとあるインド人が語る、「そもそもインドにはカレー粉というものは存在しない」という発言が衝撃的。ガラン・マサラというのはあって、カレー粉にやや似ているけれどカレー粉ではないんだそうです。
インドには地方色豊かな総菜をスパイスで煮込んだスープ料理みたいなものがあって、それを昔インドを植民地にしていたイギリス人がアレンジしたのがカレーの原型。そして日本に洋食の一つとして伝わり、日本風にさらにアレンジされたというのが真相らしいです。
しかしカレーなる名称の料理が世界のあちこちでけっこうポピュラーになり、それがまたインドに逆輸入されたりもして、ややこしいことになっているようです。インドカレーというものがあると思って期待する観光客向け、というような事情もあるみたいで。

……ええと、話が脱線しましたけど、『美味しんぼ』では主人公たちがインドに行って現地の事情を調べてまわるエピソードがあったりします。あのマンガの原作者はけっこう社会派で、理想主義者の一面があるんですね。食文化を通した主張を読者にぶつけてきたりするところがあります。

『孤独のグルメ』にもカレーは何度か登場していますが、これがまた上の2作とはまったく違うんですね。原作者は「ジャガイモごろごろタイプの日本風カレー」が好きらしく、「スパイスがどうだとか言うなよな」なんだそうです(笑

『孤独のグルメ』の主人公はマンガもドラマもこだわりは物凄く強いんだけれど、社会的問題意識なんて持ち合わせないキャラです。
あの主人公は料理の品数をたくさん並べるのが好きで、そのへん飲み屋のつまみっぽいんだけれど酒は飲めないという。なのでシラフの頭で、食べる順番を真剣に考えたりするんですね。「~は後にとっておこう」とか、「そろそろ~を攻めてみよう」とか、常連客が何か注文するのを聞いて「ここは、そういうのがあるのか」と作戦を変更したり。そんな中に思いがけない発見があることを楽しんでいるんですね。
主人公があれこれ考え、意外な出会いあり、小さな謎あり。それによって作戦を立てたり変更したり。
大袈裟なテーマはないけどコンセプトはあるという見本で、それだけでちゃんとストーリーになっている素晴らしい逸品だと思います。

言いたいことは、同じ「食」をモチーフにしてもアプローチが3者3様だということ。さながら和・洋・中の手練れの料理人が、同じ素材をまったく違う料理に仕立て上げるがごとしです。(あ、俺今うまいこと言った?w)

まあね。
食事をしない人っていないじゃないですか。だから食のストーリーって作者と読者の間に確実に共通の体験があるわけです。おかずの中で好きなものを先に食べるか後に残すかって、あるあるだったりするでしょう?

それと上の3者3様についてですが、言い換えるなら、どういう方向で読者を楽しませる作品なのかがはっきりしていてブレないということかなと。
B級グルメ的なこだわりに共感する人なら『孤独のグルメ』は裏切らないって分かるのが、強みなんだと思います。

御作の場合、巧くまとまっているとは思いましたが、どういうところで読者を楽しませようとしているのかが見えないというもどかしさは感じました。

もうちょっとウリを意識しなきゃっていうことでしょうか。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 12)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

意見ありがとうございます、あまくささん。
僕の中で指針が決まり切らずに作っていた部分があったかもしれませんね。幾作品か読んでみて、もう一度構想を練り直してみます

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 13)

投稿者 玄翁 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

すでにあちらの感想含め多くの方が回答しているので蛇足かも知れませんが、一応短編を読みましたので再度回答させていただきます。

ご自身でも挙げられていた孤独のグルメ、私はドラマの方を見たことがありますが、あれを例にとるとあれは食事をすることで五郎の中でドラマが巻き起こっているから面白いのだと思います。

飯を食うことでその美味さを存分に噛みしめたり、あるいは新たな発見があったりでその度に主人公の心が揺り動かされることに醍醐味がある訳で、そこを上手く表現できないと主人公がただ、飯を食って終わり、と言うことになってしまうのだと思います。

そんな訳で、御作を見るにそのドラマの部分が正直かなり弱かったと思います。

孤独のグルメに関してもっと言うと、個人的にはヒーローものなんかで毎回新たな敵役が出てくるのに構図が似てるかな、とも思います。

ヒーローの前に新たな怪人が出てきて初見の攻撃に最初はヒーローが苦しむけど、最後にはそれを乗り越えて怪人に勝利する、と言うのに割と近いかと。

主人公=ヒーロー 怪人=飯 と置き換えて見るのはちょっと奇妙に思うかもしれませんが、ほぼその図式が当てはまるんじゃないかなと思ったので言及しました。変に飯テロものと考えすぎてしまっているようなら、そう言う考え方もあるのかと参考にでもしてもらえればと思います。

あと横槍になりますが「描写不足」「説明過剰」に関して、結局のところドラマ作りが上手くできていれば解決する問題かな、と思います。飯にしろそれ以外にしろ、ドラマ作りに足りていなければ描写不足、それを越えて必要以上にあれば説明過多と言うことになるのではないかな、と。

単に描写が多いか少ないかを考えていても、中々答えは出てこないと思います。
大事なのはそれがドラマ作りに過不足なく寄与しているか、ではないかと思います。

もう練り直しに向けて動いておられるかも知れませんが、わずかでも参考になればと思います。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 14)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

返信遅くなり申した。
玄翁 さん、ご意見ありがとうございます。
リアルが少々忙しくてまだ描き始めていなかったので、ぜひぜひ参考にさせていただきます。

コンセプトが重要かな (No: 16)

投稿者 あまくさ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

飯モノは簡単に書けるかどうかは分かりませんが、狙い方が重要なんじゃないかなと。
『異世界食堂』と『孤独のグルメ』を例に考えると、扱われている料理がすべて庶民的で読者がイメージしやすいという点がきわめて大きいように思います。
『異世界食堂』ならメンチカツとかオムライスとかエビフライとか。現代の日本を舞台にした作品だったら、よほど巧く書かないとそういう料理で読者の興味は引きにくいと思うのですが、異世界のキャラの視点を使うことによって新鮮に感じさせているのがミソなのではないでしょうか?

ある意味エンタメでは「ありふれているのに新鮮」というのは最強です。読者の共感を得やすいからです。

高級料理。高級ではなくても素材や料理法にこだわった「至高の料理」。そういうのは多くの読者にとってピンと来にくいですよね? 感心はしても共感は得にくいのではないかと。

    *   *   *

そういうこととはまったく違う例として。

先の書き込みであげた『美味しんぼ』は凝りに凝った至高の料理派。しかしあれは飯テロで勝負しているのではなく、作者の問題意識も含めて料理をストーリーにからめるのが上手いのだと思います。そういう意味で、少なくともあれは誰にでも書けるという作品ではなく、むしろ難易度は高めなんじゃないかと。

飯テロモノを書きたいのですが、『飯』そのものの描写をどこまでやっていいのか基準が分りません。の返信 (No: 17)

スレ主 大野知人 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

わたぬきさん、あまくささん、ありがとうございました。
ご協力くださった皆さんには申し訳ないのですが、少々忙しくなるのでこのスレッドへの返事は今後難しくなると思います。

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大学受験中に親が原因で鬱になった主人公が、妹(or従妹)の高校進学が少し遠くに進学するのをいいことに妹共々家を出て二人暮らしをすることになり、その先で家事をしたり、今まで言ったことのない店で外食してみたり、バイトしたり、高校時代に同じ部活だった仲間とふざけたりする。感じの作品です。

鬱の原因について親も納得しており、かつ親自身の性格である故に理解できても親にはどうしようもなかったこと。妹(or従妹)は妹で鬱になるほどではなくとも兄の苦労を理解していたこと。兄妹がシスコン・ブラコン気味であること。
この三点を抑えて置いたうえで、なんですが。

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