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非オタクコンテンツをバカにするオタクについて (No: 1)

スレ主 みずすまし 投稿日時:

 半分グチのようなものなので迷ったのですが、どうしても気になることがあり質問します。

 まず、ここでは分かりやすくするために、アニメやライトノベルなどが好きないわゆる二次元オタクを「オタク」、オタクが好むコンテンツを「オタクコンテンツ」、それ以外を「非オタクコンテンツ」とします(あくまでこの場での定義です)。

 私は主に実写映画や一般文芸が好きで、アニメやライトノベルも区別せず楽しんでいます。そのため、ネット上のオタクの集まる界隈ものぞいています。そこで近年「アニメはすごい。それにひきかえ実写はクソ」のような意見を目にすることが増え、嫌な気分になることが多くなってきました。

 以前からもオタク界隈では、オタクコンテンツを持ち上げるために一般に受け入れられている非オタクコンテンツをバカにするのを目にしてきました。

アニメを持ち上げるために実写をバカにする
ライトノベルのために純文学や一般文芸を
アニソンのためにJポップやクラシックを
声優のために俳優やアイドルを
など
 ですが、アニメ人気のせいか、近年、特によく目にするようになった気がします。

 最近も、よく視聴していたアニメを紹介するユーチューブチャンネルで配信者が
「日本が誇れる映像コンテンツはアニメだけ。実写はオワコン」
と主張しだして、すぐチャンネル登録を外しました。
(ちなみに、日本の実写映画はぱっと浮かぶところでは、是枝裕和監督、黒沢清監督、北野誠監督は長年評価され続けていますし、園子温監督はカルト的な人気がありますし、若手では滝口竜介監督は今年を含め3年連続で世界三大映画祭で受賞しています。「日本の実写はオワコン」という意見は全くの誤りです。こういうよく知りもしないでイメージだけで批判するって、それこそオタクが長年受けてきた仕打ちのはずなんですけどねえ)

 私が実際に付き合いのあるオタクは皆、他者の好みを尊重できる人達なので、こういう意見を言うオタクはノイジーマイノリティなのか? とも思いますが、実態は分かりません。

 そこで質問ですが、
1、非オタクコンテンツをバカにするオタクをどう思いますか?
「同意見だ」「彼らこそ正しい」といった意見もご遠慮なく。

2、(一部の?)オタクがそうした行為に及ぶ理由は何だと思いますか?

 どの程度の割合でそういう人がいるのか、も知りたいので、1について「私は賛成(反対)だ」の一言だけでも結構です。

カテゴリー: その他

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人気回答!非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 2)

投稿者 スイ : 3 No: 1の返信

投稿日時:

 それは、視野が狭いからです。

 ロクロク苦労などを乗り越えてもこなかった、それゆえのオタクなんですね。
 そういっている自分は、だがそんなオタクさん方のために小説を書きたい。
 一般にも通じてしまうような作品を書きたいのですが、あくまでもオタクが主要対象です。

 人はダレでも、いまだ苦労を乗りこえていなかった時期があるからです。

 ココロの底から夢中になれる、そんな本に出会えるのは……。
 幼かった時代だけなんだろう、と思っています。

人気回答!非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 3)

投稿者 神原 : 3 No: 1の返信

投稿日時:

こんにちは。

私が感じているのとはなんか違うなあ。と思ったので書き込み。

実写がオワコンなのは、原作がライトノベル小説や漫画、オリジナルのアニメを実写化する事に対しての反論だったはずだと私は思っています。普段はアニメとかを馬鹿にしていていざとなるとアニメから実写化。成功しているのもあるけれど、大半はアニメなどよりもずっと酷い出来と言う事が繰り返されてきました。

それに対してオタクは実写化しないでくれ、実写はクソ。実写はオワコンと言っていたと私は感じています。今がどうなのか調べていないのでしりませんが。

小説を書いていると、ライトノベルも良いし、普通の小説もまた良いと感じます。

1、非オタクコンテンツをバカにするオタクをどう思いますか?
 これに関しては上で書いているとおり。

2、(一部の?)オタクがそうした行為に及ぶ理由は何だと思いますか?

 これも上で言及しています。

こんな処でしょうか。

>>>>>>>>>>>>>

アニメの実写でよかったのは るろうに剣心とか。でも、デビルマンしかり進撃の巨人しかり、アニメからの実写は止めてくれと言うのは私も思っています。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 4)

投稿者 大野知人 : 2 No: 1の返信

投稿日時:

 ノイジ―マイノリティ、って言うか、『オタク文化以外は好きじゃない/興味がない』って言うのも『好みの一つ』なんじゃないですか?

 スレ主さんも言っている通り、オタクたちだって『よく知りもしないでイメージだけで批判』されてきた部分がある訳だけど、逆にオタクたちの一部もまた『よく知りもしないでイメージだけで批判』することがある。

 例えば、『○○国でクーデター・テロがあって、一般人にも死傷者が出た』というニュースを聞けば、『何の罪もない一般人に被害を出すなんて、悪い軍人・テロリストだ!』と人道的に憤慨する人たちは結構多いかと思います。
 でも実は、そもそも政府側が汚職・不当な規制などによって人民を虐げていて、現地に行ってみたら一般市民の大多数は軍人側・テロリスト側を歓迎していたりする。
 更に言えば、被害に遭った一般人側の遺族は当然テロリストに恨みを持つでしょうし、しかし実は『一般人』と報道されているだけで被害者こそが汚職政治家その人だったりするかもしれない。

 要するに、どれだけ客観を持っているつもりでいても、見えていない事があるし、『自分の視野が他の人より広い』からと言って、『視野が狭い』人より優れているとか、一方的に非難して良いわけではないという話。

 勿論、あなたが他の『視野は狭い』人々に『もっと視野を広く持つべき』と言っても、言わなくても自由ですが。少なくとも、『視野が狭い奴は悪い奴だ』と決めつける・『視野が狭い』ことを理由に避難するのであれば、あなた自身もまた『視野の狭い人』と何ら変わらないでしょう。

 さて、ここまでが一般論。

 俺個人として言うと、『まあそんなものかなー』と思ってみています。日本人は特に顕著なのですが、世論や勢いに流されて相手を批判してしまったり、そこで引っ込みがつかなくなってしまうというのは良くある話です。
 オタクが受け入れられてきた今の世の勢いに乗ってオタクコンテンツ以外を批判する人間が居るのは、それが正しいかに関わらず、『十分あり得る事』だし、『人間なんてそんなもんよ』と思ってみています。
 実写化とかノベライズで『思ってたんと違う』みたいな経験した人とかも、いるでしょうし。共感はしませんが、そういう風に考える人が多いのは理解します。

 個人的には、富野由悠季監督(ガンダムとかの)が昔言っていた『アニメを見て育った人間にはアニメは作れない』と言うのが結構胸に刺さる言葉でした。
 これもまた、少々偏見じみた部分のある言い回しではありますが、一方で『オタク的で無い娯楽』を知らない人間が作れる・楽しめる事には、限度があると感じています。

 でまぁ、最後に言いたいこととして言うなら。
 まず、『今の日本には偏見や差別がない』という考えを捨てる事から始めると良いでしょう。
 職業・出身地・在日外国人・外見などなど、未だ日本には偏見や差別が山のように存在しています。
 
 『オタクコンテンツ』と『非オタクコンテンツ』の争いも、結局そんな偏見や差別の一種に過ぎません。

 喧嘩両成敗と言えば綺麗にも聞こえますが、人類の倫理観という物はまだまだ未発達なのです。大して期待すんじゃねぇ。

 ちなみに、世界的評価をガン無視して言うと。
 実写映画なら三谷幸喜。
 音楽なら星野源や岡本靖幸なんかが好きですね。俺は。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 5)

投稿者 手塚満 : 2 No: 1の返信

投稿日時:

オタクとて、非オタクから常に攻撃を受けてますよ。「アニメ好き?」→「はい」→「ロリペドめ」みたいなことは日常茶飯事です。

少し枠を広げると、メインカルチャーからサブカルへの攻撃です。サブカルは、低俗、非道徳、幼稚、芸術性皆無等々と言われます(自分としては「だからいい」のですけど)。

> アニメを持ち上げるために実写をバカにする
> ライトノベルのために純文学や一般文芸を
> アニソンのためにJポップやクラシックを
> 声優のために俳優やアイドルを

これらは逆方向の非難、罵倒も存在するわけです。そのことは、スレ主さんが「それこそオタクが長年受けてきた仕打ちのはずなんですけどねえ」と仰っているので、ご存じのはずです。

ですので、とりあえずご質問2つに回答しておきます。

> 1、非オタクコンテンツをバカにするオタクをどう思いますか?
→オタクコンテンツをバカにする非オタクと同類。

> 2、(一部の?)オタクがそうした行為に及ぶ理由は何だと思いますか?
→非オタクがそうした行為に及ぶ理由と同じ。

1.分類がおかしくないか?

アニメについて考えてみます。アニメって何でしょうか。絵が動く表現ですよね。実写を対照させるとしたら、写真が動くとしておきましょう。それらで表現される物語内容に、アニメか実写かは有意に影響するんでしょうか。

例えば、小説原作で映画化がされた「君の膵臓がたべたい」は実写版、アニメ版があります。どちらかが原作と違う物語になってたりしますかね。そんなことはないですよね。アニメ「だから」低俗だったり、実写「だから」つまらなかったりしますかね。そんなことあり得ないですよね。

そもそも論で言えば、分類が間違っているのです。アニメだから内容がこうなっているはずとか、実写だからキャラクターがこうなるはずとか、妙なことを思い込んでいる論が散見されます。繰り返しますが、絵が動くか写真が動くかだけの違いです。物語部分のコンテンツを左右するはずがないわけです。

2.すごいもクソも手法では決まらず、個々の作品に生じる好き嫌い

ですので、仰ることのうち例えば、

> 「アニメはすごい。それにひきかえ実写はクソ」

は、善意で考えるなら「アニメ作品ですごいのがあった。それにひきかえ実写作品で面白いものがなかった」という視聴体験と受け取るべきでしょう。動かすのが絵か写真の違いだけで、天下りに「すごい」か「クソ」かなんて決まるわけないですから。

その「すごい」「クソ」も「自分にとって好き」「自分にとって嫌い」でしかありません。もし、例えば興行成績で比べているとしたら、好き/嫌いですらありません。こけおどしか何かです。言ってる本人は何も楽しんでない。

3.批判に客観性や分析はあるか

もし「手法としてのアニメはこういう可能性を秘めており、それは実写にはなく」といったことを言い出す人がいたら、話を聞いてみてもいいでしょう。一応は客観性もある論や考察の可能性があります。例えば「アニメなら日常から広大な宇宙まで、同じ手間で表現できるから」とか「実写では人間そのもので、映像の情報量が半端ないから」とか。

そうでじはなく、例えば「みんなアニメがすごいって言ってるし、見てて興奮したし」みたいな話なら聞き流せばいいのです。単なる個人の感想です。アニメか実写かに関係なく、実のある作品ならその程度の感想で左右されたりしません。ましてや、大雑把な大枠「アニメか実写か」で個々の作品の値打ちが決まったりするわけがない。

4.いくら貶しても作品自体は不変

それどころか、誰が何を言おうが、作品そのものは少しも変わらないわけです。自分が見る/読むとして、他人が何を言ったかは全く作品に反映などされず、作品そのものを楽しむだけでしょう。もし他人の感想で作品が楽しめないとしたら、見る/読む人自身の心の中の雑音のせいでしかない。貶した人のせいですらないわけです。

5.貶す人に出てくる特徴

で、その貶す人なんですけど、強い特徴ありますよね。なんというか、偉そうです。おずおずと遠慮がちに欠点めいたものを指摘するって、ほとんど見ません。もし、そういうのがあったとしても気にならないはずです。

なぜ偉そうなのかと申せば、実際に偉いと思ってるから。(批判、論評等と称して)貶すって、麻薬的な魅力があります。その作品(及びクリエイター)より、自分がすごくなった気がするからです。批判する作品よりすごい論を展開していると思えなければ、なかなか批判を公言できるものではありません。

そして同調を求めてますよね。自分がすごいという確認が欲しい。それって自信がないのが根底にあります。貶してはみたけど、本当に大丈夫だろうか、間違ってないだろうか。公言してみないと分からないし、公言した以上は賛同が欲しい。それが批判対象の作者やファンの悔し気な様子であってもいい。

そうなるとどうしても批判のトーンやテンションも上がってしまいます。自信ありげに見えないと、賛同も得にくいと思うから、ますます尊大にもなるでしょう。自分は絶対無誤謬であり、批判対象こそが間違いだらけ。そういう雰囲気出したいわけです。自信がないから。

6.貶し続ける人に起こる劣化

ところが、そういうことを繰り返す人の言うことって、だんだんつまらなくなります。具体性がなくなっていったり、いつも同じようなことを言っているとしか思えなかったり。しまいには「そもそも作品を実際に見た/読んだのか」と言いたくなるような話しかしなくなったり。

そうなるのも理由がありまして、やったことは好むと好まざるにかかわらず学習してしまうから。つまらないから貶すわけですが、貶すにはつまらないところをよく見ないといけないわけですよね。あるいは嫌いだからよく見ず、「つまらないはずだから、こうなってるはず」の思い込みで考えるとか。

つまり、つまらないところばかり見たり、よく見ないことを繰り返す。結果、つまらないところばかり見る力と癖がついたり、作品が見えなくなって想像したイメージしか見なくなる癖がついてしまうのです。作品を楽しめないよう、自分を訓練してしまっているわけです。

7.スレ主さんも貶す人になってないか

言いにくいことですが、スレ主さんのご質問もそうなってないですか? なぜ貶す人をそんなに気にするんでしょう? 自分が作品を楽しむのに、全く関係ないはずです。しかし作品よりも貶す人に注意が行ってしまってないしょうか。批判が気になって、作品を楽しめなくなっていってないでしょうか。

もしそうなら大変に危険です。批判にかける手間、時間、労力を、是枝裕和監督、黒沢清監督、北野誠監督、園子温監督滝口竜介監督の作品を楽しむほうに使ったほうが楽しくないでしょうか。楽しめなくなるほうに努力するのは損ではないでしょうか。

8.批判へのカウンターで面白さを語れば己も高める

それでももし、どうしても批判に反論したいなら、スレ主さんがどう楽しんだかを述べればいいでしょう。面白くないという意見を封じるのは非効率ですし、下手すると相手の自由を否定します。作家志望者としては表現、言論の自由は重視のはずです。自分の大事にするものを否定しかねません。

ですから、面白さを語る。つまらないという意見に対する、最も有効なカウンターです。第三者として、「これはつまらない」→「いや、そんなはずはない」と、「これはつまらない」 vs 「これはここがこう面白い!」のどちらが刺さるか。後者ですよね。だって、どこがどう面白いか分かるんですもん。それに、面白がる人がいたら、何に面白がってるか興味が湧くのが人情です。口コミで人気が出るって、そういうパターンですよね。

そして何より、面白さを語っていると、面白さを見出す能力が高まります。面白いところに自然に目が行く癖もつきます。もし創作者になりたいなら、とても役立つ能力と癖です。

9.批判精神も必要だが控えめに

それでも、批判精神も大事ではあります。面白がってばかりいて、欠点が見えなくなるのもまずい。ですから、比率としては8:2くらいでしょうか。楽しむ手間暇8に対して、その1/4=2くらいを欠点を分析する手間に振り向ける。それくらいなら害はなく、むしろバランスのいい作品の見方ができるようになると思います。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 6)

投稿者 読むせん : 2 No: 1の返信

投稿日時:

1,2,自称オタクは「カルト教団員」だから。

どっかのYouTuberも言っていましたが、オタクの本質は「狭くて底なし沼」です。
範囲がディープなだけで狭いのよ。

私なんかは比較的サブカル系が好きなんですが、オタク系の人間のほうが
「【サブカル好きな自分】が好きなだけだろ、自意識過剰www」
「イキリ散らしているの、良くないよ?」
とか決めつけられて糞糞にディスられたりしましたね。

そも小学生の時から「ジョジョ」とかアニメの「アレクサンダー戦記」とか好きだけど、否定してきたのは全員、自称オタク共でしたね。
 リア充タイプは「あー、あんまり分かんないけど、なんかそれ系好きなんだー。アメ村のヴィレバン系?みたいな?」ってリアクションでした。楽。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
 オタになる人種によっては「アニメ好き相手なら誤魔化せる」から混ざっているだけのカルト思考者が多い印象です。

今、わりとリア充タイプもオタ活していますが、かれらが流行や新しい思想に柔軟なだけだと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は「キサラギ!」や「食堂かたつむり」、「レンタネコ」とか好きですが、宇多丸の映画レビュー好き。
 宇多丸さんの【ここ嫌い】が私的には【むしろ、そこが好き】ってなるから。

嫌いと言いつつポイントを押さえる宇多丸さんの映画センスが凄い好き。
申し訳ないけど「型落ちおねーさん」はセンスが合わない。
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 リア充型オタクは「相手の嫌い」の容認がうまいし、自分が狭い範囲のオタだから無知な事を自覚し、謙虚な対応が多い印象です。
 知らないから、相手の意見を知ろうとできる【無知の知】が動く。

 非リア系の糞オタは「自分の好き」を否定されると「自分の神」や「自分自身」を否定されたみたいに吠えるし、キレるし、当たり散らすし、攻撃的になる印象。
 そのくせナチュラルに自分に合わない作品は呼吸するみたいにディスるから、話を合わせてあげるのが面倒。

人気回答!非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 7)

投稿者 サタン : 5 No: 1の返信

投稿日時:

>1、非オタクコンテンツをバカにするオタクをどう思いますか?
そもそも「オタク」がバカにされるもので、あんま表に立っちゃいけないと思うなぁ。
オタクに限らないけど、本来マイノリティだった存在がマジョリティになる(なったように感じられる)と本質が変化するんだよな。
オタクは、私の定義はスレ主さんとは違うけど、ようは「好き」が過ぎる人だから、基本的に頭がいいんだよね。対象についてものすごく詳しいし対象についてのみ好奇心が半端ないから。
対象以外についてはバカだから、それを理解できない俗人にはバカにしか見えないんだけどさ。
だから本来バカにされるもので、そんなことはどうでもいいから気にしないで変人扱いされるか、気にしてひた隠しにするかって存在だと思う。

うーん。気軽に発信できるYoutubeのせいかなぁ。
自分が見たいものしか見えてなくて、そもそもそれ以外は見てなくて、存在すら知らなくて、自分が属する場所がマジョリティだと思いこんでる、という感じ?
日本が誇れるものがアニメだけって、相当恥ずかしいんだけども。
アメリカ人が「我々が誇れるものはスーパーヒーロだけさ! キャプテン・アメリカを知らないのかい!」って言ってたら、漫画のキャラを誇ってるのかよ恥ずかしいな、って思うよね。
冷静に考えれば恥ずかしいこと言ってるってわかると思うんだけど、自分が属する輪の中にいると見えないもんなんだろうね。

まあ要するに 恥ずかしいことを言ってるって事実に気がついてないおバカさん って感じに思うかな。
その人はアニメが基準だから、実写=漫画の実写化=失敗が多い=オワコン!って思考なんじゃないのかな。「そこ」しか見えてないから。

2、(一部の?)オタクがそうした行為に及ぶ理由は何だと思いますか?
うーん。
まあ、オタクと言うには浅い人が増えたなーとは思うけど、逆に、深い人はあんま活動的じゃないというか行動的じゃないから、そもそも外へ発信する時間があるなら好きな映画見るしさ。
だから、比較的に「浅いオタク」が発信しやすくてバカを晒してることに気がついてないだけってことじゃないかなぁ。
オタクは好きなこと以外に興味がわかないから一般常識を知らない事があってバカと思われるわけだけど、こういう浅いオタクは「自分が興味あるはずの分野」で明確なバカを晒してるから、本当に救えないよねぇ。

……シン・ゴジラの話題で庵野監督の話になったとき、その場の誰もキューティーハニーを見てなかったっていうね。

人気回答!非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 8)

投稿者 あまくさ : 3 No: 1の返信

投稿日時:

>1、非オタクコンテンツをバカにするオタクをどう思いますか?

同意はしませんが、そういう人もいるだろうなという感想しか浮かびません。

>2、(一部の?)オタクがそうした行為に及ぶ理由は何だと思いますか?

さあ。知りません(笑
と言うか、(スレ主様言うところの)非オタクを批判するオタクにも色々な人、色々な考えがあるだろうから、それらを十把一絡げにするのもおかしくないかと。

ここまでは質問への回答です。
せっかくなので、オタク・非オタクコンテンツという状況についての個人的な見解も書いておきます。
先にザックリまとめると、

1)ジャンルに貴賤なし。

2)貴賤はジャンル内にはある。したがって、あるジャンル内の貴と別ジャンル内の賤を比較しても意味はない。

3)ジャンルに貴賤はないが、ある時期、あるジャンルが勢いをもつという事象はある。

4)オタクコンテンツ全般に勢いがあるとは思わないが、今、日本アニメには勢い・鮮度・成熟を感じる部分はある。

5)非オタクコンテンツのうち、芸術性の高いものについては古今東西マイナーな存在で、一般の評価では測れない。

6)非オタクコンテンツのうち、エンタメ性の高いものについては、現状日本では衰退傾向にあることを若干感じないでもない。

となります。一つ一つ詳述すると本が書ける長さになってしまうので、簡単に補足します。

1・2はお分かりですよね? アニメにも優れた作品と質の低い作品があり、実写も同じです。そもそも比較すること自体がナンセンスですが、他の方が言及されているアニメ実写化は、同じ土俵に立ってしまっているから比較されやすくなっているということです。そして、実写化の横行はオリジナルのコンテンツを創る力が衰退していることの顕われとは推測されます。

商業主義は悪いことではありません。しかし、商業主義が構造不況的状況に直面した時、しばしば上記のような弊害に陥りがちです。作品の質が低くても人気のある原作や人気俳優に頼ればそれなりの収益は見込めるのだと思われます。誰だって食っていかなくてはいけないので、そういうやり方には長期的な希望がないと分かっていても、そうせざるを得ないことってあるんですね。世の中には。
三谷幸喜『ラヂオの時間』という映画の中で、とあるラジオ番組制作者が言います。

「俺たちだって、いい番組を作りたいといつも思っているんだ。ただ、今回はそうじゃなかった。それだけのことだ」

「今回はそうじゃなかった」「今回もそうじゃなかった」が続く状況を「オワコン」と言います。
ネット民の言説は、情け容赦なく、浅慮で低劣で一方的で、視野が狭く、それでも時に正鵠を射ています。

3・4について。
ジャンルに貴賤はないと言いながら、ここでは日本アニメというジャンルを一括りにしています。貴賤はありませんが、クリエイターとファンが相乗効果を起こしながら盛り上がっていくという状況は時に起こり得るのではないかと。

5・6について。

>「日本の実写はオワコン」という意見は全くの誤りです。

一部の駄作のみ取り上げてジャンルを評価することは誤りですが、一部の良作のみ取り上げて評価するのも誤りかと。
それと、小説と映画には大きな違いがあります。小説は個人でも創作できますが、映画は企業的な取り組みがなければ創ることが困難だという点です。なので映画制作には小説以上に予算の裏付けと収益見込みが要求されるのではないでしょうか?
日本の実写映画にも優れた作者・作品はあるでしょうが、上記のような壁を突破するパワーを持ったコンテンツは、現在の所見あたらない気はします。私が知らないだけと言われればそれまでですが、上記の壁を突破するためには興味の無い人にも届く必要があるんです。

日本の実写はオワコンという意見は、情け容赦なく、浅慮で低劣で一方的で、視野の狭い粗雑な意見でしょうが、にもかかわらず正鵠を射ている可能性があります。軽視はできないと思います。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 9)

投稿者 ごたんだ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

まあ、『サブカル』呼ばわりして敷居を上げた感はある。

その敷居を誰が上げたのかって、突っ込むと悲劇の出番で、政治の話しになる。

更に言うと、政治家の嫉妬とはクリエーターの『アガペー』とはベクトルがアレである。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 10)

スレ主 みずすまし : 2 No: 1の返信

投稿日時:

 皆さん、ご回答ありがとうございます。

 言葉足らずで意図が伝わらなかった方がいたようなので一応補足すると、私はそういうオタクを論破したいとも黙らせたいとも思っていません。「どうしても気になる」というのは、アニメ関連の情報に接していると否応なく視界に入ってきて鬱陶しい、程度の意味でした。
 これまでもそうしてきましたが、今後も「何か言うとるわい」で聞き流すことにします。

 あまくささんがコンテンツの状況について言及していたので、私も私見を述べておきます。

 日本の実写映画産業は衰退傾向どころか、ここ三十年くらいずっと低迷しています。ただ、件の配信者は明らかにアニメの実写化のような作品しか知らずに語っていたため、一般に広く知られなくとも、国際的に高く評価されている人物、作品が多くあることを示しました。

 名作、駄作のどちらかのみに注目して評価するのは誤りというのは同意です。
 ただ、同じような認知の歪みはアニメについても言えることで、「君の中は。」のような一般人にリーチするように作られた作品の成功をもってオタク向け作品まで世間に受け入れられたように錯覚しているオタクが結構いるな、というのが私の感覚です。
 今月、金曜ロードショーで「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」が放送され、ネット上では大変盛り上がりましたが、放送してみれば、ジブリ、ディズニー、細田守作品など、ほとんどの一般向けアニメ作品が視聴率10%を超える中、特別編集版が6.7%、外伝が6.2%と低調でした。オタクやテレビ局の認識と異なり、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」ほどの作品であっても一般人は一般向けに作られていない作品は知らないし興味もなかった、つまり、あまくささんの言う「壁を突破するパワーを持ったコンテンツ」ではなかったということだと思います。「アニメが好き」と言った時に何を指しているかのオタクと一般人との乖離はまだまだ大きいかと。

 多少挑発的になってしまうかもしれませんが、日本のアニメはこのまま人気が高まっていけば、実写映画の現状に近付いていくと思っています。

 実写映画もかつてはオタクコンテンツ的性格の強いものでした。実写映画の現状は、オタクコンテンツとしての映画を愛する映画オタクが、映画を非オタクコンテンツに変質させようとする一般人に負けた結果です。オタクと一般人が戦えば、数で圧倒する一般人が必ず勝ちます。

 あえて作品名を挙げれば、アニメオタクから大変不評な実写版「かぐや様は告らせたい」は映画オタクからも大変不評です。でも、興行的には成功し続編まで作られました。では、誰が観たのかと言えば一般人つまり「大衆」です。大衆の嗜好は安易で陳腐で低級です(当然ですね。複雑でエッジが利いた高級なものを好んだら、それはもはや大衆ではない)。

 オタクコンテンツが一般に受け入れられるとは、正確には一般人がオタクからオタクコンテンツを取り上げて、自分達の嗜好に合うように変質させ、非オタクコンテンツとして大衆文化に取り込むことです。

 オタクコンテンツを世間に受け入れさせ、かつ、産業として成り立たせようとすれば、

オタクには鑑賞にたえない低質な一般向け作品を量産して収益を上げる陰で、オタクのような分かる人にだけ分かる良質な作品をひっそりと作る。

という形態に必ず向かいます。映画に限らず音楽でも出版でもこれまでそうなってきました。
 アニメオタクがどれだけ批判しようと、アニメ映画の声優に芸能人が起用されるのも同じ原理です。オタクの不興をかってでも一般人にリーチできた方が制作者にとっては得なのです。この流れを断固拒否するなら、世間からの嘲笑に甘んじる覚悟でオタクだけの狭いコミュニティーの中で楽しむしかありません。
 ちなみに、金曜ロードショーの視聴率でいえば、漫画の実写化の「今日から俺は!!劇場版」は11.2%で「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の1.7倍です。これが大衆の嗜好です。
(一応、言っておくと、私自身が多くの分野でその「大衆」の一人である自覚は当然あります)

 以上の理由から、「世間にアニメの価値を認めさせよう」「日本のアニメを世界に誇る一大コンテンツにしよう」とすれば、実写映画の現状にどんどん近付いていくと思います。
(私の身近にいるアニメオタクは最近のアニメブームを「オタクの楽園だったアニメを一般人が侵略してきた」と認識しています)

 実写映画界は、良質な作品を作るより「かぐや様は告らせたい」を作った方が儲かる、という誘惑に勝てませんでした。アニメ界が今後どうなるかは分かりませんが、個人的には「君の名は。」や「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のような、カップルが一緒に観られるような一般向けのおしゃれな感動路線にリソースが割かれていくのではないかと思っています。

人気回答!非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信の返信 (No: 11)

投稿者 半額オソーザイ : 3 No: 10の返信

投稿日時:

ちょっと一つだけ気になったことなので、言っておきたいなーと思ったので書き込まさせていただきます。

この掲示板にいるということは創作する、何かを生み出す人間である……という仮定なので、そうでないなら失礼しました案件なのですが。

「大衆の嗜好は安易で陳腐で低級です」
 ⇒この発言はちょっとよろしくないかな、と思います。
  たとえば自分がここで言われている「質の低い(と言っても、それって人それぞれの基準でしかなくね?)実写作品」みたいなものを書いて、世に出したとします。
  アニメオタク(これも基準がパッとしない……私、毎日のようにアニメ見るけど、アニメオタクかと言われると全力で否定したくなります)には評価されなくても、普段アニメや漫画に興味のない方にウケた場合、どうでしょうか?
  自分の作品を楽しんでくれている方を、安易で陳腐で低級なものを好む人だと馬鹿にするのでしょうか?
  作品自体の批評は自分の創作技術の向上にも繋がると思うので良いと思いますが、何かの作品を楽しんでいる人の格を下げるような発言は、創作者として良くないと私は感じました。
  あくまでも自分の感じ方なので、俺はお前とは違うんだ!って言うのであれば私は否定しません。
  貴方の思考を矯正するような意図は一切ないですし……(そもそも、誰かの考えを変えようと強い言葉を使うこと自体、やっちゃいけないことだと思うので……)

カップルが一緒に観られるような一般向けのおしゃれな感動路線……?
大いに結構……! それだけ世に認められて売れている、産業としての創作が存在するのなら、そこから見習うべきですね! っていうのが私の考えです。
これは昨今の恋愛ラブコメライトノベルが「美少女との甘い青春を読みたい読者に好まれている」、なろう系の「つらい現実から離れて、異世界に転生した物語を追体験したい人が読んでいる」などの傾向と同価値だと思います。認められて売れているものは、それ以上それ以下でもないですし、読者の嗜好を否定する時間があるなら、誰かの心を掴む創作を考えていきたいものです……。

というか現にここで挙げられた実写映画、私面白いって純粋に思っちゃったクチなので……!
ちょっと自分の価値観が否定されているように感じちゃいました。もちろんそんな意図はないと思いますが……!

そもそも作品の良い悪いはそれに接した人の価値観によるもので、絶対的な基準はないと思います。
あるとするのであれば、売れたか売れなかったか。
私たちが書くのは、売れるもの……新しい面白さを模索してエッジをきかせるのか、既存の流れを追うのか。どっちを選ぶにしろ努力というプロセスがあるのです。そういう意味では「実写版「かぐや様は告らせたい」」は相当な努力をした結果、クリエーターの方々が生み出したものなのだと思います。
他のアニメがそうであるように……。

っと、偉そうに言ってしましましたが……。

要は「読者になるかもしれない誰かの価値観を否定するのは、創作者としてよくないのでは?」ということです。
だいぶ批判的に書いてしまったかもしれませんが、不快な内容になってしまったのであれば申し訳ありません。

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非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信の返信 (No: 12)

投稿者 サタン : 2 No: 10の返信

投稿日時:

>実写映画界は、良質な作品を作るより「かぐや様は告らせたい」を作った方が儲かる、という誘惑に勝てませんでした。
結局のとこ、原作付きの映像化で人気俳優やらを使えば「オタク・原作ファン」からも「それ以外」からも集客できる、という判断だからね。実際それは事実だからしょうがないわな。
でも同時に、そういう制作環境とそういう結果になってしまう大衆の市場のせいで、例えばちょっと前に話題になったイカゲームみたいに売り方やアプローチが上手い別ものに負けちゃったりするんだよね。
モノづくりに携わるものとして、別に、ネットでさんざん言われてたようなパクリを指摘しやしないけど、まあ、あの作品のテーマやコンセプトはかなり日本のサブカルの感性で影響を受けまくってることは事実だから、
言うなれば日本の実写化業界が、「日本国内でファンが多い人気俳優起用する」=「日本国内でしか集客効果がない」=「日本の市場しか見ていないが国内での売上は予想しやすい」という構造になっちゃってるせいで、これはもうどうしようもないよ。
結果的に海外勢に負けたりして、しかも今やNetflixとかネットからの攻勢も強いから、日本の映画業界は本当に環境や体制を改めないと二度と良質な作品なんて作れなくなっちゃうかもしれんね。
とはいえ、そもそも日本の実写映画にはブランド力がないのが一番の問題だと思うけどね。

>漫画の実写化の「今日から俺は!!劇場版」は11.2%で「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の1.7倍です。これが大衆の嗜好です。
実写化は「原作ファン」だけじゃない層まで取り込んでるから、そうなるのは割と当たり前。
作り手側としては、これをそのまま「大衆の嗜好」とするのは危険と思うかな。
それは逆で、「映画を『アニメ』で作るとどんなにクォリティが高くともジブリなどブランド名がない限り、大衆は全体の数%しか見向きもしない」ってことだと思うよ。
昨今のオタクはアニメを過剰評価しすぎだと思うかな。

>一般向けのおしゃれな感動路線にリソースが割かれていくのではないかと思っています。
ぶっちゃけ、結局スレ主さんの感想が書かれてるだけで何が言いたいのかわからんかったけども、
私は、今後はポスト宮崎駿な作品が話題をかっさらってくんじゃないかと思う。

人気回答!非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信の返信 (No: 13)

投稿者 手塚満 : 3 No: 10の返信

投稿日時:

スレ主さんのご意見(No: 10)を拝読してみますと、最初のご質問は解決したも同然のようです。もしご自覚があれば、ですが。念のため申し上げれば、「大衆とかをバカにする行為が面白かったでしょ。それですよ、気になさっている行為の理由は」ということです。以下、少し説明してみます。

1.他人の評価を求めるスノッブ

極めて短い言葉で言えば「スノッブ」です。意味する範囲は割と広いですが、今の場合は「他者の高評価が欲しい」という面が大事でしょう。そのために「大衆」を蔑んだりしている。スレ主さんはご自身を多くの面で大衆と仰るものの、論を述べている領域では大衆を批判できると自認している。でなければ批判はできないですからね。自分も批判されるべき対象と思えば、反省の弁になる。

自分が欲しいものは、他人も欲しがると思うのは人情です。自分が他人から高評価されたいと思えばこそ、他人も周囲から認められたいと思うはずと考えてしまう。しかし人情は必ずしも的を射るわけではありません。高かろうが低かろうが、評価なんぞ余計なお世話という場合もあるのです。

2.オタクは他人の評価を求めていない

オタクって何だったでしょうか。辞書にも記載されるようになりましたね。最初は広辞苑でしたか。一つのことに深くのめり込んで、社会性はない、みたいな感じでした。オタクの項がある辞書は増えましたが、定義・意味解説今もそれほど変わってないようです。

社会性はないって何か。評価されようと思ってないんですよ、オタクは。自分が楽しめればそれでいい。サブカルではそれで問題は出にくいですが、メインカルチャーではそうもいかない模様です。メインカルチャーでのファンは「自分は好む分野についてかく理解しており、このように楽しんでいると説明できる」みたいなことが必要みたいです。

3.メインカルチャーの隠れた常識はサブカルの非常識

ですので、サブカルファンとしばしば話が合わない。自分などもよく「お前が楽しんでいるという、その作品の面白さを語ってみろ」と言われます。こちらとしては非常にバカバカしい。自分が楽しむにあたって、なぜ他人に説明なんか必要なのか。

そこは自分としては常識なんですけど、その常識が通じない。なんでも「説明できないなら楽しんでない」のだそうで。おまけに「お前がその作品が好きだとは認めてやらない」のだそうで。別に構いませんがね。読んでいる/見ている最中に邪魔さえしないんなら。大勢に「あいつはあれが好きと言っているが、嘘だ」と触れ回ってもらっても構いません。

彼らがそうした行動をとり、疑問も抱かないのは、どうやら「他者に評価されないと、自分が本物と思えない。楽しんでいると思っていても、浅いのだろう」というのが常識になってるみたいです。あまりにも常識過ぎて、その常識がいかなるものか考えられないし、そもそもその常識の存在を意識すらしてないようでもある。

4.サブカルのオタクは一人で楽しみたいだけ

でも、サブカルを好むファン/オタクには無関係なことです。自分一人が作品を面白がれれば、それでいい。好みが共通な人となら話もします。より面白くなるから。貶す外野は気にしません。それは歴史が証明してるでしょ。宮〇勤の同類とか言われても、少しもやめないとかが続いてるわけですんで。オタクという呼び方からして、外部から与えられた蔑称ですね。それも気にしてない。

かつ、外から見たら得手勝手。自分一人が楽しめればいいんだから、そう見えるのも無理はない。人の楽しみを奪うわけではないから迷惑はかけてないけど、薄気味は悪いんでしょうね。ともかく、得手勝手、自分一人さえ、という点が大事です。

5.オタクコンテンツなるものは無い

オタクという抽象化された、同質の集団ではないんですよ。ですので、オタクコンテンツというものも存在しない。少なくとも「オタクコンテンツとはこういうものである」という説明は不可能です。各々が何を好きかなんて定義できないし、十人十色ですから一定の方向性も見いだせない。

結果論としてはオタクコンテンツはあります。オタクと見える人々が群がっていたら、それがオタクコンテンツ。しかし、オタクコンテンツとなる作品の出現は予測できない。ジャンルなら、まああるといえます。ラノベ系でいえば、異世界転移・転生ものには、比較的オタクと呼ばれる人々が群がりやすい。

しかし、ちょっと前の流行は現代学園異能バトルものだったりする。魔王と勇者フォーマットが人気だったこともある。コロコロ変わるんです。共通点はたった1つ、「面白がられる作品が出る」ということ。すると類似作が続いてジャンルを成します。そのジャンルが廃れないうちは、ジャンル内にオタクと思しき人がうようよいたりする。

ですが、そのオタクが一斉に同じ方向を向いたりはしない。ジャンルが廃れたり、別のジャンルが栄え出したら、各オタクは思い思いの方向へ流れていきます。繰り返しですが、なぜなら他者の評価を求めてないから。誰かが「これはいい」と言ったものに群がるんじゃなく、自分が「これはいい」と思ったものに群がるからです。

ですので、「これがオタクコンテンツである」として、「こういうものがオタクに受ける」とかやらかすと、まず間違いなく失敗します。クリエイターが「自分はこれが面白いと思う」というものを作れば、オタクが群がる可能性はあります。過去からずっとそうです。

6.過去事例:アニメブーム発端の宇宙戦艦ヤマト

例えば今のアニメブームの走りって、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」が起こしました。初回放映では見向きもされず、しかし再放送でなぜか火が付いた。人気の広まりと高まりも急速で、設定資料のコピーなどの関連グッズが飛ぶように売れたのも前例がありません。アニメ雑誌創刊にもつながりました。他の既存アニメ作品の掘り起こしも行われるようになりました。

自らアニメ制作するアマチュアも現れました。たいてい、自分の好きなキャラばかり描いて動かすばかりだったので、グループ化しては潰れるのが通例だったそう。当時はオタクという言葉がなかったんですが、オタクでしょうね。楽しみには自分勝手ですから。

7.芸術という方向性に走って破綻

そのうち、変な動きが現れます。アニメやコミックも芸術だと言い出す一群の人々現れ、かなりの力を持っちゃった。ある少年向けコミック誌が創刊され、大御所の有名作続編とか、新人の奇妙な作品とか掲載されてました。それらを「芸術だ、素晴らしい」と褒めて読むことが半ば強制されるようになります。

一時はそんな無理が通せても、長続きするはずはありません。ターゲット層が自分一人さえ楽しめればいいオタクなんですから。そもそもターゲット層すら成してない。各々、好むものが違うんですから。「素晴らしいアート」で括って、同じ方向向かせられるわけがない。楽しみに自分勝手なのがオタクですから、芸術と褒めないんならファンと認めてやらない、と脅したって通じるわけがない。

8.オタクはある個人の部分的にして一時的な現象

上記の状況って、今とあまり変わりません。依然として得手勝手で多種多様です。なぜか。オタクという性質を持つ一群の人々がいるわけじゃないからです。オタクって、スレ主さんが言う「一般人」とか「大衆」の個々人における一側面でしかないから。人格、性格といったことはもとより、時間的にもです。ある人は、あるときあるものについてオタクであり、別のときにはオタク性皆無になります。

だから、スレ主さんの分析めいたものはおかしなものになっています。一般人と対置されるオタクなんていませんし、大衆と比較されるオタクもいませんから。個々人の一側面にして一時の現象ですから。ありもしないものを、あるかのように考えたら、どう論じたっておかしな結論しか出てきません。例えるなら、「風が何かを知ろうして、風を袋に詰めてから中身を調べる」みたいな行為です。

9.気になったのはオタクではなくスノッブ

もうオタクがどうこうに拘るのをやめたほうがいいでしょう。スレ主さんが気になったのはオタクではありません。スノッブと呼ばれる人です。スレ主さんが自らトレースしてしまってますので、どうしてこの質問をし、大衆批判等をやったのか、内省してみれば自ずと答えは出るでしょう。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 14)

スレ主 みずすまし : 1 No: 1の返信

投稿日時:

 もうレスがあっても返信しないつもりだったのですが、主に半額オソーザイさんの指摘で、どうも無用に人を傷付けかねない表現をしてしまったな、と反省したところがあったため、その点を補足しておきます。

 私自身は映画についてもオタクというほどではなく、ごくライトに映像作品全般を楽しんでいる者です。「かぐや様は告らせたい」にも特に悪印象はなく、この作品をしいて挙げたのはアニメ、映画双方のオタクから批判されがちな有名作品で例として扱いやすかったことと、私がより思い入れのある実写側の作品ということで身内のような気安さがあったためです。
 当然「かぐや様は告らせたい」や「今日から俺は!!劇場版」が好きだという人の感性は尊重します(私も観ていますし)。このスレも本来、他者の好みを否定する態度への疑問から立てたものでした。アニメや漫画の実写化作品を批判するオタクを想定し、「今、批判しているものがまさにアニメの未来かもしれないよ」ということを言おうとするあまり、そのような作品が悪いものであるかのような書きぶりをしてしまったのは配慮が足りなかったと思います。

「大衆の嗜好は安易で陳腐で低級」という表現は確かに強過ぎたなと思います。これは「オタクからすると」ということで、「一般人はオタクに都合良く動いてなんかくれないぞ」というニュアンスを持たせようとしてああいう言い方になってしまいました。

 言いたかった要点は、一般人という集団の嗜好は凡庸である(多種多様な嗜好の人達の集まりだから平均化されている)。そんな一般人に受け入れられようとすれば、コンテンツの方が凡庸になるしかない。今のアニメはその方向に向かっているようにも見えるけど、それは本当にオタクが望んでいることなのか? ということでした。

 ちなみに、私自身に「かぐや様は告らせたい」に悪印象がないのは、売れるものを作るのは当然、というのがひとつと、もうひとつは、そういう一般向け作品が売れるからオタクの言う「良質な作品」を作れるからです(前の書き込みで「一般向け作品」の対義に「良質な作品」を置いたのも、便宜上だったんですが、まずかったかな)。
 作家の中山七里氏が、「大多数の作家は、ごく一部のベストセラー作家が収益を上げるおかげで作品を発表できている」と言っています。一般向け作品に対して「なんであんなものが売れるんだ!」と怒っているオタクが好きな作品も実は「あんなものが売れる」おかげで存在できているわけです。

 最後に手塚満さんへ
 積年の感情があふれ出しているようですね。ネット上の議論は不毛だと思っているので、ディスカッションするつもりはありませんが、あなたの意見は理解しました。
 不用意に大衆批判めいたことをしてしまったのは確かに軽率だったかな、と反省しています。ただ、「オタクは他人の評価を求めていない」と自分に都合よくオタクを定義し、そこから外れた(おそらく一緒にするな、という思いから意図的に排除した)人達を「スノッブ」と蔑称と言ってもいいネガティブな意味合いの強い単語で括るあなたの主張は、あなたが批判した私の行為と同じじゃないですか? とだけ言っておきます。

非オタクコンテンツをバカにするオタクについての返信 (No: 15)

投稿者 読むせん : 1 No: 1の返信

投稿日時:

お、喧嘩?喧嘩?まざりたーい(/・ω・)/わーい

水すましさんの意見をちゃんと読み込めている自身は無いですが
「こいつウゼ―タイプのオタクだな」って感じました。
【キサラギ】や【食堂かたつむり】【レンタネコ】を駄作映画認定してそう。
私はあれら、好きなんですけどね。あと好きな作品を否定されても大丈夫派だから「合わないかーwww」とスルーしますけどね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
で、気になった事としては【映画側が客を置き去りにしてしまっている】点ですね。

【海街diary】と【万引き家族】、うちの母は「すごく良かった!」とキャッキャしてました。
ただし、うちの母はサービス業の主任だし社長なので【連続した自由な2時間】を捻出できない生活スタイルです。

視聴には偶然放送したのを、父が「あいつ、これ好きそう」と母のために録画し、それを自由時間の5分くらいを使い、チマチマて見貯めていく感じ。
 勤務が激化して忙しすぎて内容忘れたら、見直し。
最後まで視聴するのに3ヵ月近くかかりました。

映画って完全に自由な2時間を捻出できる人以外は見せてもらえない物になってきていますね。

正直、アニメばかり視聴している人の中には【30分が限界】って人も多い気がします。もっと忙しいと朝の15分ドラマでもキツイです。テレビの前から動けない時間は困る。

高尚になりすぎて、高等遊民だけのセレブな娯楽になりすぎて、オタクどころか一般人も【映画側】が置き去りにしてしまい、置き去られた人々が【どうせ映画なんて・・・・・】とションボリしている印象も受けます。

現代人、思いの外365日が忙しすぎるのに、映画は映画のまますぎるのでは?映画サイドにも多様化が求められているのでは?とか思います。

キラーコンテンツとガラパゴス化現象 (No: 16)

投稿者 あまくさ : 1 No: 1の返信

投稿日時:

レスがあっても返信しないつもりとのことですが、先の私の書き込みに言及されていたので一応少し補足を。そちらから特に何か無ければ、返信は不要です。

まあ、ヴァイオレット・エヴァーガーデンは、質が高く一部のマニアに高く評価されながら一般のファンには届きにくい作品の典型という感じですね。その点、スレ主様が最初の書き込みであげていらっしゃった少数の優れた実写映画と位置付けは近そうです。
しかしながら、

>オタクコンテンツが一般に受け入れられるとは、正確には一般人がオタクからオタクコンテンツを取り上げて、自分達の嗜好に合うように変質させ、非オタクコンテンツとして大衆文化に取り込むことです。

これは少し異論があります。

そもそもオタク・非オタク・大衆文化という括りにも少し無理があると思いますが、それを言い出すと議論が複雑になるので一応この言葉で続けますね。
例えばエヴァンゲリオンは、かなりオタクコンテンツ的な内容の作品だと思います。今年かなりのヒットを達成しましたが、あの作品が「一般に受け入れられた」のかどうかは微妙です。あまりアニメに興味が無く、これまでのエヴァもよく知らずに評判に惹かれて観たとしたら、「不可解」と思った人も割といるんじゃないかと想像しています。しかし、ヒットはしたし、有名にもなりました。「なんだかわからないけど凄い物らしい」というイメージを一般の世間に拡散することには成功したと思います。
私が先の書き込みで「興味の無い人にも届くパワー」と書いたのは、こういうことを指します。言葉を変えれば「社会現象化」と言ってもよいし、「キラーコンテンツを生み出した」とも言えます。

作り手の個性と一般向けする要素が乖離しているときに、作り手のとるべき道は「我が道を行く・わかる人だけついて来ればよい」or「一般向けに迎合する」だけではないと思うんですよ。個性を通しながら一般に受ける要素を盛り込むこともできるし、あるジャンルに勢いがある時に、作者・業界・批評家・ファンが相乗効果を起こしながら共に走り、一時的にせよ社会に対して強いオーラを発散するような事象が見られることがあります。
日本のアニメの現状にはそういうオーラの片鱗が感じられるし、実写映画にはそれが感じられないということです。

*むしろ日本の特徴として、一時きわめて個性的なオーラを放ちながら、しだいにガラパゴス化していくというパターンが割と見られる気がします。ジャンルの衰退要因として警戒すべきは、日本の場合は一般化よりもガラパゴス化かもしれないとも思ったりします。

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タイトル:非オタクコンテンツをバカにするオタクについて 投稿者: みずすまし

 半分グチのようなものなので迷ったのですが、どうしても気になることがあり質問します。

 まず、ここでは分かりやすくするために、アニメやライトノベルなどが好きないわゆる二次元オタクを「オタク」、オタクが好むコンテンツを「オタクコンテンツ」、それ以外を「非オタクコンテンツ」とします(あくまでこの場での定義です)。

 私は主に実写映画や一般文芸が好きで、アニメやライトノベルも区別せず楽しんでいます。そのため、ネット上のオタクの集まる界隈ものぞいています。そこで近年「アニメはすごい。それにひきかえ実写はクソ」のような意見を目にすることが増え、嫌な気分になることが多くなってきました。

 以前からもオタク界隈では、オタクコンテンツを持ち上げるために一般に受け入れられている非オタクコンテンツをバカにするのを目にしてきました。

アニメを持ち上げるために実写をバカにする
ライトノベルのために純文学や一般文芸を
アニソンのためにJポップやクラシックを
声優のために俳優やアイドルを
など
 ですが、アニメ人気のせいか、近年、特によく目にするようになった気がします。

 最近も、よく視聴していたアニメを紹介するユーチューブチャンネルで配信者が
「日本が誇れる映像コンテンツはアニメだけ。実写はオワコン」
と主張しだして、すぐチャンネル登録を外しました。
(ちなみに、日本の実写映画はぱっと浮かぶところでは、是枝裕和監督、黒沢清監督、北野誠監督は長年評価され続けていますし、園子温監督はカルト的な人気がありますし、若手では滝口竜介監督は今年を含め3年連続で世界三大映画祭で受賞しています。「日本の実写はオワコン」という意見は全くの誤りです。こういうよく知りもしないでイメージだけで批判するって、それこそオタクが長年受けてきた仕打ちのはずなんですけどねえ)

 私が実際に付き合いのあるオタクは皆、他者の好みを尊重できる人達なので、こういう意見を言うオタクはノイジーマイノリティなのか? とも思いますが、実態は分かりません。

 そこで質問ですが、
1、非オタクコンテンツをバカにするオタクをどう思いますか?
「同意見だ」「彼らこそ正しい」といった意見もご遠慮なく。

2、(一部の?)オタクがそうした行為に及ぶ理由は何だと思いますか?

 どの程度の割合でそういう人がいるのか、も知りたいので、1について「私は賛成(反対)だ」の一言だけでも結構です。

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